旅行とはちがうのだよ


 冒険者ギルドの掲示板には『冒険者速報』と言う広報紙が不定期更新で貼られている。

 公平性と安全性を保つために記者ライターの個人情報は秘匿され、書かれた文書も、一度城下町にある冒険者ギルド本部の『広報編集室』に暗号文を用いて【魔術転送】される為、個人が特定される事はない。


 また、各街に記者は二名ないし三名居るとされ、その実態と各記者の個人情報を知るのは編集室の室長のみである。

 全ての街から集まるゴシップやスクープを選抜していき、一枚の紙面にまとめるのは室長の役割であり、真実の追求だけではなく、冒険者達への危険回避に少しでも役立てて貰いたい。と言うのが表向きな活動である。


 以上の事を念頭に、最新号の冒険者速報を眺めながら、冒険者ギルドのギルドマスター、ヴァン・ノワールは首を傾げていた。


 トップ記事は【魔王城保全クエスト・始まる】。うん、わかる。これは毎回トップ記事を飾っている。

 問題は二番目からだ。


 【シューヴァーンにギルド独自クラン『クリムゾンローズ真紅の薔薇』設立】

 リーダーとメンバーの紹介がされており、期待値が伺える。これはありがたいが、最後の文だ。


『中性的イケメンリーダーとワイルドイケメンサブリーダー、ギルマスを旦那と慕うガチムチ三人組も加え、ギルドマスターヴァン・ノワール氏の特殊なヘキを感じざるを得ない。夜な夜な執務室では真紅の薔薇が咲き誇っているのだろうか……』


「いやちょっとこれひどくない!?」


 最後は俺をイジりたいだけのゴシップにされてるのが腹立つわぁ……。

 てか、何よりここまで詳細に調べ上げられる外部の記者などいるのだろうか……?

 もしやこれはギルドの内側に……、


「へぇ。ヴァンヴァンって、そう言う趣味が……」


 ヌルリと音も気配もないまますぐ横に現れた栗毛のセミロング。

 その赤銅色の瞳は心なしか温度が感じられなかった。


「いや、俺はちゃんと女の子が好きですよ……? てかアプリスお前この記事信じてたりしないだろうな!?」


「別にー、私に人の性癖をとやかく言う筋合いなんてありませんしー?」


 ぷーい、とそっぽを向かれてしまった。


「んー? なんかこの記事やけに詳しすぎない? ビエルの事とかガッチの事とか」


「だよな、俺も思ってたんだ。このギルドの内部にもしかしたら記者が居るかもしれない」


 それを聞いて暫し「んー?」とか「ぬぬー?」とか変な鳴き声を出していたアプリスだったが、不意に左手の掌を握った右手でポンと、叩いた。


「何だ、心当たりあるのか?」


「ヴァンヴァン?」


 ニタァ、もしくはニチャァと音が出そうな笑みを作りながらアプリスはこちらを見上げてきた。

 あ、この顔、面倒くさい事思いついたときの顔だ。


「私がこの記者捕まえたら、何かご褒美ある?」


「……特別にペネトレーターラビットを食べさせてやろう」


「え? 一食? まさか一食だなんて言わないわよね?」


「三食出そう! 朝は骨と野菜を煮込んだ出汁から作った雑炊、昼は燻製した肉でサンドイッチ、夜はステーキ! 全部シリウスに作らせる!」


「乗ったぁっっっ!!」


 元ゴロツキ三人組の、一番初めにアプリスに絡んできたシリウスは、更生させられた後【クリムゾンローズ】の情報屋兼、ここの副料理長スーシェフを勤めるまでになった。

 元々ゴロツキ三人組の中では司令塔をしていたらしく、観察眼と情報収集能力に関してはずば抜けていた上、他二人の道具を揃えたり食事を作ったりと、元々手先も器用だったため今ではギルドの常駐職員用務員のゴロツキさんも兼ねている。


「んで、話は戻るけど、結局記者って誰なんだ?」


「まぁまぁ、慌てなさんなって兄さん」


 チンピラ口調で「おいでおいで」と手招きをしてきたのでそっとついていく。


 アプリスはギルドの受付までスタスタと歩くと、中で既に案内のために待機していたシャルロットに「やっ」と手を上げて挨拶した。


「アプリスさん、ヴァンさん、おはようございます」


 ニッコリと笑んで挨拶をしてくれるシャル。うん、今日も可愛いな。

 あ、もしかして記者がシャルの知り合いとか?


