【小説あれこれ】悪意 VS 投稿者②

 スタバのテーブルに着くなり、新作フラペチを片手に自撮りを始める読者さまちゃん。ぱしゃぱしゃっと何枚か撮ったかと思うと、スマホの画面を俺に押し付けるようにして見せてくる。


「んふふ♡ どぉ? どの写真がいいと思う?」


 俺は画面をスワイプして、いちばんフラペチが見栄えする写真を選ぶ。


「これがいいんじゃね。スタバのロゴもきれいに映ってるし」


「え~!! この写真!? 私の顔がピンボケしちゃってるじゃん」


 ……お前はフラペチを撮ってたんじゃねぇのか?


 俺はそう言いたいのをこらえて、ラテをずぞぞっと飲んでから言った。


「さっきの話だけどさ。やっぱり作者は、自分の作品は面白いと思ってるわけ」


「あーね。面白くないと思っている作品を投稿サイトに載せたりしないよね」


「だからこそ、『つまんない』の一言で否定されたらグッサリくるわけで……」


 読者さまちゃんは何度かうなづいて、どこか遠くを見ながら返事をする。


「それはそう。でも『つまんないです』っていう感想をもらうことがあっても仕方ないじゃん。作者を否定したいんじゃなくて、本当につまんないと思っただけかもしれないし」


 軽くショックを受ける俺。もっと俺の側に立った意見を言ってくれると思っていたのに。


「……なんでだよ。ちょっと考えればわかるだろ? そんな感想を言われたら、作者がどんな気持ちになるか」


「それはそれ。読者は感想を言う権利があるの。キミだってこの前、テレビを見ながら『つまんねー芸人だな』ってつぶやいてたじゃない」


「そ、それはそうだけど。でも実際に相手に言うのと、相手が知らないところで言うのは違うだろ?」


 読者さまちゃんはやれやれと首を振る。


「キミは作品を読んでもらいたいと思って世界に発信した。なのに、自分の望む感想だけ欲しいなんて、ちゃんちゃらおかしい。否定的な感想がいやなら、チラシの裏にでも書いたら?」


 俺は反論しようとしたけれど、言葉が出てこなかった。たしかに読者さまちゃんの言う通りだ。重い沈黙の中で飲む、ぬるいラテは嫌に苦い。


「でも、すべての感想を真正面から受け止める必要はないと思うよ」


「スルーしてもいいってことか?」


「もちろん。受け止めるだけの価値がない感想だってあるから」


 少し柔らかい口調だった。俺が顔を上げると、読者さまちゃんは表情を穏やかにして続けた。


「感想は大きく3つに分けることができる。1つ目は、キミを応援する感想」


「応援する感想っていうと、『面白かった』『続きが気になります』とかだろ。やる気が出るやつだ」


「それ以外にもあるよ。キミのプラスになるのに、キミからすると否定されているように感じる感想とか」


「……どういうことだ?」


「わかりやすい例を挙げるなら、誤字の指摘」


「ああ、なるほど。ここが間違ってますよ、ってやつだな」


「うん。でも時々、誤字を指摘するのに人生をかけてるような人もいるから、そういうのは別だけど」


 あー……。いるいる、そういう読者。まあ多くは言うまい。


「ほかには?」


、間違いの指摘かな。例えば『このスライムは炎が弱点って書いてあったのに、次の話では氷が弱点になってます』みたいな」


「……たまにやっちまうな。そういう凡ミス。確かにそれは言ってくれるとありがたいかも」


「でもこれが実際に感想として届くと、うざいと感じる作者は多いみたい。そういう作者からは、『わざわざ指摘するな』『そこは大事なとこじゃない』『裏設定なんですけど、そのスライムは氷も弱点なんです(^^;』みたいな返事が返ってくるね」


 辛口な読者さまちゃんだけど、俺にはその作者たちの気持ちがわかる。具体的な間違いの指摘は、逃げ場がない。だから悔しくて、つい言い返してしまう。誤字みたいな、誰がみても認めざるを得ないミスなら、素直に認められるんだけど……。


「大目に見てやってくれよ。作者も感情ある人間なんだからさ。……じゃあ2つ目は?」


「2つ目は、ぶっちゃけどうでもいい感想。『いやいや、そこ突っ込むところ?』ってなる感想。わかりやすい例としてはこれとか……ちょっと見て」


 スマホを差し出してくる読者さまちゃん。何かの映画のワンシーンのようだが……。


「ホラー映画か。主人公が……ドアをあけて、次の部屋に入って、そこでゾンビに襲われる……と。これがどうしたんだ?」


「主人公がドアを開けるとき、ドアノブは右にあった。部屋に入ったあと、同じドアが映るんだけど……」


 あ! 言われて初めて俺は気づく。


「ドアノブが右にある……! 部屋の中のシーンだから、左にあるべきなのに……!」


「そーいうこと。この間違い、指摘すべきだと思う?」


 俺は読者さまちゃんの言いたいことを理解した。


「ん……別にいいんじゃないか? 大筋に影響ないし、このホラー映画にとって大事なのはそこじゃない」


「だよね。もっと例を出すと、例えばに対して『読者さまちゃんって何? なんで窓を破って入ってくるわけ? ありえないでしょそんな女』って指摘するような、的外れな感想とかね」


