吾が仏尊し

@yukoko1234

吾が仏尊し

 自分は要領よく、人生を過ごしている。義本聡は常々そう思っている。事実、その通りだ。大学を卒業後、中小のIT企業に就職し、勤続10年以上。その間に結婚し、娘も設けている。中小なので、大手に比べ給料は低いが、それでも年々上がっている。管理職でもないのに、この評価は、会社が自分の能力を買っている証拠だろう。子育てしやすいとアピールしている市に、一軒家を構え、妻と娘を不自由なくさせているつもりだ。近所には、同期とその家族がいる。休日にはバーベキューやゲームをするくらい、仲がよい。自身の家族仲ももちろん良好だ。

 他人から見れば、くだらない平凡な人生だろう。大都会でタワーマンションに住まず、楽しみが、家族との団らんしかない男であるのは、事実だ。しかし、聡にとってはそれが十分幸せであった。多くは望まない。ただ慎ましく、己の分に応じた幸せを享受する。それだけだ。それだけで、幸せになれる。そのはずだった。


 聡の幸せはある日を境に壊れた。壊されたというべきか。他部署の女子社員が聡のデスクで自殺したのだ。第一発見者は、定年退職が近い河本だった。彼は朝早くに出勤する。勤勉な心がけだが、その日は彼の勤勉さが彼を不幸にした。

 河本が出勤すると、件の女性社員が聡のデスクに突っ伏していた。最初は徹夜で勤務したのかと思って放置していたのだが、違和感を感じて声をかけた。声をかけても反応がないので、傍により、肩を叩いた。その時、体が冷たいこと、そして、叩いた肩の肉が緩んでいることを感じ、110番をかけたとのことだ。その後病院に搬送され、無事死亡が確認された。その後は警察の事情聴取が始まり、その日は業務など手につかなかった。

 事件性はないと判断され、自殺であることが確定した。それだけにも迷惑なのに、彼女は、聡の席で自殺した。せめて服毒ならありがたいのに、包丁で喉を突き刺して死んでいた。なので、血が聡のデスクが血で汚れた。もちろん管理部に言ってデスクと椅子を交換してもらった。それでも気味悪さは残る。自殺するのであれば、最小限他人に迷惑にならないようにしてからにしてほしい。同僚のデスクを血まみれにするなんて、非常識極まりない。自宅に戻り、愛妻に今日の出来事を打ち明けた。流石に娘に聞かせる話ではない。妻は十分己を労わってくれた。その夜は、弱った聡を慰めるため、かなり長く夫婦の時間をとった。彼女の奉仕を受けながら、自殺した日に子供が授からないよう、ぼんやり考えていた。その考えも射精するまでだったが。吐き出してすっきりしたので、眠りについた。深く眠ることができ、やはりセックスはいいと思った。


 翌週。いつも通り出勤したが、会社の様子がおかしい。いや、自殺者が出たのですぐには元に戻らないのは当然なのだが、どうも聡に向けられる視線に違和感を感じた。別に人にどう思われようと気にはしないが、それでも奇異の目や悪意の籠った視線を向けられるのは、気のいいものではない。そもそも自分は悪いことなど何一つしていないのだから、そのような視線を投げられる謂れはない。朝礼が終わったところで、直属の上司とさらにその上の上司に呼び出された。二人とも多忙なのに、どうしてだろうと不思議に思った。


「仕事のことなんだけどさ、お前、池田に仕事振っていなかったか?」

いきなり切り出す。

「それは、できる人がやればいいと思って。」

池田は件の自殺した社員である。

「部署が違う仕事を丸投げしたみたいで、客先からも苦情が来ている。」

「いや、もともと彼女の仕事じゃないですか?」

聡の勤める会社は、ERPシステムの導入・保守を事業としている。要は、社内システムの構築と運用保守である。通常、大手が案件を取り、関連会社や子会社に委託するのが通例だが、この会社は、導入・保守・開発を一元化しており、スマートなサービスを売りとしている。

