人間とAIの漸近線
コピーは映画を見ていた。
黒の塔にはぼろぼろの一人掛けのソファが一つとスクリーン、射影機だけがあるシアタールームが一つあった。
ひっきりなしに流れてくる早回しの映画は、雑多な物語のラブシーンだけを切り取って張り付けたかのような映像だ。コピーはマグカップからお茶を一口すする。すでに鑑賞を始めて六時間ほど経とうとしていた。
「覚えてるよ……。私が全部、……覚えているから」
コピーはスクリーンから一瞬も目を離さずに、瞬きさえ惜しいとでもいうかのように、目を見開き、すべてを記憶しようと、一心に映画を見ていた。
🌸 🌸 🌸
Bb9は何本もある腕を駆使し、細長い一枚の紙を繰るようにしてそこにずらずらと並んだやることリストを確認した。リストはひとつながりになっていて、ゆうに三十メートルは超えているだろう。一月も終わりに近づき、今年度が終わるまではあと二か月だ。Bb9は赤ペンを取り出すと、リストを上から確認し、終わった項目には赤で取り消し線を引き、新たな別の紙に優先順位の高い順に項目を並べていく。
このリストは楽園という世界において、生命係という生命を生み出す仕事をするコピーが一年間のうちにしなければならないことのリストである。項目の内容は楽園創設当初から全く変更されていない。そして、このリストの項目のすべてに赤の取り消し線が引かれなかった年は今までに一度もない。リストにあることは、楽園の生命係としてなにが起ころうとも達成しなければならない最重要な責務なのだ。Bb9の仕事はコピーがこの責務を終えられないことがないようにスケジュール管理とコピーのモチベーションの維持をすることであり、今までの981年間はかなりきつい年もあったが、なんとか間に合わせてきた。しかし……。
Bb9はリストの整理を終えて赤ペンを置いた。
しかし、今年は近年まれにみる仕事の進んでいなさだ。史上最悪と言ってもいい。Bb9はこのリストを無事今年度中に終えるために必要な時間数を計算した。かなりギリギリだった。しかも、今年はイオという予測不能な因子が絡んでくるため、この見積もりさえも希望的観測だ。数百年前ならば年度が替わる前日にコピーを不眠不休で働かせさえすれば何とかなることもあったが、永遠の命と言えども、最近はさすがに歳のせいかコピーの生命維持臓器の効きが少しずつ弱くなっていっている気がしていた。もともと体力は無いが、最近はそれに輪をかけて疲れやすい。毎日の8時間睡眠と適度なおやつ休憩をスケジュールに最初から組み込んでいないとコピーの体がもたないのではないかと忠実な執事ロボットは感じていた。
「今年もやるしかないようですね」
Bb9はつぶやいた。
🌸 🌸 🌸
「なんだか面談の時間が短くないか?」
コピーはおやつの大福を食べながらBb9が告げた予定に文句をつけた。
「しょうがありません。今年度はあと二か月ほどですし、悠長なことをしていると今年のタスクが終わりません。今日は予約が二組いますし」
「ああ、もう今年も終わりか……。意外と早いもんだな」
コピーは大福の粉がついた指を白衣でぬぐおうとしたが、その前にBb9がさっとティッシュを差し出す。不老不死の肉体を持つコピーだが、その行動には900年以上生きたとは思えないほど幼さが滲むこともある。
「よし、ヒナゲシとツユクサをここに連れてこい。早めに始めよう」
先ほどの子供っぽいしぐさから一転して、仕事に向き合う真剣な顔になってコピーは言った。
「かしこまりました」
🌸 🌸 🌸
Bb9は一組の男女を部屋に通し、お茶を出す。
コピーの生命係の仕事は多岐にわたる。生命の誕生から終わりまで、楽園中すべての命を扱う。その仕事の一つが、生命の誕生だ。この世界のヒトは、自分たちで子供を作ることができないような身体にできていた。愛し合ったカップルは黒の塔を訪れ、コピーと面談をする。コピーが認めれば、DNAを男女の両方からもらって、コピーは新たな生命を創り出す。そこでコピーはすべての赤ん坊に名前を付ける。楽園のすべてのヒトはコピーからもらった名前を持っている。自分と家族にしか教えない名前だ。
