人間になれなかったAI

「あの時はなかなか痛かったね」


 ウノは制服の上から自分の胸の真ん中をさすった。コピーは目を伏せる。


「忘れてない。あの日から今日まで、あの感覚が手から消えた日はない」


「そう」


 ウノはコピーの元まで歩いてきて、コピーの顎を掴んで自分と目を合わさせる。


「コピー、答え合わせをしよう」


「何のだ」


「お母さんがあなたに見出した価値、私との違い。私は最終課題で、超大容量永久記憶装置を作った。永遠に生きるなら、永遠に記憶が積み重なっていくわけでしょ。その中で忘れてしまうこともある。すべてを覚えておけるように、記録しておくマシンを開発した」


「それが、ホープか」


 ウノは頷く。


「不本意だけど、私はあなたに殺されたから、そのマシンに永遠に記憶が蓄積されていくことはなかったから、別の使い方に切り替えた。『今までの私自身』というデータをそのマシンにそっくり記憶させた」


「時間移動の本質は再構築。再構築するためのデータをすべて保存していたから、ホープはエネルギーを得たときにウノを再構築できたというわけか。ある意味、千年近くもウノはホープに寄生していたんだな」


「寄生とは人聞きが悪いね。でもまあ、マシンを移植してるから、間違ってはいないね。どう、すごい技術でしょう」


「ああ」


 ウノの表情が暗くなる。


「でもお母さんは私じゃなくて、ツーじゃなくてコピーを選んだ。あ、ちなみに、ツーは何を作っていたの?」


「記憶を、映画にする装置」


「ああ、あれね。あなたが日夜泣きながら見てるあれ、ツーが作ったんだね」


 ウノは合点がいったというように何度も小さく頷きながら言った。ウノは床の上を滑るように歩きだす。コピーは楽園中のヒトの人生の思い出をフィルムにして、ラブシーンだけカットして繋げた映画をシアタールームで観るのが日課だった。


「まあ、ツーのそれはいいとして、あなたが作ったのはロボットだった。永遠に壊れないでそばにいて、あなたの間違いを指摘してくれる存在を作った」


「そうだ」


「私はよくわからない。私の作品とコピーの作品、いったい何がそんなに違うのか。あなたのロボットのどこがそんなに優れていて、どうしてお母さんにそんなにも評価されたのか。それを知りたかった」


「ウノの作品よりも私の作品が優れていたからヒトヒは私に仕事を任せたんじゃないよ。私が仕事をウノから奪いたかったから奪ったんだ」


 ウノはコピーにまっすぐに向き直る。窓からの逆光であまり表情は見えない。


「私、わかったんだ。今日、とうとうわかったの。どうしてお母さんはあなたを選んだのか。それは、やさしさ。あなたは度を超してやさしいから、こんな途方もない年月を、もういない人のために愚直にやり続けることができた。あなたはやさしいから、私からこの仕事を奪い、決して手放そうとしない。今も」


 少し間を置いてからウノは続ける。


「そして、お母さんもまた、度を越してやさしいから、そんなあなたを救いたいと思った。あなたにこの仕事を辞めさせてあげたかった。だから、私のことを利用した。コピー、私はあなたを殺しに来たんだ。お母さんに頼まれたから殺すんだよ。だから、今日死んで」


 ウノはデスクからハサミを取った。そして、コピーの元まで空中を高速で移動してきたと思うと、腹にハサミを突き刺した。


 が、そのハサミはコピーの腹に当たるとすぐにぐしゃりと変形して壊れた。


「無駄だよ、ウノ。この部屋は数日前に大掃除をしたんだ。この部屋にあるものはみんな、食べ物に巧妙に色を付けだだけの偽物だ。この世界の食べ物は完全栄養食の食感、色、形をいじっただけの同じものだ。全部、トマトの食感と同じにしてある。あんたが私を殺すことはできないよ」