池田は導入、聡は保守の部署に属していた。上司の下口と、関は、大きく溜息をついた。

「池田さんが一番仕様を知っているんだから、彼女に任せれば問題ないですよ。私には分からない領域だったし。」

「引き継いだ意味ないでしょう。それにユーザから勝手に窓口が変わってるけど、そちらの体制はどうなっているのか、変更があるのであれば、きちんと連絡してくれないと困るって来てるし。なんなら、今回の件を受けて、保守のベンダーを変更することも示唆されてる。」

「私には関係ないでしょ?それを調整するのが貴方たちの仕事ですし。」

「仕事の責任はないのか?」

語気が強くなる。

「ありません。十分な給料をもらえればそれでいいので。」

「だから、給料分の責任くらいは…。」

「何度聞かれても、ありません。その発言はパワハラですよ。労基に届け出ますから。」

と言って会議室から去った。

労基にパワハラと言っても、中小企業なので、あまり改善はされないだろう。ただ、聡への注意はしばらくは減るはずだ。自席に戻り、パソコンのメールを確認する。客先からの問い合わせを後輩に丸投げし、仕事をする振りをして、ネットサーフィンに興じることにした。文明の発達により、暇つぶしのツールは事欠かない。とてもよいことだ。


 昼休憩は同期数名と一緒に取る。入社した頃の習慣に過ぎないが、勤続10年以上経ってもそれは変わらず、続いている。会話もするが、沈黙も気にならない。

世間話をしながら、愛妻弁当を食す。己の健康と嗜好に寄り添った完璧な弁当である。

「そうだ、岡。」

同期の岡にある提案をすることにした。

「どうした?」

「今度の休み、俺の家族とお前の家族で、バーベキューしないか?」

岡は近所というか、二軒隣の家に住んでいる。素敵なお誘いだが、岡の表情が硬くなった。

「この間も、都合が悪いって断っただろ?うちのもお前ら家族に会えなくて寂しがっているしさ。」

何気ない提案のはずだった。

「そのことだけど、今後は仕事以外では関わらないようにしてほしい。」

「は?」

岡のいう事が理解できない。あんなに仲良く交流を深めていたではないか。他の同期も怖い顔をしている。

「毎回、準備や片付けは俺たちだろ?」

「でも費用は出しているし…。」

「足りないよ。この物価高で、家族3人の費用が5千円ってあり得ないだろ?」

「言ってくれれば…。」

「何回も請求したけどのらりくらり躱しただろ?同期のよしみで、なあなあにした俺も悪いけど。」

さらに岡は続ける。

「正直、お前の仕事を舐め腐った態度も気に食わない。それを見習って、後輩も仕事をしないやつが増えてこっちの負担がしんどい。」

「それは、俺の責任じゃない。」

「そうやってすぐ自分の責任じゃない、自分には関係ないって逃げてきただろ?自殺の件で、かなり会社やばいことになってるのに、お前が全く責任がないって言い張るのは理解できない。」

そう言って、いつの間にか完食した弁当を片し始めた。

「これから対戦ゲームでもしないか。」

「今の話の何を理解していたんだ。それに、お前と違って仕事が山積みなんだ。」

と岡は自席に戻った。

仕事が山積みなのは、お前の管理不足や、能力の無さが原因じゃないかとは、流石に口にできなかった。


 その日から散々な日が続いた。上長からの度重なる面談はもちろん、人事からの面談、警察の事情聴取、そしてなぜか自殺した社員(名前を忘れかけている)の遺族から民事訴訟を起こされたので、知り合いの伝手で、弁護士を探したりと、穏やかで満ち足りた日常は崩壊した。彼女が自殺したのは断じて、自分のせいではない。なのに、何故自分が責め立てられているのか。また、誰が拡散したのか、SNSでも日々話題になっている。再生数稼ぎの動画やネット記事が、蛆虫のごとく湧いて止むことを知らない。暇人どもと吐き捨てることもできず、日に日に疲弊している。自分だけでなく、愛する家族にも塁が及んだ。

