精霊に愛されない色なしと言われた私、辺境伯の魔力貯蔵庫になります

藤浪保

精霊に愛されない色なしと言われた私、辺境伯の魔力貯蔵庫になります

 髪の色は魔力の属性を表し、色が濃いほど精霊に愛され強力な魔法が使える世界。強力な魔法師の家系に白髪で生まれたエレナは、「色なし」と蔑まれてきた。


 家では使用人同様の扱いを受け、恥ずかしいからと社交界にも出してもらえず、嫁ぎ先も決まらないままにただひっそりと生きていた。


 このまま家に隠され続けて生涯を終えるか、兄が爵位を継げば追い出されてもおかしくないと思っていたのに、そのエレナは今、北の国境を守る辺境伯へと嫁ぐために、馬車に揺られている。


 王命を妹が拒否した結果、エレナが身代わりになった。娘を、ということなのだからエレナでもいいだろう、という理屈だ。


 詭弁きべんだ。魔獣の侵攻が激しくなり、再三の支援の要望を蹴った代わりに魔法師の家系から娘を嫁がせることになったのに、鮮やかな赤髪を持つ炎の魔法の使い手である妹ではなく、色なしのエレナが行ったところで何になるのか。


 戦力にならないのはもちろんのこと、実家の支援は引き出せず、社交界を渡り歩く手管もなく、領地経営ができる頭脳もない。ないない尽くしだ。


 冷徹で凶悪だという噂の辺境伯のことだ。妹の代わりにエレナが来たと知れば、激怒するだろう。最悪その場で斬り殺されるかもしれない。それならいっそ魔獣相手のおとりに使ってくれればいいのに、とさえ思う。


 フードからこぼれた自分の髪色を見て溜め息をついていると、馬車がゆっくりと止まった。


 もう着いてしまったらしい。


 エレナは覚悟を決めた。殺される前に、使用人として雇ってもらえないかどうかだけ言ってみよう。


 御者によって馬車のドアが開けられ、エレナが降り立つと、目の前に男がいた。


 精悍せいかんな顔立ちで、がっしりとした体つき。騎士服を着て、腰には剣をいている。


 そしてその髪色は、鮮やかな黒。


 全ての属性の魔力を持つ、王国最強の魔法騎士であり、辺境伯その人に違いなかった。


 エレナがフードをとると、辺境伯は顔をしかめた。


 当然だ。


 そして、チッと舌打ちをすると、くるりときびすを返し、一人で屋敷へと入って行ってしまった。


 花嫁に対して酷い態度だが、エレナにとってはその場で斬り伏せられなかっただけでも十分だった。



 * * * * *



 屋敷の一室と専属の侍女を一人与えられたエレナは、あれ以来辺境伯と会うこともなく数日がたった。


 結婚式の話は出ない。しかしかといって追い出されるわけでもなかった。


 国王とエレナの父親に抗議をしているだろうから、その結果次第で処遇が決まるのだろう。


 使用人からは歓迎されているわけでもないが、さげすまれてもいなかった。淡々とやるべきことをやって部屋から出て行く。


 何もしていないのも申し訳なく、何かできることはないかとたずねたが、逆に迷惑そうな顔をされた。彼女たちの立場であればそうかもしれない。なにせ形だけとはいえ、エレナは辺境伯の婚約者なのだ。破棄されるまではぞんざいに扱うわけにもいかないだろう。


