ハートの色

蟹味噌ガロン

第1話 水色

 バイト終わりの帰り道。既に日は落ちて辺りは暗く、かろうじて道を照らす街灯もチカチカ点滅している。ひと気が少なく、車の往来がほとんどない細道をスマホ片手に俺はゆっくりと歩いていた。いわゆる歩きスマホって奴だ。


 スマホに表示されているのは友人とのメッセージ。


 中高からの腐れ縁の友人からの飯の誘いからメッセージが始まり、いつしか俺の近況報告になっていた。


『それで、妹のお使いから始まり、気づけば沼にドボンだ』

『すっかりBLに染まっちまって……』

『お前も早くこっちに来るんだよ』

『やめろw 腐教してくるな』

『なんだよその漢字w』


 メッセージを打ちながら、アパートの階段を上がり自宅の扉のノブを捻る。

 ガチャリと扉が引っかかり開かない。

 スマホばかり見て気づかなかったが、鍵が掛かっていた。


「あー……そういや忘れてた」


 今日は親が夜勤で家に居なかったのだった。

 バッグを漁り、家の鍵を探す。


「……無ぇし。やらかした」


 キーケースが見当たらない。落としたなら大学の講義室か、食堂か、自販機で炭酸買った時かくらいだろうか。


『なぁ、うちの家の鍵なくして入れねぇ。泊めてくれ』

『あー、お前んとこの両親は今日夜勤か。そういや、妹さんも修学旅行なんだっけ?』

『妹のこと言ってたか?』


 少しの時間が空いて、言ってたよ、と返事が返ってくる。


『全然覚えてねぇw』

『言ってた言ってたw んじゃ部屋片付けて待ってるわ🩵』

『何だよそのハートw とりあえず酒とツマミ買って行くわ』


 片付けると言ったが、そう短時間で終わらないだろう。あいつの部屋は本でいっぱいだ。床は足の踏み場がない上、ソファやベッドにまで積んである。そのうち床が抜けるに違いない。


 メッセージはいつもの他愛のないじゃれあいだ、とこの時は思っていた。


 あいつの好きな色ブルーだったか、なんて疑問を抱きつつ、あいつのマンションへ転がり込んだ。





 部屋の中はかろうじてベッドとソファと机分のスペースが空いていた。


「お邪魔しまーす」

「おう、ちょっとゴミ出してくる」


 そう告げてパンパンになったゴミ袋ふたつ引っ提げてあいつが外に出る。


 俺の部屋と違う、紙とインクの匂いで満ちた部屋だ。図書館や本屋とは違う、あいつの匂いもする。この匂いを嗅ぐと懐かしい思い出も同時に蘇る。


 本だらけの部屋は昔からだ。


「相変わらず……っ!?」


 思わず足元の本の山を蹴散らしてしまう。その際に布が掛かっていた本の山までバサバサと崩れてしまった。


「やべ。更に散らかった」


 拾って積み直そうと手を伸ばす。伸ばした先の本が非常に見覚えのあるものばかりだった。


「……妹のと同じ」


 妹に買ってきてくれと頼まれたBL本と全く同じものが全て積まれていた。それよりも妹が集めていた数を超えている。


「隠してた……にしては多くね?」


 ガチャリと背後から扉を開く音がした。

 今までで一番素早い動きをしたと思う。

 即座に本を積んで布を被せた。


「帰った……ってどうした?」

「いや、何でもない! ……お前って俺の妹と会ったことあるっけ?」

「会ったこと? ない。ほんとどうした?」

「えー……っと。ほら、修学旅行の話! メッセージの履歴ねぇなって!」


 俺だって妹の影響でハマってしまったのだ。別に大した秘密でも何でも無いだろうが、何故だか見てはいけないモノをみてしまったように感じた。


 俺の動揺を見抜いてか、あいつは怪しさを感じているようだ。

 話題を変えた方が良いかもしれない。


「てか、部屋まだ全然片付いてねぇな。変な色付きハート付けてる暇あったら片付けろよw」

「変って何だw その色、意味あるんだよw」

「意味?」


 あいつは俺の買って来たおつまみを皿に移し替えている間に何となくブルーハートの意味を検索してみた。


「……」

「グラスに氷入れとくぞ」

「さっきの……」

「うん?」

「……ハートの色」

「おう。これあっためるぞ」

「は、いや。その。え?」


 俺が声を出せないまま、スマホの画面を見せているにも関わらず、あいつはいつも通りしれっとしていた。


「追加でおつまみ作ろうか?」

「いやその……おま……いつから?」

「前から。返事は急がないから」


 あいつの、いつも以上に滑らかな調理風景を眺めていた。時間の流れが変わった気がした。

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ハートの色 蟹味噌ガロン @kanimiso-gallon

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