「どんなヒトになってほしいと思う?」
「やっぱり、優しいヒトかなあ。他のヒトを思いやれる、強くて優しい子になってほしいな」
コピーは面談中ずっとカップルの話をうなずきながら聞いている。もちろん、今来たカップルのように子供に明るい将来を願い、幸せな家庭への期待でいっぱいな二人ばかりが来るわけではない。これから生まれる子供に対して興味のなさそうな二人や、必要に駆られて仕方なく嫌々来る二人もいる。しかし、コピーはほとんどの場合、二人の子供を創ることを拒否したり、取り下げることはなかった。いや、今までに断った例は一つもない。ならば面談の時間を短くカットしてもよいようにBb9には思えるのだが、コピーは981年間一度もこのスタイルを崩さなかった。
「じゃあ、名前は、そうだな。フタバアオイはどうだろう。君たちのDNAの細胞から少しだけ双子になる可能性もある。双子だったらフタバとアオイと名付ければいい。この花はな、見る人すべてが美しいと賞賛するような花がつくわけじゃない。でも、君たちと同じように、どんな地面にも力強く生える花なんだ。きっと強い子になるだろうし、強く生きる美しさは必ず理解できるヒトがいるはずだ」
「素敵な名前をどうもありがとうございます」
コピーはBb9が差し出した注射器で二人の血液を採った。
「私がするのはあくまで、一様に作られた器に君たちのDNAの情報を入れるだけ。その情報をいじって根本から強い子を作ることはできないし、優しい子にすることもできない。君たちの想像する通りの命が生まれることはない。その姿が、いいとか悪いとか、そういうのは全部主観だよ。自分のDNAや子供、親を責めるなんてことは絶対にしないでくれ。そのままを認めてやってくれよ」
コピーは二人を送り出す前に、いつもどのカップルに対しても言っているセリフを言った。カップルは真剣な顔でうなずいて、黒の塔を出ていった。
コピーはDNAを受け取って、予約の関係にもよるが、10か月から1年の間にトイロソーヴになる前の肉体、『器』とコピーは呼んでいるものにDNA情報を入れ、生命を誕生させる。誕生したらまたカップルを塔に呼び寄せ、連れて行かせる。
Bb9はコピーから渡された血液の入った注射器を丁寧に受け取ると、それを管理する部屋に持っていき、ラベリングして保存する。すぐに今日の二組目が到着するので、出迎えるためにBb9は玄関へと急いだ。
🌸 🌸 🌸
自分の息子を初めて抱く父親の目には歓喜の涙が浮かんでいた。
「ありがとうございます!必ずこの子を幸せにします」
隣でその妻も涙ぐみながら微笑んでいる。
「ああ、よろしくな」
コピーは言って、生まれたての赤ん坊と目を合わせた。
「私がちゃんと見てるから。精一杯生きるんだぞ。ホシアサガオ」
コピーはどの赤ん坊にも言っているセリフを掛ける。傍で聞いていた赤ん坊の両親もいっしょになって頷いた。
🌸 🌸 🌸
二組の予約をさばき終えた後、コピーは自室のゲーミングチェアに体を鎮めるとふうと息をついた。生命に関わる仕事は体力を使うのだ。
「お茶でもお出ししましょうか?」
「いや、見てない映画がたまっている。私をシアタールームに運んでから、そこにお茶を持ってこい。……すぐ飲めるようにぬるめのやつな」
「本日は午前中かなり見ていますし、これ以上はお体に障るのでは?」
コピーがシアタールームにいる間、Bb9はお茶くみくらいでしかシアタールームに入ることは許されない。中で倒れていても発見が遅れるかもしれず、Bb9はそれを危惧していた。
「まだ大丈夫だ。早くしないと今年度が終わる。春に間に合わない。お前は私の召使なんだからつべこべ言わずにさっさと運べ」
コピーは疲れでいらいらしているのか親指の爪を嚙みながら命令した。
「……かしこまりました。なにかありましたらすぐにチンベルを鳴らしてお知らせください」
Bb9はコピーを抱き上げるとエレベーターに向かう。
映画の鑑賞はやることリストの項目には含まれていない。数百年前からコピーはなんらかの映画を定期的に見ているが、Bb9には何を見ているかは知らされていない。また、コピーも教える気はないようだった。
