後編

 やわらかなクロの羽毛にほおずりする。

 仲間はあたたかく、ボクはうとうとする。


 不思議な夢をみた。

 ボクは色を持つ人間で、色喰いウサギなかまを殺そうと息まいている。

 ブラックのスポーツバイク、サイドカーにはケヅメリクガメ。

 

 カメはいろの獣。溜めた色を消滅させる、おそろしい天敵。なのに夢の中の僕は、カメのことが大好きだった。


 朝日に起こされ、目をすがめる。

 どうしてもあのカメに、もういちど会いたかった。




 群れから抜けだし、林を駆ける。

 苔むした倒木を越え、こもれびを突っ切り、風よりも速く走る。

 行きたい気持ちと、逃げたい気持ち。心がざわめく場所をめざして、ボクは全力で走る。


 黄土色の甲羅が、遠くに見えた。

 

 カメが寄り添う透明な何か。あれは僕の体だ。

 認識したとたん、脳内に警鐘が鳴らされる。


 ――にげろ。消し色の獣だ。アレに触れたら消滅するぞ。


 ちがう。アレは僕の相棒だ。だれよりも、僕のとなりにいてくれた。

 晴れの日も雨の日も。雪の日も嵐の日でも。

 両親と妹と僕の右腕が、色喰いウサギに喰われたときも。


 こまかい雨が降りそそぐ。 

 かすみのなか、ボクは身を震わせて突進する。


『リク―!!』


 リクは首を伸ばし、ゆったり瞬きをして、ボクを見つめる。


 僕が死んでも忘れないで。


 そんなことを切望しながら、リクに抱きつき意識が消えた。














 おおきなクシャミで飛び起きる。

 視界で動く黄土色の甲羅。ごつごつした甲板を撫でながら、辺りを見渡す。

 

「……なんでこんなところで寝てるんだっけ?」


 体がこわばり、うまく動かせない。それもそのはず、この寒さのうえに、服はぐっしょりと濡れている。


 リクは首を伸ばし、ゆったり瞬きをして、僕を見つめる。

 僕はハッとして振りかえる。


 緑のこけの絨毯に、めだつ白いネット。


「色喰いウサギ!」

 

 ナイフをつかんで駆け寄ると、白いネットに絡まった、色喰いウサギがいた。

 僕の気配に暴れ出すが、ネットに動きを封じられている。


 漆黒の羽毛に触れぬよう、僕は慎重に近づく。

 血のような赤眼と目が合った瞬間、僕は色喰いウサギの頸動脈めがけて、一気にナイフを突き立てた。


 漆黒の蒸気が噴き出した。僕はとびのき、リクのそばまで逃げる。

 音がしないのが不思議なほど、噴出の勢いは増して――色喰いウサギの体は、どんどん溶けて消えていく。


「……どういうことだ」


 ぼうぜんとしていたら、黒いきりが腕にまとわりついた。


「うわ!!」


 あわてて振り払うが、身の毛がよだつ感覚だ。そのうちに黒い霧は空気に溶けて、僕はホッと息をつく。


 ふとした違和感に、右袖みぎそでをまくる。そこにあったのは、肌色の腕。


 衝撃で、僕はすべてを思い出す。


 色喰いウサギに喰われたこと、色喰いウサギになったこと、リクは消し色の獣で、どうして僕は元に戻れた――僕の色を持った、色喰いウサギのボクが死んだからだ。


「……色は戻ろうとする。その器があるかぎり」


 立てた仮説に、僕の鼓動は速くなる。


「リク、家に帰ろう! そしてこの仮説を立証するには、どうすればいいのか考えよう」


 リクはゆったりと瞬きをして、マイペースに歩き出す。

 となりを歩きながら、僕は考える。


 いままで、色喰いウサギを殺すことしか頭になかった。

 でも、犠牲者を減らすことを目的にするなら、根本的に考え抜かねばならない。

 考えて考えて、そして色喰いウサギへの脅威が消滅したとき――両親と妹の死に、意味を与えてやれる。


 林を抜けると、白カウルと赤フレームのスポーツバイクが、朝露に光っている。

 あけっぱなしのサイドカーのドアから、リクは慣れた動きで乗り込んだ。


 いつもどおりのリクに、僕はうれしくなって、ごつごつした甲羅をやさしく撫でる。


「リク、ありがとう」


 リクは首を伸ばし、ゆったり瞬きをして、僕を見やる。

 ハッとふりかえると、遠くから跳躍してくる漆黒の羽毛たち。


 あわててサイドカーのドアを閉め、バイクを発進させる。

 立ち乗りするよゆうもなく、悪路でケツが痛いのに、ひろがる空は五月晴れ。

 暑くなりそうな予感に、帰ったら半そでを出すと決めて、僕は全力で帰路を走る。

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色喰いウサギは全力で走る 黒いたち @kuro_itati

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