【小説技法】キミの◯ンポが悪いんだよ①

 一年間の断筆は、俺に創作意欲とアイディアを与えてくれた。今度こそ、俺は俺の作品を書ききる……!


 そう決めたのだが。


「ああああ! くそ、なんでだよ、クソ! クソ!」


 時刻は23時。安アパートの自室にて、俺は薄くなってきて久しい頭をいつものようにバリバリとかきむしる。


 新調したパソコンのモニターに表示されているのは、満を持して書いた新作のアクセス数だ。


 ――すでに3万文字なのに、まさかの2ケタである。


 なんだこれは。脱糞ものではないか。


 便意と絶望に襲われて発狂した俺は、ナチス総統の演説めいた汚言を撒き散らした。


「フンバルト・ヘーデル! ベンダシタイナー!! イッヒ、ベンデルデ! ――ブリュットヒルデ!!」


 溜まりに溜まったキチゲージをついに爆発させると、汚いカタルシスが『ドバッ』と押し寄せ、ちょっとだけ俺を汚し、そしてそれ以上に浄化してくれた。


「よし……おちつけ。パンツも履き替えた。まずは見直しだ……」


 尊厳と引き換えに安寧を得た俺は、じっくりと自分の作品を推古した。


 ――新作を執筆するにあったって、俺は徹底的に資料を集めた。それをもとに時代背景、キャラの容姿やバックボーンなどをち密に組み立てたのだ。


 これ以上、設定が練られた作品はないんじゃないかと思う。


 ……やはり俺は天才だ! 主人公級のキャラの、悲しき過去が明かされるシーンでは、作者の俺ですら感涙にむせぶほどだ。


「うっ……ぐすっ……」


 だがその清き涙は、すぐに苦いものへと変わった。


「ううっ、うっ……びぇえええ!!」


 ――なのに、なのに、なんで俺の作品は評価されないし、読んでもらえないんだ!?


 特に不思議だったのが、読者の離脱率だ。1話のPV数を100とすると、2話は20しかない。1話を読んだ読者の8割が、そこでブラウザのバックボタンを押してしまっているのだ。


 こんなはずでは……。くそ、読者のやつらはなんでこんなに忍耐力がないんだ!? あと3話、いや2話だけ読んでくれたら、あっと驚く展開が待っているのに……!!


 そう毒づいた時だった。


「――隠してるけど超美人で権力者に溺愛されちゃう系女子の読者さまちゃん参上ぅ★」


 なんだァその名前!? 女性向け作品ばかりがランキングを埋めるようになったア〇〇ァ〇リスかよ!? ――参上じゃねぇよ、惨状だよ!! 


 また窓を割られたらたまらない。俺は心の中で突っ込みつつ、窓を素早く開けた。


 しかし、どうせ読者さまちゃんのことだ。こうやって対策をしたところで、やつはそれを上回ってくる。例えば壁をぶち破ってくるとか――


 そう思ったのだが。


 ――ぴーん……ぽーん。


 変なタイミングでチャイムが響いた。まさかと玄関をあけると、そこには読者さまちゃんが立っている。


「よっす。はい、これ」


 そう言って読者さまちゃんが差し出してきたのは、翼を授けてくれる某エナジードリンクである。


「あ、ああ。ありがとう……?」


 俺の肩の横を小さな頭が通り過ぎてゆく。甘いかおりが俺の鼻をくすぐった。


「おじゃまするね。……ん? なんか臭くない? 〇ンコっぽい臭いがするんだけど」


「ハハハ。キノセイダロ!」


 俺は換気扇を回しつつ、改めて尋ねた。


「一年ぶりだな。どうしたんだ、急に?」


「ん、キミの心の叫びが聞こえたから、かな」


「んだよ、それ。もしかして、俺にアドバイスしてくれるのか?」


 読者さまちゃんは肩をすくめて言った。


「……実はさ、私、投稿サイトの『カクカク嫁』で自主企画をしてるんだよね。辛口評価でもいいから感想がほしいって作者に作品を応募してもらって、それに感想を書かせてもらっているんだけど」


「けど?」


「そこでよく見る作品と、同じことがキミの作品にも起こっているなって」


「同じこと……」


「そ。キミの新作、読んだよ。1話目で脱落しそうになったけどね」


 俺は椅子から飛び起きた。


「な、ななな、なんでだ? どうして脱落しそうになった!? 教えてくれ読者さまちゃん!!」


 あ、デジャヴ。


「――さんをつけろよゲロカス野郎!! 何度言わせるの!? キミは算数も知らないナーロッパなろう中世の平民なの!? ド低能なの!?」


「イタイイタイタイ、ごめんなさい読者さまちゃんさん!」


 おもいっきりビンタされた側頭部をさすりながら土下座すると、読者さまちゃんはうなづいた。


「わかればよし」


「うう……耳がきぃーんってするぜ……」


 さすがにやりすぎたと思ったのか、読者さまちゃんは気まずそうに咳ばらいをしてから言った。


「それで、脱落しそうになった原因だけど」


「う、うんうん」


「――キミの〇ンポが悪いんだよ。お粗末なの」


 そんなわけないよな。……耳鳴りのせいだよな?


「お、俺の……?」


「うん。なんていうのかな、長すぎるんだよね」


「……13センチくらいだったと思うけど」


「は? わかってる? 私は〇ンポの話をしてるんだけど。ほら、キミのをはやく見せてみなさいよ」


 ――俺は致命的な勘違いをしていた。だがそのことに気づくのは、パンツを降ろした後だった。


【つづく】

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