虹を食べた日

灰色セム

虹を食べた日

「なんだ、正樹は虹を食べたことがないのか」

 エゼット――本人いわく銀河の果てから来た優秀な異星人――は、そう言って髪の毛を腕のように伸ばした。そのまま畳の上で三点倒立をする。彼はここでは頭部型異星人の形態をとっている。

「ああ。地球にその技術はまだ存在しない」

「そうか。食材として流通するのが楽しみだな」

 お昼を告げるサイレンが外から聞こえる。ムーンサルトをし始めた彼と目があった。現代日本人に似せたという、切れ長の垂れ目から表情を読み取ることはできない。髪のほうが雄弁だ。驚けば跳ねるし、怒ればハリネズミのようになる。今は……暇なのだろうか。

「エゼット。虹ということは七色なのかい?」

「俺たちが視認できる虹は八九色だ」

「ほえぇ、目がチカチカしそう……。美味しいのかい?」

「俺個人の感想としては、まあまあだな」

「そうなんだ。小説のネタにしたいから詳しく教えて」

「虹は七つ星レストランで前菜として出されることが多い。こちらでは、ありふれた食べ物だ」

 ローテーブルに向き直り、コピー用紙にエゼットの言葉を一言一句書き留めていく。

「へぇ、美味しそう。いつか食べてみたいな」

「そうだな、何事も経験だ。食べてみるか」

「ほへ?」

 彼が髪の一部を指のように変形させ、空中に丸を描いた。円の内側が発光する。光が収まると、壁の向こう側に空が見えた。

「おぉ、すごい。どうなってるんだ?」

 右から見ても左から見ても上から見ても、空が見える。下からのぞきこんでも、青空に白い雲が浮かんでいるのが視認できた。

「四次元トンネルを経由して虹の農場につなげた。直接買うから、待っていろ」

「ありがとう」

 そういえば、さっき前菜と言っていたな。彼は、どこからか取り出した携帯情報端末を操作している。銀河の果てまで電波が届くって便利だ。この場合は魔法なんだろうか。いいな。地球では、魔法はまだ発見されていない。来日している異星人は彼だけだが、存在を公にはしてない。なんでも「地球人には早すぎる」らしい。

 まあ、そのおかげで小説の題材として発表できるのだけど。

「正樹。届いたぞ」

「おわっ。ごめん。ボーッとしてた」

「俺は箸などを持ってこよう。虹の観察でもしているといい」

 彼は髪の毛をクモの脚のように変形させ、廊下をカチャカチャと歩いて行った。四次元トンネルはいつの間にか消えている。

 いつの間にか、小さなローテーブルの上を、上質であろう皿がふたつ占領している。その上に、円形の白い物がロースハムのような薄さでオシャレに並べられていた。皿の上をもう一度見る。白い。虹とは。八九色とは。

「おまたせ。さて、実食を――どうした。変な顔をしている」

「エゼット。俺には虹が白く見える……」

「ふむ。地球人にはそう見えるのか」

「うん。……まあ見た目より味だよな。いただきます」

「いただきます」

 俺は箸で、エゼットはナイフとフォークで、それぞれ虹を食べる。レタスのような歯ごたえだが、味はりんごに近い。りんごを薄くスライスして八割ほど乾燥させたら、こうなるのかもしれない。前菜と言っていたが、彼の故郷と言葉の定義が違うのかもしれないな。

「取り寄せてくれてありがとう。虹って美味しいな」

「そうだろう、そうだろう」

 彼の髪の毛がゆるやかに波打っている。虹がいつか地球に流通する日が楽しみだ。

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虹を食べた日 灰色セム @haiiro_semu

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