【KAC20247】きみはきんいろ、光のいろ

丸毛鈴

君が金色に光るから、暗黒の青春は、群青になった。

 夜は、青い。濃紺のびろうどのカーテンのすき間から、街灯が差し込むからかもしれない。


「眠れないの?」


ベッドの上から、君が声をかける。最近、わたしに丁寧語でしゃべることをやめた君。差し込むあえかなあかりに、ベッドの下に向かって伸ばした君の手が、光って見える。


――君はやっぱり、光の色。


 そんなふうに思っていることを知ったら、君はなんていうかな? 今だけじゃなくて、ずっと昔から。わたしはベッドの脇、床に置かれた細長い段ボールに横たわったまま、君に向かって手を伸ばす。


***


 グラウンドから運動部のかけ声が響く。バットにボールが当たる音。教室内からは、級友たちのおしゃべり。それはどれもわたしからは遠いもの。心の上でも、体の上でも。今日はやっぱり、左の聞こえが悪い。鼻の穴にもかさぶたができているのか、引きつった痛みがある。左目には、登校時に遅刻してドラッグストアに寄って買った、眼帯。「大げさ」と言われてまた殴られるから、忘れないように家につくまでに取ろう。


 ぼんやりと聞こえていた音がだんだん少なくなって、夕闇が近づく。もう教室には誰もいない。わたしは窓際に行き、たなびくカーテンの内に入り、グラウンドを見る。運動部の生徒たちが片づけを終えて、校舎のほうへ向かうのが見える。やがて、完全な静けさが訪れる。いつもの日課。わたしだけの場所、わたしだけの時間。だから、突然、左側から声をかけられて驚いた。


「それ、痛むの?」


カーテンの内側に、いつの間にか君がいた。クラスの中心で、いつも笑っている君。さっぱりとしたストレートの黒髪、なんのスポーツかはわからないけれど、部活をしていて、すこし日に焼けた肌。制服のスカートのプリーツにもブラウスにもアイロンがしっかりとかけられて、髪につやがあって、別世界の人みたい。その異世界人がわたしをまっすぐに見ていた。


「びっくりさせた? ごめん」

「別に……」

「それ、痛い……?」

「階段で、転んじゃって」


とっさに聞かれてもいない言い訳が口をついて出た。


「痛そう」


君は何も聞かず、わたしの眼帯の端にそっとふれた。


「言ってね。痛かったら」


わたしに手を伸ばした君が、残り日に光って見えた。


「……うん……」


 その日から、君の姿を、声を、教室で追うようになった。君は陸上部。君はちょっとまじめ。でも、地味な子たちのグループともギャルっぽい子たちのグループともよく笑っている。その高くも低くもない芯のある声も、かげりを知らない姿も、わたしには光って見える。


 青春は、群青だ。うそ。ほんとうは、暗黒、虚無だった。君を知るまでは。君が金色に光るから、青春は、群青になった。


 わたしの外傷が問題になって、どこからかあの老人が「養父」に名乗り出て、転校して、別の暗黒がはじまるまでは。


***


 わたしは君の手をそっと握る。あの日、再会した日、運命だと思った。君はなんだか疲れ切っていた。休職して、求職中なんです、と言っていた。わたしのことは覚えていないようだった。わたしは姓も変わっていたし、すこし整形もしたからかもしれない。


 ああ、社会に出て、戦う。そして、疲れてしまう。まじめでまっとうな君らしい、と思った。そんな君が、わたしがやったことを知ったら、どう思うかな。どうやってこの暮らしを手に入れたかと知ったら、なんて言うかな。たくさんのお金。人とかかわらなくてすむ暮らし。利用することもされることもない暮らし。


 わたしは毎夜、都心の一等地にあるマンションで、箱に入って眠っている。大人ひとりが入れる細長い段ボールは、建材用のものだったか。豪奢なベッドもソファも、「それらしく」見えるように買いそろえたけれど、わたしを落ち着けてはくれなかった。わたしには、この箱の中と、ちいさなころから一緒だった、お気に入りの毛布だけ。


 君にこの箱の話をしたとき、君は笑わずに聞いてくれた。すこしだけ事情を聞きたそうにして、でも聞かなかった。あの日、学校で、カーテンの内側でしてくれたのと同じように。「死んだら箱に詰めて」と言ったら、真剣な目をしてうなずいた。


 わたしは箱の中から手を伸ばして、ベッドの上から伸ばされた君の手を握る。君は変わらない。ずっとずっと。君は金色、光の色。

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【KAC20247】きみはきんいろ、光のいろ 丸毛鈴 @suzu_maruke

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