 コピーは腹のところの白衣についた、べしょべしょした感触で、ハサミの色をした液体を指ですくってなめた。トマトの味がする。


「食べ物で遊んじゃいけないって教わらなかったっけ」


「いっしょに食べなさいとは教わったが、遊ぶなと言われた記憶はないな」


 ウノは自分の手についたハサミの見た目の液体をなめた。


「そっか。こんなに簡単にはいかないよね。……じゃあ、こうするしかないか」


 ウノは頭上に手を挙げると、パチンと一つ指を鳴らした。


 コピーの部屋の扉が勢いよく開いた。そこには、赤い目で六本腕の、体中からコードやチューブがむき出しのロボットが立っていた。


「Bb9?」


 Bb9はゆっくりと大股で部屋に入って来る。今まで一度も見たことがないような殺気をまとい、腕を大きく広げて近づいてくる。


「Bb9に何をした!」


 コピーはウノの胸倉をつかんで叫んだ。


「言ったでしょ。私はあなたのやさしさに気付いた。それは、他でもない、Bb9の中に蓄積されていたデータを読み込んだから。花城ヒトヒの使者として、コピーを殺しに来た、だけどその前にコピーの生命係として生きた記録を見たいと言ったら簡単にデータをくれたよ。その代わりに、自分はすっかりコピーのことを忘れてしまうというのに。主の名誉を第一に重んじる忠誠心。本当によくできた執事ロボットだね」


 Bb9の影が二人の上に落ちる。真っ赤な二つの目がコピーを捉える。ウノはコピーの手を振り払って距離をとった。ぴくりとBb9の腕が動いたのが見えたと思うと、次の瞬間、コピーは本棚に突っ込んでいた。Bb9は恐ろしい速度で腕を振りぬいたのだ。本もトマトの感触にしてあるので一斉にはじけ、どろどろになり、そのおかげでコピーは大怪我をかろうじて免れる。Bb9は背中を丸めるようにして姿勢を低くし、コピーの方へ突進してくる。


「やめろ!やめてくれ!Bb9、私だよ。コピーだ。お前の主だよ!」


 コピーは泣きながら叫ぶが、Bb9には届かない。Bb9が拳を握りしめ、コピーに振り下ろす。コピーはすんでのところで転がってかわす。


「Bb9、思い出してくれ。置いていかないで。私を一人にしないで。……忘れないで!」


 Bb9が6本の腕の拳をすべて固く握り、猛烈なラッシュがコピーを襲った。


 🌸 🌸 🌸


「Bb9、とどめを刺して」


 ウノは無感情な声で言った。コピーはボロボロになり、もう抵抗することもできずにぐったりと倒れていた。Bb9はコピーを掴み、部屋の開けたスペースまで引きずって行った。


 Bb9は一本の腕を高く振り上げた。コピーは目を薄く開ける。まっすぐにBb9の目を見る。Bb9は振り上げたこぶしを勢いよくコピーの額に向かって振り下ろす。


 ウノは目をぎゅっと瞑った。


「……?」


 頭蓋骨が潰される音が数秒経っても聞こえないので、ウノは恐る恐る目を開ける。Bb9の拳は、コピーの鼻先数ミリメートルのところで止まっていた。握られた拳は小刻みに震えている。


「Bb9、私は信じてた。殴られたって全然平気だ。メモリを全部抜かれたって、初期化されて全部忘れたって、お前はお前なんだ。ちゃんと育てられたなら、AIの暴走なんか起こらない。AIが人を傷つけるのはすべて人間のプログラムのミスだ。悪いのは人間で、ロボットは悪くない」


 コピーはBb9の拳をやさしく退けてゆっくりと起き上がる。


「私は間違えない。お前にはちゃんとやさしさを教えてきた。Bb9、胸の奥底のデータに聞いてみろ。お前の千年は、簡単にまとめられるほど短くはない。コード一つで消えるもんか。探せ!ちゃんとあるはずだ」


 Bb9はコピーの目を見る。


「ロボットなんだ!所詮ロボットだ!胸の奥底なんかあるわけない!ただの0と1の信号に従うだけの機械なんだ!やさしさなんか、あるもんか!」


 ウノは叫んだ。


「私たちだっておんなじだ。神経細胞に流れる電気信号で動いてる。ロボットは人間に近づくことはできるけど、絶対に同じにはなれない。でも、それなら、ロボットにもわかるような方法で、何がやさしさなのか教えてやれればいいんだ。なあBb9、お前ならわかるはずだ」


 その時、Bb9の赤い両目が、何かを考えるように点滅した。



(※宣伝みたいで申し訳ありませんが、ここから先は『ケラサスの使者』で最初からお読みください by作者)

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ケラサスの使者の使者 岡倉桜紅 @okakura_miku

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