【小説技法】俺の考えた最高にかっこいいキャラ②

『キャラのビジュアルは読者にとって重要ではない』。読者さまちゃんのそんな持論に、少なからず衝撃を受ける俺。だが、それは同意せざるを得ないものだった。


「確かに……! 好きな小説の主人公を思い出してみたけど、思い出すのは挿絵とか表紙の絵ばかりだ。細かいところは覚えてない……!」


 たとえば俺が若いころに読んだあのミステリー小説。たとえばあのSF小説。主人公の活躍は覚えているけれど、外見はさっぱりだ。思い出せるのは、ラノベのように挿絵のある作品ばかりである。


「でしょ。だから主人公級のキャラでも、外見の描写は5つくらいで十分なの。男か女か、何歳くらいか、体形、髪型とか髪の色と、それからそのキャラを印象付ける特徴。そんくらいかな」


「で、でもさ。俺はキャラのカッコよさや、可愛さを読者に伝えたいんだよ。そのためには細やかな見た目の描写が不可欠なんじゃないか?」


 目をすっと細くして、声のトーンを落とす読者さまちゃん。


「――キミは根本的なことを誤解している。んだよ。細部を表現することにはぜんぜん向いてない」


 読者さまちゃんは俺の椅子に座ったまま、「ぎっこぎっこ」と器用に移動して、本棚から俺のSF小説を取る。


「この表紙のイラスト、すごいよね。宇宙戦艦が撃った極太レーザーが、惑星を撃ち抜いて大爆発させてる。この絵を文章で表したらどうなる?」


「そ、そうだな……。


 その宇宙船が放ったのは、まさに終焉の光。光速を超える粒子の奔流――超兵器『タキオンランス』が、惑星を深く貫いた。


 ――この惑星に住まう生命体は、原始的な単細胞生物にいたるまで一瞬で死滅した。膨大なエネルギーを注入されたコアが爆発し、生命の生存圏たる地殻をマントルごと風船のように炸裂させたのだ。


 ……こんな感じか?」


 読者さまちゃんは満足そうににやっと笑った。


「なかなかじゃない。でも、何が起きたのかをざっくりとしか表現できてない。宇宙戦艦はどんな形だった? 惑星の色は? 爆発の規模は? 月まで届いている衝撃波の様子は? 情報量はこのイラストのほうが圧倒的だし、正確でしょ」


「ぐ……。そりゃ無理ってもんだ。それをイラストと同じ情報量で書いてたら、とんでもない量のテキストになって、物語どころじゃない。――読者さまちゃんの言う通りだ。文章は細かい描写には向いてない」


「そゆこと。でも逆に、こんなイラストがなくても、ざっくりとした情報を簡単に伝えられるのが文章の利点なんだけどね。『宇宙船が惑星を破壊した』を映像作品にするのは無茶苦茶たいへんだけど、文章なら一行だし」


 読者さまちゃんの意見は正しいように思える。しかし、俺には新たな疑問が浮かんでいた。


「じゃあどうやってキャラの魅力を伝えるんだ……? キャラの可愛さやかっこよさをどうやって読者に伝えたら……」


 俺がしかめっ面をすると、読者さまちゃんは、またもや椅子に乗ったまま、「んしょ、んしょ、」と反動を使って俺の前までやってくる。そしてちょっとだけ俺を小ばかにするように「んふふ」と笑う。


「キャラのセリフや行動に決まってるじゃない! ビジュアルの説明じゃなくて、どんなことを言ったか、何をしたかでキャラの魅力を作り上げるの」


「キャラクターの魅力は、ビジュアルではなくて、行動や性格、セリフ回しで表現しろってことか……」


 ぱちっとウインクして、読者さまちゃんは椅子を左右に揺らした。


「さっきから私、キミの椅子に前後ろ逆に座ってヘンなことしてるけど、想像したらちょっとかわいいでしょ?」


 ――じ、自分で言うんじゃねぇ!!


「わかった、わかったから、もう椅子から降りろ! ……ふ、太ももが丸見えで目のやり場に困るんだよっ……!」


「ば~ぁか♡ わざと見せてんの。ありがたく思って?」


 こ、こいつは……!


 俺は白くてすべすべしていそうなそこから顔を背けて、頭の中を整理する。


「登場キャラの重要度によって情報量を変えることはわかった。主人公級のキャラでも、外見の描写は最低限でいいことも」


「うん。そうだけど、何か言いたいことがありそうね?」


「さっきのエロ小説だけど……」


 俺はスクロールバーを動かしながら続けた。


「この読者さまちゃんの描写、そんなにへたくそか? 年齢と身長、それから体形で全体像を伝えているし、服装やメイクみたいなディテールにも触れているぞ」


「目的に合致していないの。この小説はエロが目的なんだから、読者には『私』の性的な魅力や『キミ』の興奮を伝えないといけない。でも、キミの文章だとただの説明でしょ。シチュエーションに合ってないわけ」


「……ビジュアルの描写もエッチにしないといけないってことか」


「そのとーり。アクションシーンで助けに来たヒーローのビジュアルはかっこよく描写しないといけないし、女性向けの恋愛小説でキスするシーンなら、読者が相手の男にドキドキしてしまうような描写にしないといけない。当然よね」


「む、難しいな……。


 ……背も低くてやたらに細いから、ただのガキだと思っていた。けれどそれは、あえて意識しないようにしていたからかもしれない。


 ――こうやって見てみると、十分に女を感じさせる体だった。紫色の髪がかかった細い首筋をたどっていけば、秘めた柔らかさを主張するようなふくらみがしっかりとある。そこから下へ下へと視線でなぞったさきには、くびれた細い腰。ここを両手で乱暴につかんだら、どんな顔をするんだ……? そんな思いつきが伝わったのか、読者さまちゃんは唇を恥ずかしそうにつぐんだ。


 ネイルとお揃いのそのピンクはリップの色なのだろう。――けれど、俺にはその色合いが彼女の成熟そのもののように見えて、どきりとする」


「か、改稿版を読み上げんな!! ――馬鹿っ!!」


 ――びたあん!! と俺の顔に張り付く文庫本。俺は今年2回目の鼻血を止めるべくティッシュを鼻につめつめしつつ、そっぽを向いている読者さまちゃんを見る。


 高飛車に腕を組んで、マンガみたいに頬を膨らませながら『やりすぎたかな?』と、横目でこちらをチラチラ。


 まったく、魅力的なキャラをうまく文章で表現するってのは難しいもんだ。こんだけ書いても伝わる気がぜんぜんしやしない。

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