【小説あれこれ】悪意 VS 投稿者①

 某月某日。俺と読者さまちゃんは、繁華街の雑居ビルの一画にあるカードゲームショップを訪れていた。


 ことの発端は、読者さまちゃんから届いた「作者と読者が戦うカードゲームが発売したんだって」というラインだ。


 俺はカードゲームが好きだったし、プライベートのすべてを執筆につぎ込むのも精神衛生上よくない。気分転換にいいかなと思って買いに行くことにしたのだ。


 ――まさか、読者さまちゃんが同行するとは思っていなかったが。


「なにここ。臭いんだけど?」


 カードショップに入るなり、言ってはいけないことをいう読者さまちゃん。俺はその呟きを無視して、商品棚からそのカードゲームのスターターを取る。


 そこそこ有名なイラストレーターが関わっているようだ。これは期待ができるかもしれない。そう思っていると、読者さまちゃんがたずねてきた。


「スターターってなに?」


「とりあえずこれを買えばゲームができますっていうセットさ。パックをいくつか買ってもいいけど、入ってるカードはある程度ランダムだから、運が悪いとまともにゲームができないかもしれないし」


「ふぅん……。よくわかんないけど、それを買えばとりあえずカードゲームができるってことね」


「ま、そうだな」


 やけに早口なショップ店員に金を支払った俺と読者さまちゃんは、店内の一画にあるプレイスペースに腰を下ろすと、さっそくスターターを開けた。


「なんか……ごちゃごちゃしててめんどくさそう……」


 カードの束と分厚い説明書を見るなり、すでにテンションがだだ下がりの読者さまちゃんである。


「まぁそう言うなよ。こういうのは最初こそ敷居が高いけど、やってみると面白いもんだぜ。文学作品とかワインと同じだ」


「それとカードゲームを同列に扱うのは無理が……」


 乗り気じゃない読者さまちゃんをよそに、俺はざっとルールを把握すると、構築済みデッキを読者さまちゃんの手元に置いた。


「この山札がデッキってやつ?」


「だな。読者さまちゃんのは読者タイプのデッキで、『毒者』の感想を軸にした攻撃的なデッキらしい」


 俺の言葉に興味を惹くものがあったのだろう。読者さまちゃんの瞳がきらきらっとする。


「毒者の感想かぁ。ふふ、おもしろそーじゃん。SFハゲのほうはどんなデッキなの?」


 ……こ、こいつ! 越えてはならないラインを軽々と……!?


 俺は(どうせ暴力では勝てないし)怒りを飲み込んで説明する。


「お、俺のほうは作者タイプのデッキだ。『フォロワー』を軸にしたデッキらしい」


 ほうほう、とうなづきつつ読者さまちゃん。


「私のほうは読者側で、攻撃的な感想を使って作者のライフを削っていく感じだね。んで、キミのほうは作者側なわけだ。フォロワーっていうからには、友好的な読者の応援を受けて戦うのかな?」


「お前は主人公が1説明しただけで10理解するモブかよ。まぁあってるんだけどさ……」


 とにもかくにも準備は完了。俺と読者さまちゃんは6枚カードをドローした。


「ターン制だから、まずは俺からいくぞ。俺は先行だから最初のターンはドローはなし」

 

 俺は手札から【フォロワー】のカードを出して場に置いた。


「【フォロワー】を置けるのは1ターンに1枚だけだ。このカードは次のターンから、毎ターンMPを1生産する」


「なーる。作者のエネルギー源ってことだね。で、そのMPを消費して、相手を攻撃するほかのカードを使う感じだね……!」


「さ、察しが良くて助かるぜ……」


 だらだらとカードゲームの説明を書いたっておもろないしな。


 このターンにできることはない。俺はターン終了を宣言した。


「じゃ、私のターン。1枚ドローして、私も【フォロワー】を……って、私の場合はこれか」


 読者さまちゃんが場に置いたカードは【作者】。名称が違うだけで【フォロワー】と全く同じ効果だ。


「はい、ターン終了」


「OK。じゃあ俺もドローして……。とりあえず手札にあった【フォロワー】を置く。それから、前のターンに置いた【フォロワー】の効果で、MPを1得る」


 俺は手札から攻撃カードを出した。瞬間、読者さまちゃんがびくんと跳ねる。


「なっ!? そのカードは!?」


 MPを1消費して出したカードは【感想をくれる読者】。このカードは場にあるだけで、毎ターン、俺の場にある【フォロワー】の数だけのダメージを毒者に与えることができる……!


 このカードは作者デッキのカギだ。初期手札にあったのは僥倖……! 口角を上げる俺とは対照的に、読者さまちゃんは悔しそうに言う。


「くっ……。これで私のライフは残り8ね」


 俺がターン終了の宣言をすると、読者さまちゃんは素早く1ドロー。そして雑に2枚目の【作者】を置くと、にやっと笑った。


「MPを1支払って、【感想「つまんない」】を使用!」


 で、出たーっ!! やっと感想がついたと思ったら、まさかの否定的な一言! しかもどこが面白くないのか指摘がないから、ただ作者が傷つくだけというまさに言葉のナイフ!!