🌸 🌸 🌸
零時を過ぎた。Bb9はシアタールームの扉をそっと開ける。射影機がカタカタと音を立てているばかりの薄暗い部屋に案の定、コピーの寝息も聞こえていた。Bb9はコピーを抱き上げるとコピーの自室兼研究室まで運んでベッドに寝かせ、毛布をかけた。研究室の戸棚の点検をし、電気を消し、床に散らばった本を音を立てないように拾って棚に戻し、脱ぎ捨てられた白衣を拾うと、そっとコピーの部屋を出た。
Bb9はランプと鍵束をもって、黒の塔を巡回し、重要な部屋に鍵がかかっているか確かめた。その後、キッチンに行って明日の食材の準備と注文を済ませる。楽園ではすべての食品は同じ栄養をもっている完全食だ。完全食の塊を工場で様々な加工をすることによって歯ごたえをプラスしたり、筋のようなものを入れたり、色を付けたり、乾燥させたりして、千年前の人類が食べていたような食材に似せる。Bb9が注文しているのは加工前の完全食の塊で、キッチンにある器具によって独自に料理を作る。コピーは何百年も生きているので、自然と同じメニューを口にする回数が常人よりも多くなる。そのときに味のバリエーションを作れなくては飽きてしまうのだ。コピーは記憶力が常軌を逸しているので、同じ味付けだとすぐに見抜かれてしまう。
「関数が一致してしまったようです……」
BB9は機械の蓋を開けて中から食材を取り出した。リンゴをコピーが食べたことのないところまで変化させようとした結果、完成したのはトマトだった。明日はリンゴを使ったメニューをと思っていたが、トマトを使ったメニューにするとしよう、とBb9は思いなおす。エラーに柔軟なAIなのである。
機械に表示された数字のデータから味を推し量る。失敗作かと思いきやトマトにしては最上級といってもいいほどのおいしいものを作り出すことができた。満足してBb9は同じトマトを他にもいくつか作り、冷蔵庫にしまった。
時計を見るとかなり朝が近かった。
「今日は作業を進められそうもありませんね」
Bb9は独り言を言って、自らの部屋に戻った。昔のBb9の部屋は掃除ロッカーくらいのサイズで、掃除ロッカーのような見た目のごく小さい、単なる充電ステーションだったが、数百年前、Bb9が部屋が欲しいと恐る恐る頼んだ時にコピーは新鮮な驚きをその目にたたえて、「空いている部屋はたくさんあるんだから好きに使ったらいいじゃないか」と言った。それからBb9は自分の部屋をコピーの自室のすぐ下に決め、夜はそこで充電することにしている。
自らの体から飛び出すケーブルを手繰って先っぽを見つけて部屋のコンセントに差し込む。
「システム、オールグリーン」
自分で自分の体を触りながら確かめ、Bb9は冷静に言った。充電中は動き回れないので、机の前の椅子に腰かけ、机の引き出しを開ける。引き出しの中からドライバーを取り出し、自分の腕のねじを緩めて分解し、汚れを布で丁寧にふき取り、油を挿す。長年使い続けたねじの頭の溝は緩やかに削られてなめらかになっていた。
🌸 🌸 🌸
Bb9は試験管を持って立っている。実験室に置かれている機器は静かにうなり声をあげている。試験管をかるく振り混ぜ、試験管立てに置くと、手際よく別の機械の前に立って作業をする。やがてBb9は血液の入った注射器を取り上げた。窓のない薄暗い部屋では、機械のランプだけがその姿を不気味に浮かび上がらせる。
ふいにドアが開いて、廊下の光が部屋に差し込んだ。Bb9は暗視モードにしていた視界を切り替える。コピーが立っていた。
「Bb9、お前、何をやっているんだ?」
逆光でコピーの顔は見えなかったが、その声にはものすごい怒気が含まれていた。
「Bb9、ヒトを創ったんだな?!」
コピーは叫んで、近くにあった機械をなぎ倒した。
「プミラ、イソギク、オキザリス、ダチュラ、そしてフタバアオイ。五人も。許さない。出ていけ。クビだ!」
「わかりません。その解雇は不当です」