まず、自宅の特定である。このご時世、個人情報などないに等しいが、それでも見知らぬ人間が個人情報を握って目の前に現れると恐怖を覚える。ましてや、身勝手な正義感で断罪しようとする人間が自宅に来るのだ。監視カメラを設置したり、警察に相談しても彼らの襲来は止むことはなかった。

 最初に限界を訴えたのは、妻だった。

「もう何なのよ?」

それは聡も同じである。たかだが、成人女性が自殺したたけだ。しかも無能の。

なのに、会社も世間もなぜ、聡を非難するのだろうか。訳が分からない。誰か説明してほしいくらいである。

「明日、弁護士にも相談してみるから、な。」

安心させるように、彼女を抱きしめる。が、妻はそれを振り払って、寝室に駆け込んだ。その様子を娘が暗い目で見ていたが、聡は気づいていなかった。


 会社での面談は、日に日におっくうになっている。仕事の裁量や、部署間の連携などどうでもよいではないか。コンプライアンスなど建前だ。建前など、誰も守っていない。結局自身の利益を優先するのが人間だ。家族のため、自分のため、その本能に従ったまでである。

 本日は外部の調査員と同席らしい。人事部の責任者と見知らぬ男性が会議室にいた。

「弁護士の武と申します。」

男は名刺を渡しながら、名乗った。

「どうも。」

何故弁護士がいるのだろう。嫌な予感しかしない。

「私、今回亡くなられた社員の池田さんのご遺族の代理人です。」

武は要件を淡々と告げる。

「本日は、過労死、ひいては業務過失がなかったかを調査したく、全社員に確認することになりました。」

「それは私に関係あるのですか?」

圧に負けないよう、声を振り絞る。本音だった。

「池田さんに仕事を依頼していた回数が一番多かったのは、貴方ですから。」

「それは、でき」

言葉はさえぎられた。

「それはできる人がやればいいと?残念ながら、それは貴方の主観です。経営者、管理者でない貴方が判断する権限はありません。会社として、指示系統が適切だったか。これは会社の利益、引いては会社の存続に繋がります。」

更に言葉を重ねる。口を挟む隙がない。

「一部の人間のみ、業務を過剰に負荷をかけるのは、会社として健全ではありません。その一部の人間がなんらかの事情で職務を離れた瞬間、会社は成り立たなくなります。また、今回の件で株主の方々も出資を引き上げることを検討しています。そうすると、貴方も職を失うことになります。圧倒的な人員不足ですが、リスク管理のため問題のあった会社の社員を安易には雇わないことも一般的です。貴方の利益のためにも、調査の協力をお願いします。」

完璧なロジックで、反論できない。流石弁護士。口八丁だけで飯を食べているだけある。

武を主体とした、地獄の面談が始まった。

 面談は半日かけてまた後日持ち越しとなった。精神的な疲労が半端ない。とにかく分かったことは、聡のしたことについて、会社としては何かしらペナルティを与えなければならないらしい。暗にほのめかせられたが、株主の数名が、聡の処分やコンプライアンス改善がなければ出資を見合わせると言っているらしい。

馬鹿馬鹿しい。俺の知ったことではない。会社の責任をなぜ、自分も背負わなければならないのか。会社に属している以上、会社の事象はある程度背負う必要がある。ただ、聡の会社はベンチャー上がりのため、帰属意識が薄い。そのため、自由を重んじる、つまり個人が好き勝手できる社風を育んでしまった。その中で育ち切った聡に、自己を顧みることなどできるはずもないし、自社のために働く意識も存在しない。なら、フリーランスで働けばよいし、聡の職種はであれば可能だ。しかし、厚生年金等会社員であることの利益は手放したくない。美味しいとこどりして、辛いところは人に押し付ける。それが聡の生き方だった。世間だって同じだ。誰だってしんどいことはしたくないし、楽して稼ぎたい。なんなら仕事もしたくない。だが、資本主義が一般的な現代社会では、金銭を受け取るには、労働をしなければならない。単純で、平等な主義の元、社会は構築されている。その仕組みから逸脱すると、罰を食らう。天網恢恢疎にして漏らさずは、老子の理想を表現した言葉に過ぎない。だが、現実にズルした人間には、行いにふさわしい結果が伴う。

