何で人を転移させる魔法は無いのか


 シューヴァーンを出て夜通し馬を走らせては休ませ、一定区間に点在する馬宿で馬を乗り継ぎ、はや三日。

 今は小休止も兼ねてゆったりと馬を歩かせながら街道を北上し続けるヴァン達四名。

 街道と言っても整備されている訳ではなく、何人も歩き続けた結果そこに道が出来たという具合で、けして歩きやすい道ではない。

 そのため、こうも馬上に居続けると身体も各所が痛みを訴え始めているのも事実。

 何にしてもままならない事は存在するのだ。


「……遠い……」


 ぽそりと呟いたアプリスの声に、思わずヴァンは笑った。


「もう少しでクラマクスの街だ。そこから更に三日ちょいでアイノーズだな」


「えぇ……まだ半分って事じゃない」


「当たり前だ。遠征を舐めんじゃないよ」


 言われてムッとしながらもアプリスは考えを巡らせる。

 馬を一日走らせたとして、行ける距離はたかが知れている。空でも飛べれば話は別だろうが……あ。


「居るじゃない空飛べるヒト!! ルージュに頼んで乗せてもらえばよかったんじゃないの!?」


「…………」


「……ヴァンヴァン?」 


「ほら、飯だぞー」


 ヴァンは持っていた携帯食料をホイッと投げて渡し、アプリスは受け取ったクッキーのようなそれを明らかにマズそうにモサモサと食べ始める。不機嫌そうな眼差しは携帯食料の味付けが好みじゃなかったのだと信じたい。


「ルージュには別件を頼んでいてな。確かについでに乗せてもらえばよかったかもな」


「ふーん……、ま、そういう事にしといてあげるわ。でもやっぱり食事って大事よね……。あぁ、心の潤いが足りない……」


 流石に長距離の移動でほとんど休みもなくここまで来ているだけあり、身体の疲れだけではなく心の疲れも看過できない状況になってきていた。


「そもそも北にずっと街道沿いに進むだけでしょ? 三十マスくらい上に進んだら着いたりしないのかしらね」


盤上戦技テーブルゲームと一緒にすんなよ。そんなんで着くなら街と街の間の距離ってかなり狭いんじゃないか……?」


 このごろ流行っているおもちゃと現実を一緒にしてはならない。

 現実には物理的な距離という残酷な問題が有るのだ。


「それこそ、魔法使って瞬間移動できたりしないの? 通信とか書類の転送とかは出来る訳だし」


「アプリス、お前さ、全く同じ量の材料だけ渡されて、形も味も全く同じケーキ作れるか?」


「あー、なるほど……。ごめん、無理ね」


「ん? どういうことだ?」


 魔法関連には疎いのか、ガッチが疑問を投げかけてきた。


「転送魔法ってのは……、例えば手紙を送るとしたら、紙とインクを魔術で目に見えないくらい小さく分解して、空間魔術で送り先に送って再構成する魔法だ。……精度はまぁまぁ。つまり、筆跡が崩れたり、場合によっては読みにくくなるくらいの成功率だ。完全に同一の物には戻せない」


 ここまで言って、つまり、と一息いれる。


「人間や動物を転送すると、複雑すぎてとして向こうで再現される」


「うげぇ……」


 想像してしまったのか、ガッチは眉毛を寄せて心底嫌なものを見たかのような声を出した。


「師匠、勇者譚には瞬間移動、というか空間を移動して街から街へ行ったり来たりしたような記述がありましたけど、あれって過去の話ですよね? だとしたら実際に人間が【転移】出来る魔法もあるのでは?」


 ビエルの着眼点はやはり目を見張る物があるな、と内心感服しつつ、


「良いところに気付いたな。……だが、有ったとしてもそれは【神術】もしくは【精霊術】なのでは無いかと言われているな。俺も【魔術】とは別系統だと思う」


「何が違うんだ?」


 ガッチの問いかけに、口を開いたのはアプリスだった。


「魔術は周囲のマナを制御して術者の思う形にするんだけど、神術はそこに神様の加護が加わっていたり、精霊術は精霊に力を借りることで発動する系統だね」


「神や精霊などの第三者が関わっている分、後者二つの系統はリスクが少なく発動できるが……、発動できる人がそれらに認められた限られた人物になる。という感じだな。……故に研究も全然すすんでいない」


 補足も踏まえてヴァンが引き継いだ。


「兎にも角にも、楽はできないってことだ。さて、馬も落ち着いてきたからもう少し飛ばすぞ」


 言って手綱を振るい、更に街道を北へと進む。



――――――――――


 更に街道を進み、クラマクスの街まであと僅かというところで日が落ちてしまい、街道脇で夜営を行う事になった。


 現在はビエル、ガッチは仮眠を取り、ヴァンとアプリスが火の番をしながら周辺警戒を行っている。


「もう少しでクラマクスに着くわけだが……、大丈夫か?」


「何がよ?」


 パチパチと爆ぜる焚き火を見つつ、ポツリと呟いたヴァンにアプリスは疑問を返した。


「ちゃんと質問の体を成してから訊きなさいな」


 年下なのに何処か姉のような言い方で窘めてくるアプリスに、ヴァンは一つ一つ言葉を選ぶように紡ぐ。


「あー、場合によってはこのままクラマクスの直後アイノーズに突撃する事になる」


「また一週間馬の上で過ごすのね?」


 辟易とした表情のアプリスにヴァンは頭を振り、


「いや、さっきお前が言ってた通り、クラマクスからは別件を頼んでいたルージュが合流する。そこからは赤竜便でアイノーズ経由で魔王城だ」


 バチっと一際大きく焚き木が爆ぜた。


「魔王城には、あまり良い思い出は無いだろ?」


「そうね、そういうことばかりだったかもね」


 赤銅の瞳に映る火が揺らめいている。


「それに今回の件、私にも関係ありそうだもの、一度ちゃんと自分の目で確認してこないと気持ち悪いままだし」


 決意は固いようだ。

 出来ればクラマクスで待っていてほしかったが、


「危険を感じたらすぐ逃げてくれよ? 冒険者の集団を壊滅させたような化け物が居るらしいからな……。俺も守りきれるか分からん」


「わあってるわよ。そっちこそ、あっさりやられないでよね」


 ぶっきらぼうに言ったアプリスだったが、その目には得も知れない不安が渦巻いているように見えた。


 

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催眠術師《メンタルヒーラー》は、そっとしておいて欲しい ノヒト @akirakatase

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