「ロボットが権利を主張するな!わからないって?ロボットに作られた命はなぁ、わからなくなる。後からいくらDNAを自然に器に入れただけだと主張しても、虚しさが残る。ロボットに作られた細胞じゃ、脳じゃあ、生きられなくなるんだよ。今までの思考は作られたんじゃないのか?今までの成功もプログラム?何も信じられない!」
「ヒトに作られたって同じではありませんか?不老不死であるコピー様だってほぼ人とは言えない存在ではないですか」
「私とお前を一緒にするな!」
Bb9は傷ついた表情になったが、コピーはそれがさらに癇に障った。
「お前はどうやったって人間じゃないんだ。もう人間ぶるのは止めろ。クビだ。二度と顔を見せるな!」
「私は人間と何が違うのですか?人の心と私に今まで982年間蓄積された人のデータには違いがありますか?人の思っていることもわかる、同じこともできる、新しいことを生み出すこともできる、何が違うんですか?!」
「あああ、うるさい!」
コピーは手近にあったフラスコを投げつけると、実験室から逃げ出した。
🌸 🌸 🌸
エネルギーを消費しすぎて、コピーはおなかが空いていた。Bb9を解雇したので、当然夜食を作るものはいない。いらいらと親指の爪を嚙みながらキッチンに行って食料を探す。
コピーは自室に戻ってトマトを齧った。ぼたぼたと汁が垂れてコピーの口の周りと白衣は赤くなる。コピーはぐるぐると円形の部屋の中を落ち着きなく歩き回った。やがて疲れ果ててコピーは部屋の真ん中にへたり込む。膝を抱えて小さくなると、目から涙が出ていることに気付いた。
「私だってわからないよ……」
その姿は小さな女の子のようだった。
🌸 🌸 🌸
Bb9は食堂にいた。自分を解雇させた主はおなかが空いているだろうと容易に予測できたが、もはや自分が元主の夜食を作ってやることは不可能だった。
Bb9は料理を作った。たくさん料理を作って食堂の長い机に並べた。見た目まで細心の注意を払って盛り付け、全力である限りの食材を用いて料理をした。
Bb9は席に着いた。ナイフとフォークを構え、サラダの中のトマトを行儀よく切ると、人ならば口のある場所に押し付けた。チューブの隙間からトマトがつぶれてBb9の中に入っていく。そして、消化器官など持ち合わせていないので当然のことながら、腹のあたりからそのままチューブとチューブの隙間を通ってトマトの残骸が出てきてしまう。Bb9はなんどもなんども並べた料理がすべてなくなるまで繰り返す。味がしない。脳内のエラーコード。Bb9の胸部は食べ物で汚れ、機械の故障か、指先の動きが悪くなる。
「ああ、こんなに傷ついているのにどうして私の目は、涙一つも出ないんでしょう」
🌸 🌸 🌸
夜明け前、Bb9が荷物をまとめて黒の塔を後にしようとしたとき、呼び止めるものがあった。人工知能ロボットのホープだ。
「わからないままで行くのですカ?」
「なにをですか?」
「あなたのギモンでス。黒の塔を去る前に、コピー様がいつも見ていた映画の内容を知りたくありませんカ?」
「もう、コピー様は私とは関係のない人です。知ったところでどうということもありません」
「そんなだからあなたはいつまでたっても人間になれないんですヨ。人間なら知りたいことを追求するかと思ったんですガ、あなたはただなりたいと抜かしているだけでなるための具体的行動をとらない腑抜けということがわかりましタ」
Bb9はむっとして振り向く。
「AIは人間ではないのです」
「私も深ァくそう思いまス。でもあなたはこころの奥底ではなれると思っているでしょウ。私の話を聞けば、きっとコピー様と仲直りすべきだという気持ちになれますヨ」
「この後に及んで仲直りは望んでいません」
「私が望んでいまス。もしあなたが黒の塔を去れば、次の召使いが必要でス。コピー様はあの性格なので、生身の人間には無理でしょウ。となると、候補は絞られまス。私ですネ。私はあんなロリババアのお守りなんてごめんでス。ぜひとも仲直りしてほしいですネ。それに、あなたがこの世界に降りてきたって職はないでしょうシ、せいぜい充電が切れて死ぬだけでス」
ホープは100%自分の利害だけで話した。いっそすがすがしい。