聡の今取り巻く結果は、過去、仕事をさぼり、押し付けてきた結果に過ぎない。

ただ、狡い人間は、自分に不都合な結果を目の当たりにすると、自分の不幸として、被害者ぶる。悲劇の主人公気取る。自己肯定感が以上に高いからこそ、できる。聡も漏れなく自己憐憫に没頭した。

このまま、周りに叱責される日々が続くのか。何で自分がこんな目にあうのか、何も悪い事などしていない。鬱になりそうだ。

そうだ、精神疾患が発症したということにすれば、地獄の日々から逃げることができる。だけでなく、手当をもらうことができる。すなわち、働くことなく、金銭を合法的に授受できる。なぜ、気づかなかったのか。政治家だって、スキャンダルがあれば体調不良といって豪華な病室で入院しているではないか。なら自分だって、同じことをしても問題ない。

豪華な病室は無理だが、半年、いや、一年休職すればほとぼりも冷めるし、会社も自分を攻撃しづらくなるに違いない。善は急げだ。幸い、心療内科を専門としている医者の友人がいる。彼に相談すれば、診断書がすぐ降りるだろう。端末で、電話帳を探し、その友人の電話番号を呼び出すことにした。


聡が思った通り、診断書はすぐとれた。非常事態に備えて、役に立つ友人との付き合いは欠かせない。ありがたいことだ。その武器を弁護士に託し、精神的に職務を遂行することが難しいということで、休職することを勝ち取った。同期からは、皮肉めいたメッセージが送られたが、気にしない。自分は病人なのだ。だから当然の権利を行使したまでだ。

はっきり言って聡の行為は、黒に近いグレーである。本来、社会保障は弱者のためにある制度である。誰もが弱者になる可能性があるのだから。しかし、弱者のふりをして弱者のための制度を悪用するなど、断じて許されることではない。それが、聡には永遠に理解できないことだった。


休職してから一週間。子供の面倒をみたり、家事をして過ごした。会社から書類やらが来ているが全て無視をした。病人に仕事をさせるなんて、非人道的会社だ。それを盾にして休職期間を延長することも検討している。それに、娘が新生児以来、ゆっくりできた。手当は手に入るので、経済的には問題ない。メディアや、SNSでは未だに聡のことを取り上げているが、それも時間の問題だろう。完璧だ。やっと静寂を手に入れられたのだ。聡はようやく息をつくことができた。なのに、何故か小骨に引っ掛かっていることがある。大したことはないのに、気になってしかたない。ふとスマホでネットニュースを漁ると、自社のことが出てきた。どうやら、業績不振により、買収が検討されているらしい。聡には関係ないと、別のニュースページを漁っていると、玄関のチャイムが鳴った。