「シャルは見た? 『冒険者速報』。やっぱあれ良い情報源だよね」


「えぇ、皆さんも危険回避に使えて便利だ、って言ってくださってますよね」


 笑顔で返すシャルに、アプリスはニンマリと微笑む。


「ところで……執務室に薔薇は咲いてたかしら?」


「!?」


 ビクっと体をこわばらせるシャル。

 笑顔が少しこわばった気がする。


「凄いねぇ、まさか現場を見たことあるの? ヴァンヴァンって豪のものなの?」


「え、そうなんですか?」


「何の話だよ……」


 平静を保っているように見えるが、シャルの頬を伝う一筋の汗。

 あ、俺知ってる。これ冷や汗って奴だ。


「そういえば前、私の事、見た目詐欺とか書こうとしてたよね……? 大事な事だからって二回も」


 はっきりと分かる濃密な殺気。

 シャルは可哀想なほどカタカタと震え始めた。


「おいアプリス、もうそれくらいに――」


「すすす、すみませんでしたっ!!」


「……えぇ……?」


「つい筆が乗って書いてしまいました! まさか編集会議通過すると思わなくてっ!! 本当にごめんなさい!!」


 突然の告白に、理解が追いつかない。


「緊急連絡で、新号は剥がすように全支部に伝えますので、どうか許してください!!」


 唖然とする俺の顔をドヤ顔で見返すアプリス。

 彼女は口パクで『約束は守ってよ?』と伝えてきたのだった。

 背に腹は代えられない。が、重ねてあのシャルが記者だったことにも驚きなのだが……。しかし、使えるものはすべて使わせてもらう。


「シャル、前に関係者から聞いたんだけど、記者バレって……したらいけないんじゃなかったか?」


「あー……、死活問題ですぅ……」


「だよな? なら、俺の言いたいこと、わかるよね?」


 あ、多分今俺もニタァ、というかニチャァみたいな笑顔、出てるな、これ。




 一時間後。


【冒険者速報・緊急号外】


 と銘打った広報紙が掲示板に貼りかえられていた。

 内容は魔王城近辺からシューヴァーン近郊で起こる謎の事件に関する情報提供。

 特に黒衣の女に関したものならば、解決につながる情報だった場合報酬金有り、と言うやつだ。


 記者であることを黙っていることを条件に、シャルにはこの紙面を即座に本部に通してもらい、尚且つ、集まる情報はすべて彼女に精査してもらう事にした。


 尚、朝のワークアウトを終え、食堂の開店準備の為に通りかかったシリウスを強引に捕まえ、情報精査のアシスタントにつけておいたので、多分問題ないだろう(にっこり)。



――――――――――



 それから一週間ほど経過し、毎日凄まじい量の情報提供があった。


「さすが、凄いな広報紙」


 しれっと言ってみたところシャルとシリウスが半泣きでこちらを見てきたので、俺の事を散々に書いたゴシップ記事については、そろそろ許してあげようと思う。完全にシリウスはもらい事故だったが。


「旦那ぁ、ちとこの量はキツ過ぎやしませんかね……」


「何言ってる、冒険者連中の憧れの的【小動物系守ってあげたい女子】の肩書を持つ我がギルドの事務兼窓口担当のシャルロットと長時間一緒にいられるんだぞ? 良いことじゃないか」


 冗談で返すヴァン。


「それは否定しやせんけど……」


「ちょっと、やめてくださいよ、もぅ……シリウスさんたら」


 二人共照れながらほんのりと見つめ合う。

 え、ちょっと。マジで?

 この一週間で何があったこいつら……。


「とりあえず、今日の分の情報精査したら、執務室に頼む。終わったら上がっていいから」


 何だか甘い雰囲気が出かかっていたので、ヴァンは二人に指示だけ出して執務室に入った。


 なんだろう、敗北感と喪失感に押し潰されそうだ……。



 執務室のドアを閉めて、先に部屋にいた人物に向きかえる。


「ヴァン君おつかれー」


「よう、遅かったな」


 片や赤髪の快活な少女。見た目は十八歳、中身は(聞いて驚いたが)百八十才のドラゴンのルージュ(ひとのすがた)だ。

 口調も軽く普段からヘラヘラとしているのだが、その中身は意外と賢く鋭い。

 ちなみに『匂い』から感情などを読む能力があるらしい。


 片や金髪碧眼、白銀の軽鎧を身に纏った軽薄そうな男。王国守備隊の隊長を勤めている腐れ縁のイスカだ。

 こちらもヘラヘラしているが仕事は出来る男なので、文句が言えない。


 なんだ……? この二人が揃うと陽キャ感が強すぎて、俺……場違いな気がして帰りたい。ってなるんだが……。


 こみ上げる陰オーラを飲み下し、執務机につく。


「すまない、待たせた。それじゃ報告良いか?」


「んじゃとりまウチからー。爬虫類系魔物集団おともだちに調べて来てもらったんだけど、ここ数日は東側のエリアで黒衣の女の目撃は無いっぽいよ。北か西に潜伏してるかもだけど、ちょっとわからないかな」


