【小説技法】俺の考えた最高にかっこいいキャラ①
人間関係ってのは、ふとした切欠でがらっと変わるもんだ。ただの友達だと思ってたやつが、急に親友になったり、逆にライバルになったり。
そしてそれは恋愛においても同じ。いままでどう思っていたかなんて関係なく、気が付けばそういうことになっているのが男女と言うもの。
時刻は21時。なんか適当に食べに行くかとファミレスに行った帰り。なんでそんなことになったのかはわからないが、俺と読者さまちゃんはふたりして怪しい看板を見上げていた。
――ホテル『
もちろん俺たちの前にあるのは、普通のホテルではない。ごにょごにょでむにょむにょ、ずっこんばっこんな大人のホテルなのである。
近道しようと思って裏道に入ったのが良くなかった。まさかこんなところにこんなものがあるとは知らなかったのだ。
「休憩4800円だってさ。本当に休憩してるやつなんていねーよな。――アハハ!」
気まずさからそう言って、逃げるように歩き出そうとしたとき――おもわぬ不意打ちが読者さまちゃんから飛んできた。
「ね。入ってみよっか?」
――は? ……は!? はぁあああああ!?
聞き間違えかと固まる俺。読者さまちゃんは何を思ったか、そんな俺の裾をつかんで、ホテルの敷地へと入ってしまう。
「ちょ、待てよ!! 犯罪じゃん! 読者さまちゃんって未成年だろ!?」
と思ったけど、そういえばそれは自称で本当は26歳だったことを俺は急に思い出した。
「地の文を書いておいたから。これでだいじょーぶ」
……なんて強引な!!
俺を引きずるようにしてホテルに入ると、読者さまちゃんはパネルに並んだ写真を見ながら言う。
「へぇ~……いろいろあるんだね。これとか満員電車風の内装なんだって。キモ、つり革が下がってるじゃん。性癖歪みすぎっしょ。……ね、キミはどの部屋がいい?」
うそだろ、うそだろ、うそだろ!?
「ふ、普通のやつで……」
まじかよ、まじかよ、まじかよ!?
「じゃ、これにするね。ボタンを押して、と……。2階だってさ」
――まじで!?
きつねにつままれた顔になったまま、俺はエレベーターに乗って213号室を目指す。ちかちかと光る213のプレートをたよりに進み、ドアをあければそこはもうアレをするためだけに存在する部屋である。
「ふぅん。意外ときれいじゃん。――とうっ♡」
クイーンサイズのベッドに飛び込む読者さまちゃん。短いスカートからのぞく足をみないようにしつつ、俺は尋ねる。
「ど、どういうおつもりなんですか!?」
なぜか丁寧語になる俺。
「どういうつもりって……。ね、キミには私のこと、どういう風に見えてる?」
「どうって……」
そういえば読者さまちゃんの容姿について描写することはあんまりなかったな。
……年齢は〇6歳で、背丈は150くらいと小さめ。どちらかというと痩せていて、流行りのタイプ分類でいうならストレート体型だろうか。結構でるところが出てて、メリハリがある。腰の位置も高めだ。
服はいわゆる地雷系。髪の毛も派手な紫で、やたらとリボンを多用している。リップは今は薄いピンクで、ネイルも同じ。
俺は白い太ももを見ながら、ごくっと唾を飲み込んで言った。
「か、可愛い……と思う」
それは苦笑なのか、それともはにかんだのか。読書さまちゃんはベッドで四つん這いになると、蠱惑的な上目遣いで俺を見た。
「そー言うことじゃなくてさ。キミの気持ちを聞きたいんだけど?」
「ふ、服の下、見たらわかるかも……。――さ、先にシャワーとか、浴びてくるか?」
俺がなんとか声を絞り出すと、読者さまちゃんはいたずらっぽく笑った。
「情けない顔しちゃって。……もっと堂々としてたらいいの。こんなところに来たのに、何もせずに帰ったりするわけないでしょ?」
無防備に膝を立ててローファーと靴下を脱ぐ読者さまちゃん。ふとももの根元を包む小さな布切れがはっきりと俺にも見えた。ほんのり染まっているその頬からすると、わざと俺に見せているのだろう。
「いい子で待ってて……?」