 俺は「ぶふぉっ」と噴き出す。


「メタいな!? でも、たしかにそんな感想を真に受けてもしかたねーな。お互いに得るものがない」


「ん。じゃあ3つ目。それは――悪意のある感想。作者の心を傷つけたかったり困らせたくて書かれた感想。『カードゲームのパート、つまんねーから丸ごといらなくね? 読む気が失せたわ』みたいなやつだね」


 たしかにそれは攻撃的すぎるな……と思った俺だが、引っ掛かることがあった。


「でもさ、その感想を書いた人に悪意があるとは限らないよな。本当に作品が面白くないと思ってお気持ち表明しただけかもよ」


 読者さまちゃんは神妙な顔でかぶりを振った。


「私みたいな読者は例外だけど、感想を書くのって、実はかなりめんどくさいことなんだよね。面白いなって思っても、わざわざ作者に伝えようって気にはなかなかならないもん」


「……確かに。俺も感想はあんまり書かないかも。めちゃくちゃ面白いなと思ったら書くけど、面白くなかったら書かない。黙ってほかの作品を読みに行くだけだ」


「でしょ。感想を求められているわけでもないのに、わざわざ『面白くないです』なんて書くとしたら、その言葉の裏に潜んでいるものがあるはず」


 俺ははっとなった。


「――そうか、文句を言いたいのか。つまんねーよ、と」


 読者さまちゃんは手元の溶けきったフラペチに視線を落とした。


「正解。小説の感想じゃなくて、作者への文句なの。『こんなつまらないの書くなんて、お前センスないよ』って」


 それは大いにあり得る気がした。俺もたまに「作者はこれを面白いと思ってるのか?」って言いたくなることがあるもんな。書きはしないけど。


 しかし、だ。


「……読者さまちゃんさんは、さっきこう言ってたよな。作品を掲載している限り、『つまんない』って感想が来ても仕方ないって。でもそれは、作品に対する感想だった場合だろ」


「もちろんそうだよ。作品に対して面白くないと言うのは許されると思うけど、作者を攻撃するのはダメ」


「で、でもさ、『つまんない』って感想が、実は作者への文句だったとしても、それを裏付ける証拠はないだろ。どうすればいいんだ? ただ耐えるしかないのか?」


「その通りだよ。残念だけど、受け止めるかスルーするしかない。たとえ文句だったとしても、ね」


 もやもやとした気持ちが胸に満ちてきて、なんとも苦しい。俺は残っていたラテをぐいっとあおって、読者さまちゃんをまっすぐに見た。


「悪意のある感想がくると、俺はいつもくじけそうになるんだ。俺の小説はつまんないんじゃないのか、もう書かない方がいいんじゃないのかって。でも、俺は負けたくない。教えてくれ読者さまちゃん! ――悪意にどう立ち向かえばいいか!!」


 すべて言い切ってから、俺はしまったと目を瞑る。またやってしまった。『読者さまちゃんさんでしょ!』と拳が飛んでくるのを覚悟したが――


 いつまでたってもパンチがこない。おそるおそるまぶたを上げると、そこには仕方なさそうに笑う読者さまちゃんの顔があった。


「そんなんじゃ、者の思うつぼじゃん。……しかたないにゃあ」


 ごほん、と咳払いひとつしたあと、読者さまちゃんはいつものように勝気に言った。


「悪意のある感想の目的は、キミにダメージを与えてすっきりいい気分になること。でもさ、そのキミって誰なのさ?」


「……そ、そりゃ俺だろ? 悪意ある感想を書いた人は、俺の小説や活動報告、それから感想とかを見て、俺にキレてるわけだから」


「ううん、それは違う! だって、キミがどんな人間で、どんな顔をしてて、どんなことを考えているかなんて、その人は知らないでしょ。その人がキミだと思っているものは、キミの小説や感想からその人が勝手に想像したキミなんだ!」


「……俺じゃない、ってことか」


「そうだよ。攻撃されているのは、その人の認知が生み出したキミ。まったくの見当違い! ――うんうん唸りながら小説を書いて、苦しんで、ハゲ散らかしてるキミじゃない!」


 すっとしたさわやかなものがあたりに満ちた気がした。頭も涼しいしな。――ってやかましいわ!!


「そうか……。自分自身で作り出したをその人が攻撃していたように、俺もその幻を自分だと勘違いしていたのか」


「キミまで痛みを感じる必要はないんだよ。何を言われたって、それは幻が言われたこと」


「ありがとう……。読者さまちゃん。なんか、俺、もう大丈夫だと思う」


 ふふんっ、と不敵に笑う読者さまちゃん。


「いい顔になったじゃん。さ、気分転換はこれくらいにして、帰って小説を書かなきゃ。――私も、自主企画ががががが……」


 どうしたことか、固まってしまった読者さまちゃん。『カクカク嫁』で自主企画してるって言ってたな……。なんかあったのか?


 スマホを操作して自主企画を見てみる。……あ、これか。人を舐め腐ったタイトルに、説明。間違いない、この企画だけれど……。


「62人!? なんだこの参加人数!?」


 俺の言葉に反応したのだろう。読者さまちゃんはびくんびくんと跳ねながらうわごとのようにつぶやいた。


「感想……1万文字は読む……残り45人……死……」


 ……読者は読者でたいへんだなぁ。俺は両手を合わせるしかなかった。南無南無!!

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(`艸´;)限界投稿者と超絶美少女読者さまチャン! 十文子 @nanactan

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