【小説技法】キミの◯ンポが悪いんだよ②
端的に言って――俺はぼっこぼこのぎったんぎったんにされた。
い、いてて。そろそろ鼻血も止まったか?
「ふんっ!」と空気をだすと、呪われたアポロチョコみたいなものが鼻から飛び出して床に転がった。
「うげッ……!? ちょっと、これ、早く捨ててってば」
特級呪物を見たような顔の読者さまちゃんにせっつかれ、俺は純潔が染みたティッシュを窓から捨てる。
「『純潔が染みたティッシュ』とかいう表現マジやめて。官能小説みたいでなんかすごくキモいから」
「べつにいいじゃねぇか。俺は童貞だから俺の血は純潔だぞ」
俺の冗談にも反撃せず、読者さまちゃんはぷいと顔を背ける。
「……まだ怒ってるのか?」
俺がどっかと畳の上に座ると、読者さまちゃんは「はぁ~」とクソデカため息を漏らしてから、意外にも――へへっと笑った。
「もーいいよ。キミが勘違いしたのは、私が叩いたせいかもしれないし。……じゃ、説明するね」
やっと本題に入れる。俺が姿勢を正すと、読者さまちゃんは俺のタブレットにとある小説を表示させた。俺の新作ではない。ほかの作者の書いたものだ。
「これはある作品のアクションシーンなんだけど、読んでみて」
どれどれ……
――鈴木は手に構えていたライフルの、重たい引き金を人差し指で慎重に引いた。ずどんと重い反動と共に弾丸が発射される。標的までの距離は100m。当たって当然の距離だ。風も少なく、狙いは正確。弾丸はまっすぐに進んで道路を横切り、ビルの合間にいた男をとらえた。
ちょうど胸の真ん中だ。白いネクタイにぱっと赤いシミができた直後、男は後ろへと倒れた。少しおくれて、男が持っていたカバンが宙を舞う――
俺は肩をすくめてみせた。
「……まぁ、普通の素人の文章だなって感じ。読みにくくはないけど、冗長かな」
読者さまちゃんは俺を「ずびしっ」と指さした。
「そう! それなの、冗長! テンポが悪いの。……たぶん作者は、なにが起きているのか読者にしっかりと伝えようと思って、頭の中で映像をコマ送りしているんだと思うけど」
「映像を……コマ送り?」
「そ! 頭の中で映画を流して、それを細かく文章化している感じ」
「なるほどなぁ、わからんでもない。でも、読者としては、打った弾丸が相手に当たるのかというところが気になるのに、ダラダラと尺をとられてしまって興ざめだ」
「なに他人事みたいに。君もこれと同じようなことをしているんだよ?」
俺はむっとして言い返した。
「世界観や設定を読者に伝えるために、描写や説明が多いのは認める。でも、それは必要なことなんだよ。この文章みたいに、瞬間瞬間を細かく並べているわけじゃない」
ふふん、と馬鹿にするように笑う読者さまちゃん。
「ふぅ~ん……。じゃあ、キミの新作の、あるシーンをこれから読み上げるよ。
――何もない空間からぬるりと抜き出されたのは、鴉の濡れ羽色の鞘に収まった刀だった。――いや、その三日月のような反り具合は太刀か。
かなり古いもののようだが、不思議なことに古びた印象がまったくない。まるで時代を間違えたかのような真新しさだ。
そんな美麗な太刀の柄を、そっと握る男。――驚いたことに、居合の構えだ。
……そんな長い太刀で居合を?
そう誰もが思ったとき、男は爆ぜるように前に出た。まさに韋駄天。鋭い一歩は、地面を縮めたよう。
はたして刃が奔ったのはいつか。気が付けば、男は抜身の太刀を無為の構えで下げていた。
「あ……」
誰かが声を漏らす。2つになった案山子が、ゆっくりと倒れ込む。そのすべらかな断面に驚くのはまだはやい。ころんと頭が転がったのだ。
――まさに刹那の連撃であった」
自分の作品をこうやって読みあげられるとちょっと恥ずかしい。俺は鼻の頭を触りながら言った。
「ふん……。いい文章じゃねぇか。どこがダメなんだよ?」
読者さまちゃんは申し訳なさそうにかぶりを振った。
「……キミの文章には確かに光るものがある。でも、独りよがりすぎて、たまにテンポが悪くなってしまっているんだよ。それが1話目で読者が離れていく大きな原因」
「ひ、独りよがり……!?」
「そう、シコシコしすぎて〇ンポがふにゃふにゃなの」
「だから〇の位置が最悪なんだよ!」
読者さまちゃんは俺のつっこみを無視してたずねてくる。
「このシーンで読者に使えたいことはなんなの?」
「そりゃ、いろいろある。太刀のすごさ、男のすごさ、なにもないところからものを出す能力、それから……それから……?」
あれ? と動きを止める俺。
「1、男が太刀を取り出した。2、案山子を斬った。3、スゴ技だった。物語の展開としては、たったそれだけでしょ」
間違ってリステリンを飲み込んだような顔になった俺を、読者さまちゃんはばっさりと斬り捨てる。
「かっこいい言葉で水増ししてるだけじゃん。
『何もないところから太刀を取り出すと、男は妙に新しいそれを手に、居合の構えをとった。
――長い太刀で居合……?
そんな視線が集まる中。男は素早く踏み出した。ただそれだけの、次の瞬間。半分になった案山子から、ころりと頭が転がる。
――まさに刹那の連撃だった』
……別にこれでいいじゃない。気合を入れて雰囲気のある文章を書こうとするのもいいけど、テンポを大事にしなきゃね。じゃないと、読者がついてこないよ」
「で、でもおれはさ、レトリックで表現豊かでスタイリッシュな文章を――」
心底あきれたと言いたげに、首をかしげる読者さまちゃん。
「描写が凝っててスタイリッシュで、読むために語彙力が必要なような小説を読みたい読者じゃないと読まないじゃん。そんなの――2割もいないんじゃない?」
――ぐうの音も出なかった。100の読者のうち、2話まで読んでくれた読者はたった20。読者さまちゃんのいう通りだ……。
打ちひしがれてしょんぼりとしょげる俺をよそに、読者さまちゃんは勝手にテレビを見始める。
「あはは! この人、おもしろいね! 普段、テレビなんか見ないから知らなかったよ」
けらけらと笑う読者さまちゃん。俺は憂鬱な気分をすこしでも晴らそうと、たいして興味もなく尋ねた。
「……なんて芸能人?」
「えーっと、マ〇コ・デラックス!!」
――だからお前は〇の位置がおかしいんだってばよ!!
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