そう言い残し、読者さまちゃんはシャワールームへと消えていいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい
「――いたいいたいたいたいたい!! ごめんなさい許して読者さまちゃんさん!!」
ボロアパートの一室で、俺はまたもや顔をキーボードに押し付けられていた。もちろんそんなことをするのは読者さまちゃんしかいない。
「私を題材にエロ小説を書こうだなんて、いい根性してるじゃないっ……!!『ふ、服の下、見たらわかるかも』だって!? ――へっ、最高にキモいんですけど!!」
そのあと俺はしこたま折檻されて、パンツいっちょで正座を命じられることとなった。畳の上に直接すわって、俺は深く頭を下げる。
「気の迷いなんです……!! エロなら、PVが稼げるかなって……!! このたびは……わたくしの短慮な行動が、読者さまちゃん様に多大なる迷惑を……!!」
ごりごりとひたいを床にこすりつけるが、読者さまちゃんからお許しの言葉はない。このまま後頭部をカチ割られるのかと恐れおののいていると、カチカチとマウスをクリックする音。
「――前から思ってたけど、キミって人物描写がへったくそだよね。こんな風に書いたって、ぜんぜん魅力的に思えないじゃん」
「……へ?」
読者さまちゃんはTシャツを俺に投げつけながら言う。
「いいから早く着て。今日は人物の描写について考えてみるから」
――こうしてエロ展開は露と消え、たのしいたのしい小説トークが始まったのだった。とほほ。
俺の事務椅子に前後逆に座る読者さまちゃん。白い太ももの内側がまぶしい。
「小説における人物の描写について具体的な話をする前に、『そのキャラには本当に描写が必要なのか?』について考えようか」
「……描写が必要ないキャラなんていないだろ。モブでも男か女くらいは書くぞ?」
読者さまちゃんは、かたちの良い爪に彩られた細い指を3本立てた。
「重要度と言い換えたらわかりやすいかな。小説の登場人物の重要度って3つくらいに分けれるでしょ。物語にずっとかかわる主人公級、たまに出てくる程度のサブキャラ、そしてモブ」
「ああ、そういうことか。主人公がたまたま話しかけた村人Aみたいなモブを細かく描写しても意味はないもんな。せいぜい『腰の曲がった老女』『いかつい男』『若い女』くらいの描写しかしない」
「じゃあサブキャラならどれくらい描写する? たとば『ギルドの受付嬢』『馬車を襲った盗賊のリーダー』『冒頭のシーンでしか出てこない主人公の母親』なら?」
なろう系によくあるやつだな。俺はテンプレキャラを思い浮かべながら答える。
「んー……。年齢とざっくりした体形、それから髪型くらいかな……。あと固有の特徴をひとつ。目が赤いとか、顔に傷があるとか、優しそうな雰囲気があるとか」
「それくらいだよね。あとは主人公級のキャラだけど……これは言わなくてもわかるよね。作者も気合が入るし、いろいろ設定があるから描写するべきものはたくさんある」
「俺なんかめちゃくちゃ設定を考えてしまうからさ、キリがないくらいだ」
体形、髪型、目の色、服装。こういう設定を考えるのってたのしいよな。あんたもそう思うだろ?
「……でしょうね。でも、そこに落とし穴があるんだよね」
眉をくいっと上げる読者さまちゃん。
「落とし穴……?」
なんだか嫌な予感がした。
「そー。いい、大事なところだからよく聞いて。――だいたいの読者は、『作者が思っているよりキャラの外見なんかどうでもいい』の。これは真実よ」
「ど、どうでもいいって……!? じゃあ俺が考えたあのキャラとあのキャラの外見も、無駄ってことか?」
「残念だけどね……。1から百まで説明されても覚えられないし、ながながと説明されると読む気がなくなるし、どんなにち密に説明しても『作者の頭の中にあるキャラの姿と読者の頭の中に浮かぶキャラの姿は違う』から」
【つづく】
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