駿河が希に問いかけた。

「希さんってさ、初めて見た特撮番組、ヒーローモノじゃなかったんだよね?」

「そう」

希はチケットをしげしげと見ながら答えた。

「なんてったっけ?それ?」

「ロボキッド」

「『本気全開ほんきぜんかいロボキッド』ってタイトルだっけ?主人公のロボットが失敗作で、自分を造った博士に認めてもらおうと、空回りしながらも人助けに奮闘するってストーリーの?」

「そう」

特撮に興味がないはずなのに妙なことを訊くなと希は思った。駿河は最期にひとつ問う。

「希さん、まだそのロボキッドに思い入れある?」

「まあ、そうだね。ロボキッドがきっかけで特撮に興味持ち始めて、それからヒーローにハマってったって感じかなあ・・って、なんでそんなこと訊くの?」

希が視線を駿河に移す。

「ちょっと来て」

駿河は手招きしながら事務所のほうへと導く。希は怪訝な面持ちでチケットと封筒を椅子の上に置き、そこへと向かった。


 駿河は応接ソファの隣まで希を案内すると言った。

「はい。そこで止まって」

希はそのとおりにした。駿河がなにをしたいのかよくわからない。

「では希さん、ロボキッドの口癖はなんでしょう?」

人差し指を一本立て、駿河が問題を出す。

「え・・?「合点承知がってんしょうち」だけど、それがなに?」

「じゃあ、その口癖を大声で叫んでみて」

希はつい笑いが噴き出してしまう。

「は?なんでよ?」

「いいから」

駿河はなぜか催促した。希は恥ずかしいのか、小声で言った。

「合点承知・・・」

「ダメダメ。もっと大きな声で」

わけがわからない。希は自棄になり、声を張り上げた。

「合点承知っ!」

駿河は正面玄関へと駆け寄り、ドアを思い切り開けた。そこへ可愛げなポーズをとって現れたのは、そのロボキッドだった。

「ロボキッドが探偵事務所にやってきたぞー!」

まるで進行役のお姉さんのように、駿河は拳を高らかに上げた。ロボキッドが小股で中へと入って来る。赤と白を基調とした卵のような形のボディ。腹部前面には≪R≫の黄色い文字が書かれている。目は大きくて丸く、手足は短い。頭の上に球体のアンテナが取り付けてある。俗に言う「ゆるキャラ」のロボット版といったところか。駿河が昨日連絡していたのは、以前の依頼人であった映画制作会社の桃地だった。ロボキッドを制作したのもその会社で、駿河は希のために、重役の桃地に頼み込んでいたのだ。駐車場にあるマイクロバスは、その会社で使用している撮影隊の車両であった。

「希さん、どうよ?感想は?」

駿河は希を見た。その希の様子がどうもおかしい。てっきり子どものように歓喜しながら小躍りするものとばかり思っていたのに、当の希は目を見張り、半分開いた口元に両手を当て、立ったまま固まっている。突然のことに、この状況の整理がついていないようだ。そんな希の前にロボキッドが歩み寄り、黄色いグローブのような大きな右手を差し出した。握手がしたいらしい。希はロボキッドの手を見ながら、静かに自身の両手をその手に触れさせた。その瞬間、かつての記憶がよみがえった。まだ四歳と幼い頃、両親と訪れたデパートで行われたロボキッドのステージショー。テレビの中ではなく、初めてこの目で見た実物だ。そのサイン会でロボキッドに握手してもらい、小さな頭を撫ででくれた。頭の片隅に残っていたものが一気に引き出された。その思い出に感慨深くなったのだろうか、希の目に涙があふれ、ついには泣き出してしまった。ロボキッドは短い腕で希を優しく抱きしめた。さながら仲間を励ますかのように。希は嗚咽しながらロボキッドの身体に顔を埋めた。駿河は希に近づき、声をかける。

「急に泣いちゃって。どうしたの?」

希は涙声で文句を垂れた。

「結介のバカ」

「え?」

「来るなら来るって最初から言ってよ。メイクが崩れるじゃない」

駿河は微笑んだ。予想とは少し違ったが、結果的に喜んではくれた。サプライズは成功したようだ。希は服の袖で涙を拭いて顔を上げ、ロボキッドに笑顔を見せた。

「また会えて嬉しい」

ロボキッドは希の頭をポンポンと叩いた。希の笑みが深まる。そこでピンときた希は思い立った。

「そうだ。一緒に記念写真撮って」

希はポケットからスマートフォンを取り出した。そのとき、事務所の固定電話が鳴った。駿河は自席に戻って受話器を取る。

「はい。駿河探偵事務所」

新たな依頼の電話らしい。希はロボキッドとのツーショットを自撮りしている。それを他所に、駿河は受話口に耳を傾ける。

「わかりました。では詳細は事務所でお伺いするということで・・。はい・・。失礼します」

駿河は電話を切った。そばで希は動画まで撮り始めていた。特撮ファンの知り合いに見せて自慢するつもりのようだ。もしかしたら幸子にも見せるのかもしれない。ひとり盛り上がっている希に向けて、駿河はやんわりと注意した。