「【感想「つまんない」】は作者に2ダメージを与えることができる……。これでキミのライフはのこり8だね!」


 イーブンに戻っちまったが、勝負は始まったばかりだ。焦ることはない……。


「ふ、ふん。じゃあ俺のターンだ。まずはドロー……」


 お。ちょうど【フォロワー】がきた。俺は3枚目になるそれを場において、にやりと笑う。


「俺の場には【感想をくれる読者】がある。とりあえず読者さまちゃんに3ダメージだ……ククッ!」


 読者さまちゃんはしぶしぶと言った様子でうなづいた。


「ちッ……。これで私のライフは残り5……!」


「おいおい、そんな顔して大丈夫か? 俺のターンは始まったばかりだぞ」


 俺はMPを2支払って新たなるカードを出す。


「――くらえ!【ランキングに掲載される】!」


 このカードは俺たち作者にとってまさに希望……! ランキングに載れば、読者は必ず増えるっ……!! そうだ、俺の作品が読まれないのは、ランキングのせいなんだ!! ランキングがあるから読者のやつらはランキング上位しか読まないッ……!!


「な、なに泣いてんの……? キモいんだけど。……それで、そのカードの効果はなんなの?」


 はは……。そうか俺、泣いてたのか……。俺は目元をぬぐいながら説明する。


「驚くな。このカードの効果は、『次のターン、場にある【フォロワー】の数を倍にする』というものだ……!」


 読者さまちゃんの瞳からハイライトが消えた。


「な、なんだと……!?」


「――うしゃしゃ! そうだ、俺の場にはすでに3枚の【フォロワー】がある。それが、次の俺のターンには倍になるんだ。つまり6枚だ!」


 震える視線を【感想をくれる読者】に向ける読者さまちゃんを見て俺はほくそ笑む。


 ――くくくっ……。怖いか! 怖いだろうなぁ……!! 次の俺のターン、【感想をくれる読者】は残りライフ5のお前に6点ものダメージを与えるのだから!!


 俺は余裕たっぷりに宣言する。


「ふん……。ターン終了だ……!」


 読者さまちゃんは八重歯をむき出しにして俺をにらみつつ、気丈に言った。


「ま、まだ勝負はわからない! ドロー!」


 引いたカードを見た瞬間、読者さまちゃんは嫌らしく微笑しながら、妙なことを聞いてきた。


「ねぇ、作者としてのキミに聞くけど、作者として一番つらいことはなに……?」


 なんだ急に? 俺は手札から顔をあげて、読者さまちゃんの顔をみた。


「そりゃ……PVが伸びないのもつらいけど、やっぱりファンが離れることかな。見切りをつけられたんだなって、しょんぼりする」


 読者さまちゃんはわずかに同情的に目を伏せたけど、仕方なさそうに言った。


「読者の時間は限られてるからね。ほかの作品に行くのは仕方ない……。と、いうわけで、【アンチ工作】!!」


 そのカードを見て、俺はぎょっとする。


【アンチ工作】。その効果は『相手の場にあるフォロワーをすべて破壊する』だ……!!


「お、俺から読者を奪おうってのか……!? さすが、者、なんたるゲスっぷり!!」


「残念だったねぇ……! ははっ! さ、早くキミの場にある3枚の【フォロワー】を捨て札しなさい!」


「ぐっ! ぐっ……!!」


 俺は震える手を【フォロワー】に伸ばす。俺を支えてくれた、数少ない読者……。これを捨てるだなんて……! だめだ、俺には出来そうにない……!!


「なぁにちんたらしてるの。まったく、これだからメンタルよわよわクソザコ作者は……。やれやれ、私が捨ててあげる。SFハゲは指をくわえてみてなさい」


 ブチ、と俺の中で何かが切れた。


「誰がSFハゲじゃい!! 貴様、いくら読者さまでも言ってもいいことと悪いことがだなぁ!!」


 俺の会心の壁ドンが決まると、読者さまちゃんは身をすくめて怯えるように俺を見上げた。


「な、なにするのよぅ……。ただのカードゲームでしょう?」


「だまれタコ! いくら読者でも作者を個人攻撃したらこうなるに決まってんだろーがっ……!!」


 俺はグへへと笑う。なんだこいつ、こうやってみるとただのガキじゃねーか。さてどうしてやろうかな……!!


 そう舌なめずりした時だった。誰かが背後から俺の肩を掴む。


 チッ。だれだいいところなのに!?


「んだよ、邪魔すんな! 俺はな、このクソガキに教育的指導を――」


 振り向いた先にいたのは、先ほどのやたらに早口の店員だった。店員は手でバッテンを作りながらまくしたてるように言う。


「――困ります!! 困ります!! お客様!! 困ります!! あーっ!! 困ります!! ――出禁! 出禁です!! ご退場くださいっ!!」


 ……こうして無事、出禁をくらった俺たちは、しょんぼりとしながらカードショップを後にしたのだった。


 二人であてもなく歩いていると、ずっとうつむいていた読者さまちゃんが顔を上げた。


「さっきは……ごめん。キミそのものを揶揄したのは、私が間違ってた……」


 意外な言葉に、俺は肩をすくめる。


「ん。まぁいいよ。それよりのどが渇いたな。そこのスタバでも入るか」


「うん……」


 まだ元気のない読者さまちゃん。こいつがこうだとどうも調子が狂うな……。俺は話題を探しながらたずねた。


「なあ、読者さまちゃんさん。――俺の作品にもさ、ときどき、『なんでこんな感想をつけるんだろう』みたいな感想がつくんだ。さっきの【感想「つまんない」】みたいな。そういう時、作者はどうしたらいいんだろうな……?」


 読者さまちゃんは顔を上げて俺の顔を見る。


「そういうの気にするんだ?」


「そりゃな。……だから、心構えとか、そんな感想がつく理由とか、教えてほしい」


 ふふっと読者さまちゃんはほほ笑んで、スタバの看板を指さして言った。


「新作のフラペチをおごってくれるならいーよ!」


【つづく】

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