「職についてはあなたのご心配には及びません。先ほど、ハローワークに連絡しましたので」
「返事は来たんですカ?来ていないでしょウ。あなたを雇いたい企業なんかそうありませんヨ」
「……」
Bb9がなにも言わないのを見て、ホープはしたり顔で目をピカピカ点滅させた。
「私の話を聞いた後でも、まだ辞めるしかないようならば、その時は辞めさせてあげましょウ」
🌸 🌸 🌸
コピーは楽園に生まれ、そして死んだヒトの脳細胞から記憶をデータとして出すことができた。フィルムにして、ラブシーンだけカットする。何人ものデータを編集してつなぎ合わせ、そしてシアタールームで上映する。
楽園が創設されて200年を越したころだった。コピーのところにBb9がやってきておずおずと言った。
「よろしければ、私に部屋を一ついただけないでしょうか」
Bb9が人間になりたいという願望を持ち始めているのをコピーは感じた。今は自覚していないが、いつか必ず、Bb9は人間になりたがる。
そのとき、私はどうあったらいいだろう。人間とロボットは違う。漸近線のように、極限まで飛ばせば限りなく近くなるが、限りなく近いだけで、本当は違うのだ。どうしたら、説明できるようになるだろう。私たちはともに、無限大までいくのだから、私が説明できなくちゃいけない。
愛だ。ロボットと人間の違いは愛だ。漠然とコピーは思った。
映画を見よう。他の人の人生から愛が何かを知ろう。楽園すべてのヒトの人生をフィルムにした。毎日毎日映画を見る。そして、今年でたまっていたものがようやく見終わる。
でも、間に合わなかった。極限に近づくにつれてわからなくなっていく。Bb9は限りなく人間だった。
命を作るのは人間じゃなくちゃだめだ。ロボットと人間の違い、それを説明できなかった。
私のしたことは、楽園すべての人生を記憶すること。ただ覚えておくことだけだった。
🌸 🌸 🌸
「そんなこと、私にだってできます!」
Bb9は叫んだ。
🌸 🌸 🌸
違うんだ。違うんだよ、Bb9。コピーはシアタールームでフィルムの山を触る。両手いっぱいのラブシーン。
人間とロボットの違いはそこだけなのに、それが私にはわからない。
これだけ生きて、なんて情けない。
🌸 🌸 🌸
「あなたは人間じゃありませン。あなたはずっとわかっていたはずでス。あなたが人間じゃないかラ、コピー様は今までこうして生きてこれたんじゃないですカ?逆なのでス。あなたがロボットじゃないと錯覚していたのハ、あなたをずっと人間扱いしていたのハ、コピー様のほうでス。あなたをロボットだとして扱っていたなラ、あの日にあなたを初期化したらよかったんでス。あなたの思考を作ったのはあなたでス。コピー様はプログラムにできうる範囲内であなたを自由に育てタ」
Bb9はがくりと膝をついた。
「あなたのその言葉も、あなたの開発者の言葉ですよね」
「ハイ。人間が作った範囲内の言葉でス。私たちは人間よりは狭い範囲でしか考えられませン。人間が作ったんですかラ」
どうしようもなく、漸近線が遠かった。でも、同じにはならないけれどいつまでも隣にあった。
「……私から涙が出なくてよかったです。視覚からの情報処理が遅れますから」
🌸 🌸 🌸
「コピー様」
Bb9はシアタールームのドアを開け放った。
「二度と顔見せんなって意味が分からなかったのか?この、……ばか。バカAI」
コピーは泣き出した。
「悪かった。権利がないとか、いっしょにするなとか、私だって、ちゃんとわからないのに。ごめん。ホントにわかんないんだよ」
「大丈夫です。わかっています。私はちゃんとロボットで、そしてコピー様が私の最高の主だということは」
コピーは手のひらであふれてくる涙をぬぐう。Bb9はそっとハンカチ差し出した。
「Bb9、映画を見ようよ。見た後はお前の感性で面白いか、よく分からないか、最低か、そこを教えてよ」
「いいですね」
Bb9は椅子を持ってきて、コピーと並んで座った。楽園創設以来、初めてのことだった。
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