 椅子に座り足をプラつかせながら報告するルージュ。


「そうか、分かった。ありがとう、引き続き頼む」


「にへへー、任されたー」


 信頼される事、任される事がそれほど嬉しかったのか満面の笑みで答えるルージュ。


「んじゃ次イスカ」


「いや待てよ! その前にこの子の事紹介しろって」


 隣に座るルージュを親指で指し示し、


「いつの間にこんな可愛い娘と知り合ったんだテメェ、アプリスちゃんというものがありながらよぉ!」


「俺とアプリスはそういう関係じゃない……。前に黒翼の短剣の話しただろ」


「あぁ、ドラゴンの鱗引っ剥がしたら折れたやつか?」


「そのドラゴンが、その子」


「はぁぁぁ? つくならもうちょいまともな嘘をつけよ」


「嘘じゃないよ?」


 キョトン、とした顔で小首を傾げているルージュ。


「は?」


「ヴァン君は嘘ついてないよ? ウチ赤竜のルージュ。よろよろ〜!」


「はぁぁぁぁぁぁ!?」


 面倒なので割愛するが、ルージュのドラゴンモード(ちびどらごんのすがた)を変化で見てもらい、納得してもらった。

 しばらく放心していたが……。


「……あー、とりあえず報告するわ」


 何処か呆けた顔のままイスカはそう告げ、次の瞬間スッ、と表情が引き締まった。

 出来る男のスイッチが入った瞬間だ。


「俺とヴァン、そしてエリスの連名で禁書閲覧の許可を貰った。内容は大昔の魔王との戦いについてだ」


「呪いの解き方じゃなくてか?」


「まぁ、聞けって。並行で調べていたアルティランサのもう一つの姿、老人の方のイーロッペは、とある研究をしていたんだ」


「確かに、魔術師スペルキャスターなら何かしらの研究をしててもおかしくないな」


 ヴァンの言葉にイスカは頷き。


「イーロッペは魂を混合する魔術の研究をしていたんだ」


「あ、それお父さんから聞いたことある。魔王が封印される前に、魔王の操る魔物と人間たちの戦争があって、その時に人間の王様が研究してた禁呪でしょ? どんな術式なのかとかは知らないけど……」


「よく知ってんなルージュちゃん。正解。その禁呪を使って、人を超えた存在を創り出して、魔王を討伐させようとしてたみたいなんだが……、実際は生きた魂を二つ使うから、『道徳的にどうなん?』 って派閥と『戦争なんだからウダウダ言ってんじゃねぇ』って派閥とで争いがあって内部で揉めたらしい。結果、闇に葬られたって話だな」


 ん? ということは……、


「イーロッペは自分とアルティランサを使ってその禁呪のテストをしたのか……?」


「ま、その可能性はあるが、まだハッキリとはわからねぇな。本人に聞くのが一番手っ取り早いと思うぜ」


 そこまで言ってイスカは居住まいを正した。


「そんで、残念な事にもう一つ報告だ」


 ルージュとヴァンを交互に見て、真っすぐと言い放つ。



「魔王城保全クエストに参加した冒険者達のパーティが、壊滅した」



――――――――――



 その日の夜。


 ヴァンは精査が終了した情報の束を目の前に眺めながら人を待っていた。


 ややあってノック音と共に入室してきたのはビエル、ガッチ、アプリスの三名。


 呼び出された事に疑問も有るだろう、三人それぞれ微妙に緊張感を持った面持ちだ。


「わざわざすまない。【クリムゾンローズ】に仕事だ」


 ヴァンは立ち上がると、それぞれにイスカの作ってきた報告書を渡す。


「昨日、魔王城保全クエストに参加した冒険者パーティとの連絡が途絶えた。……アイノーズに駐留していた王国守備隊の元に冒険者が一人、命からがら駆け込んできて、こう報告したらしい。『謎の二人組に、仲間たちが殺された』と」


 三人の顔色が変わる。


「え、それじゃ聖剣君も……?」


「わからん」


 ヴァンは頭を振って答える。


「パーティが壊滅させられた、とは報告があったが、全ての冒険者が死んだ、とは報告されていない」


「なら、もしかしたら生き残りが?」


「限りなくゼロに近いかもしれないがな」


「なら、確かめないと」


「あぁ。俺もそのつもりだ」


 希望を見出したいビエルに対して、努めて冷静なガッチ。

 二人のバランスはこれでうまく成り立っているのだろう。


「二人だけで進めないでくれないか」


 苦笑しつつヴァンは続ける。


「お前達の言う通り、まだ生きている者が居るかもしれん。……これからこの四人でアイノーズに向かう。馬を使うから、支度をして一時間後に街外れの馬宿に集まってくれ」


 だが……。


「アプリス、危険な旅行になる。お前は残っても――」


「行くよ。ヴァンヴァンが行くなら、私も行く」


 だよな。そう言うと思った。


「わかった。それじゃ、各自行動開始」


 パン、とヴァンは手を打ち鳴らし、それに合わせて三人は一斉に部屋から出ていった。


「濃い旅行になりそうだ……」


 ポケットからタバコを取り出し、火をつけながらヴァンは一人呟いた。



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