 漫然と過ごしていたある日、窓の外から馬のいななきがたくさん聞こえ、にわかに屋敷が騒がしくなった。


「何があったの?」

「辺境伯様が討伐からお戻りに……!」


 廊下を行き交う使用人に尋ねれば、そんな答えが返ってきた。討伐に出ていたことさえエレナは知らされていなかった。


 彼女たちが抱えている物を見れば、けが人が多数出たことが察せられた。


 けが人の手当であれば人がいくらいても足りないだろう、とエレナは使用人についていく。


 広間にはすでにたくさんの騎士が寝かされていた。さらに増えていく。


「魔石をもっと持ってこい!」

「包帯を!」

「こっちが先だ! 早く!」


 むせかえるような血の匂いにくらくらするが、騎士団の面々はもちろんのこと使用人たちはみな慣れているようだった。テキパキと手当を進めていく。


 回復魔法師たちの魔力が足りないようで、重症者を優先に魔法で治療し、軽傷者は薬と包帯で手当をするようだ。


 エレナもすぐに交ざった。傷の手当ての仕方など何一つわからないが、物を運んだり、傷を押さえたり、薬を塗ったりすることは出来る。


 みなエレナを見て驚いたが、文句を言うことはなかった。


「魔力が足りない! 魔石をよこせ!」

「もう在庫が……!」


 辺境伯が、大量に出血している騎士に回復魔法をかけようとしたが、魔力不足で使えないようだった。


 騎士の顔からは血の気がなくなっており、息も絶え絶えで、もう長くはないのは目に見えていた。


 辺境伯の方も青ざめていて、目の焦点も怪しかった。呪文を唱えようとして、ごふっと血を吐く。魔力枯渇の症状だ。これ以上やると辺境伯も死んでしまう。


 かといって、他の面々もすでに魔力を使い切っているか、治療にあたっている。そもそも回復魔法が使える属性の魔法師はそう多くはない。代われる者はいなかった。


「ああ、くそっ! 駄目だ駄目だ駄目だ。まだ死ぬな! ここまで戻って来れただろう。いま治してやるから! 誰かここ押さえてろ!」


 そこに手を伸ばしたのはエレナだった。ひざまずき、布でしっかりと傷口を押さえる。しかし、出血は止まらない。みるみるうちに布が真っ赤に染まった。


「団長……すみま、せん……」

「駄目だ駄目だ。死ぬのは許さないからな!」


 辺境伯がエレナの手の上に両手を置き、再び呪文を呟き始める。


 エレナに止めることはできなかった。この騎士が辺境伯にとってどれほど大切な部下なのかを知らない。エレナはただ言われた通りに傷を押さえるだけだった。


「駄目、です……団長……」

「黙ってろ!」


 怒鳴りつけて呪文を再開する辺境伯。


 高度な魔法だ。魔力枯渇の状態で発動するはずがない。そもそも魔力を練り上げきれずに、詠唱の途中でまた吐血するだろう。そうわかっていても、唱えずにはいられないのだ。


 しかし。


 辺境伯は唱えきった。


 そして、次の瞬間、辺境伯の手から発せられた強く柔らかな光が、エレナの手ごと騎士の傷を覆った。


 光が消えた後、エレナが布を避け傷口を拭うと、ざっくりと裂けていた太ももの傷は綺麗に治っていた。


「なん、で……」


 驚きの声を発したのは辺境伯だ。自分の赤く染まった手をマジマジと見つめている。


 かと思うと、突然エレナの手首をつかんだ。


「お前! いま何をした!?」

「何も……」


 エレナは傷口を押さえていただけだ。


「俺は魔力が枯渇している。発動するはずがない! お前が魔力を――くそっ、来い!」

「きゃっ」


 辺境伯は乱暴にエレナを立たせると、別の騎士の元に連れて行く。


「どけ。俺がやる」

「ですが――」


 魔力が足りず回復魔法が唱えきれずにいる部下を押しやり、辺境伯が傷口に手を当て、呪文を唱える。


 しかしすぐに血を吐いてしまった。


「団長、もう無理ですって!」


 部下の制止の声には耳を貸さず、辺境伯はエレナの手を乱暴につかみ、傷口へと持っていった。


「傷を押さえろ」


 その手の上に自分の手を置き、辺境伯はまた回復魔法を唱えた。


「団長! これ以上は命の危険が――そんな!」


 止めようとした騎士の声が驚きに変わる。


 辺境伯が呪文を唱えきり、見事魔法を発動させたのだ。


「くくっ、はははははっ」


 突然笑い出した辺境伯を、広間にいる全員がぎょっと見る。


「立て」


 辺境伯がエレナを立たせ、その手を握った。


 唱え始めたのは最高レベルの広範囲回復魔法。それも、詠唱をかなり短縮している。


「エリアヒール!」


 明瞭な声と共に広間が強い光に包まれ――。


 エレナはくらっと眩暈めまいに襲われた。


「おっと」


 崩れ落ちそうになるのを辺境伯が抱きかかえる。


「できるだけ早く結婚式をり行うから、急いで準備を進めるように」


 大小の傷が全快して唖然あぜんとする面々を置いて、辺境伯はエレナを寝かせに寝室へと向かった。




 この後、辺境伯が伝説級の大魔法で魔獣の大暴走スタンピードを防いだり、乗じて侵攻してこようとした他国の軍隊を壊滅させたり、王都で蔓延まんえんした疫病を消え去ったり、二人が共に愛し合うようになるのだが、それはまた別のお話。


 

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精霊に愛されない色なしと言われた私、辺境伯の魔力貯蔵庫になります 藤浪保 @fujinami-tamotsu

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