「もうその辺でいいでしょ。わざわざ≪天映てんえい≫の撮影所からお越しいただいてんだよ。これからまた撮影があんの。そうですよね?」

ロボキッドは造形上、首というものがない。そのためか、身体を大きく振ってうなずいた。

「呼んだ俺が言うのもなんだけど、ここで足止めしちゃ却って迷惑になっちゃう」

駿河はお開きにしようとしたが、それを聞いた希は気づいた。

「天映・・ってことは・・。えっ!?じゃあこれ本物!?誰?誰が入ってんの?上尾あげおさん?誰なの?」

希はさすがの知識力だった。ロボキッドのスーツアクターの名前までしっかりインプットしてあった。顔を近づけて問い詰められ、当のロボキッドは慌て出す。希の詮索は止まりそうにない。口を滑らせたとはいえ、これは予想外だった。このままでは本当に相手側に迷惑がかかってしまう。駿河は両手をパンと叩いた。

「はい!おしまい!」


 ロボキッドが帰ったあと、駿河は自席でノートパソコンを打ち、残っていた雑務をこなしていた。その残務がひととおり終わったとき、そこへ希がやって来る。

「ねえ、結介」

「ん?」

駿河はパソコン画面に視線を向けている。

「ロボキッド、私のためにしてくれたんだよね。ありがと」

「希さんにはいつも助けてもらってるからねえ。せめてものお礼。けど、もうひとつあるんだよ」

「もうひとつ?なに?」

希が訊くと、駿河はマウスを動かす手を止めた。机の上に肘をつき、人差し指を額に当てる。

「シャイゼリオンだっけ?特撮の。あの番組の主人公も探偵なんだって?」

「うん。結介をチャラくした感じのキャラかな」

「あれの監修頼まれたんだよねえ。リアリティを出したいからって。それで今度、撮影現場に行くことになった」

駿河の言葉に、希は胸をときめかせた。

「ウッソ!マジで!?結介、それマジ?」

期待に満ちた表情になる希を駿河は見た。そして微笑を浮かべ、ひと言問うた。

「希さんもついてく?」

希は駿河の肩を平手で叩いた。

「あったり前じゃん!」

その勢いの良さに、駿河の身体がやや傾く。テンションが上がった希は踵を返し、喜びのあまり両腕を高く挙げた。

「やったー!公認に会えるぞー!ウヒョー!」

自分の部屋に戻っていく希の後ろで、駿河はささめく。

「今「ウヒョー」って言った?」

このご時世、そんなセリフを叫ぶ人も珍しい。

「まあ、いいか」

駿河は少し休憩を取ろうと、椅子に背を預けて腕を組んだ。ふと目に入ったのは、パソコンの隣に置いてある三つ折りの白い紙だった。弓永は遺書を所持していた。それはそのコピーであり、辰巳に頼んでプリントアウトしてもらった物だ。弓永はいつ死んでもいいように、常に持ち歩いていたのかもしれない。遺書にはこう綴られていた。自分が死んだら、信州の里山にある寺の樹木に遺骨を埋葬してほしいと。いわゆる『樹木葬じゅもくそう』である。家族旅行で訪れた特別な場所らしい。正確な住所も明記されていた。弓永にその家族はもういない。親戚などの血縁者は、罪を犯した弓永に嫌悪の情を抱いており、遺骨を引き取るのを拒んでいるという。言わば、無縁仏の状態となっていた。そこで駿河は、縁者の代わりに自分が遺骨を引き取り、遺書どおりの供養をすることを申し出た。現在は知人で弁護士の蔵前と共に、方々へ調整に入っているところである。弓永は殺人者だ。しかし、駿河にとっては数少ない友人だ。少しでも安らかに魂を成仏させたい。その意志が自らの背を押していた。駿河は遺書がコピーされた紙を見つめ、独り言を呟く。

「修二、あの世でもお前と会えないのかなあ・・・」

その姿は、弓永に語りかけているように見えた。駿河は机の引き出しを開け、奥からタバコのケースとジッポーのライター、そして携帯灰皿を取り出した。数少ないタバコの一本をケースから抜く。長らく禁煙していた。希からも強く止められている。だが、今はどうしようもなく吸いたい気分だった。タバコの先端に火を灯し、煙を深く吸い込むと、天井に向かってゆっくりと吐き出した。揺らめく煙をしばらく眺めた駿河は、すぐにタバコを灰皿で揉み消し、次なる依頼の準備に取りかかるべく、仕事を再開したのだった。

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探偵 駿河結介 WORST DAYS OF PRIVATE EYE Ito Masafumi @MasafumiIto

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