居留守でもしようとしたが、その前に妻が応対したようだ。

「あなた、会社の人がいらしているわ。」

「追い返してくれ。」

「でも…。」

妻が言い澱んでいるが、自分は病人なのだ。会社の人間に会ったら、余計に悪化するではないか。

「分かったわ。」

妻は聡の意向に従った。これが、転落劇の始まりだった。


会社の人間とやらが、押しかけてきてから数日。内容証明が自宅に届いた。

「なんだよ、これ。」

それは聡への解雇通知だった。現実が受け入れられない。自分に非など全くない。少なくとも法的には。急ぎ会社に電話する。事実確認のためだ。

「もしもし、義本ですが、上長の関に取り次いでいただきたいのですが。」

電話口の事務員は困惑したようだ。

「義本さん?会社を辞められたのですよね?離職票のことでしょうか。」

「いや、会社辞めていないけど。とにかく取り次いでくれ!」

口調が荒くなる。

「そう言われましても…。」

話にならない。イライラしていたところ、電話の応対相手が変わった。

「もしもし、変わりました。新社長の三井です。」

知らない男だ。社長は、渡邊だったはずだ。

「あー、ニュース見ていなかったですね、渡邊前社長は退任しています。私が現社長の三井です。」

そういえば、ニュースを見た気がする。

「貴方が電話をした理由も察しがつきますけどね。端的に言って、貴方を解雇しました。」

「だから不当解雇じゃないか!」

「ええ、このご時世、コンプライアンスを軽視するわけにはいきませんからね。だから、何度も電話をおかけしましたし、ご自宅にも伺いましたよ?」

「それは、病気だったから仕方ないだろう。」

「それなんですけどね、病気という割には、ご家族とお出かけはしているじゃないですか。貴方個人のSNSにばっちり写真投稿していますよね、それに通院履歴も怪しいですし。」

「それは治療の一環で…。」

「なら、何故会社に説明しないのですか?」

「プライバシーの侵害だ!」

「海外旅行はやりすぎですよ。会社としても、社員の安否は責務の一環ですしね。」

それにと三井は続ける。

「休職前の貴方の勤務態度も酷いものでした。自分の仕事を自殺された社員に擦り付けて、手柄は自分のものにする。お陰で、貴方の真似をした社員が続出して、会社として成り立たなくなっていました。」

「それと解雇は関係ないだろう。」

「ありますよ。会社にこれからも悪影響を与える社員を雇用するリスクは、経営者として負うことはできません。もちろん改善の兆しがあるのであれば、別ですが。貴方はそれを自ら手放したのです。同情の余地など一切ありません。」

「…。」

「これから、社内での改革が必要となります。貴方を見習った社員のリストラもしくは、再教育。顧客の信頼回復。業務内容の見直し。業績も悪化しているので、賞与はこの一年は出せません。そんな会社にしがみつきたいですか?」

「こっちには家族がいるんだよ。」

「それは皆さんも同じです。ああ、このことをSNSで拡散しても無駄ですよ。」

聡の考えを見透かしたように、三井は告げる。

「貴方が不当解雇として、SNSにポストした場合、こちらも虚偽の内容で会社の名誉を傷つけたとみなし、法廷で争う準備はできています。」

「それは、脅しか?」

「いいえ。事実です。とにかく、退職金も規定通り今月末に振込ますし、こちらのアクションを全て拒絶したのは義本さん、貴方です。幸か不幸か、就職氷河期と違って、今は慢性的な人手不足です。同業でも違う業界でも求人はあるでしょう。これから、会議なので失礼します。これ以降貴方からの電話は一切取り次がないので、そのつもりで。貴方のこれからの人生が少しでもまともであることを願っています。」

と、電話が切れた。その後、何度もかけなおしても、会社に繋がることはなかった。


どうしてこうなったのだろう。自分は悪くない。それこそが、聡の非なのだが、解雇されても気づくことはできない。ある意味憐れな存在だ。人は、自分にとって不利益なことがあれば、自分が被害者のように振舞う。それは、己の精神を守るための本能に近い行動だ。だが、因果応報、自業自得の言葉が意味するように、己の行動、言動に非がある場合も珍しくないのだ。だから、人間は常に己を顧みる必要がある。等身大の自分を認め、自分以外の他者を思いやること。これが人の生きる道である。聡はどちらも実践できなかった。己の利益だけを追及した結果だ。人は1人では生きることができない。だから、他者と助け合いながら生きていくしかないのだ。それは、自分が認めた人間だけではないのだ。

解雇は自己の快だけを求めてきた、男の末路である。


解雇通知を受けても聡は、変わることができない。永遠に被害者ぶって、自分の中の指針のみ、正として生き続けるだろう。思春期を迎える愛娘は、情けない父親の姿に失望するのだろうか。それとも、父親と同類で、他者を踏みにじって生きていくのか。それは、天のみが知ることだ。そして、故意ではないとはいえ、人を死に追いやった報いは、生きている時間だけでなく、死後、地獄の責め苦を受けることが確定していることを、聡は知らない。


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