[第二章]karte13【聖剣のアレス】


 西のダンジョン攻略作戦から一月ほど経ち、外の日差しもジリジリと温度を上げてきている。

 セミロングの栗毛に赤銅色の瞳の『少女』……に二十代半ば、精神治癒師メンタルヒーラーのアプリスは窓から干されたシーツよろしく、ダラリと窓辺から外に向かって垂れていた。


「しっかし……来ないわね。まぁ、病んでいる人がいないのは良い事だわ」


 アプリスは外来待ちののんびりとした午後を謳歌しながら、ぼんやりとギルドの中庭に視線を向けていた。

 中庭にはヴァンの提案で大小形状さまざまな四角が地面に描かれており、その枠の組み合わせで室内戦闘や通路戦闘など、シチュエーションを加味した模擬戦闘訓練が行えるようになっていた。

 勿論本日も盛況である。


「毎日飽きないねぇ……」


 ぼーっと模擬戦を眺めていると、元ゴロツキ三人組イチの硬派であるバルザックが、自分の獲物の大盾を器用に扱い、受け流しパリィからの盾打撃シールドバッシュを決めて相手から一本取ったところだった。

 吹っ飛ばされた剣士が立ち上がって再度構える。

 肩を竦めて『やれやれ、もう勘弁してくれよ』といったようなことを言っているように見えるが……剣士はやる気のようだ。


「次はアンタを超えるさ! なんたって俺は俺を信じてるからな!!」


 ハッキリと大きな声が聞こえた。

 ……ん? なんか聞き覚えのある声。


「俺はっ!! 聖剣の!! アレスだぁっ!!」


 ガキン ベチコン べシャリ


 と、先程と全く同じ流れで吹っ飛ばされる聖剣のアレス氏。

 既視感のある姿に溜息と共に感慨まで湧いてきた。


 彼はアプリスがこの冒険者ギルドシューヴァーン支部に勤め始めた頃の相談者で、一番危うい人物でもあった。


 なにせ旅の目的そのものが勇者になるためらしく、強敵とあらば自分から戦いを挑むのが基本。

 戦っては倒され、挑み直して勝つスタイルは、もはや王道の勇者物語をなぞっているのでは無いかと思えるほど。


 故に、アプリスとしては今後数ヶ月生きていられるかわからない危険冒険者として、ギルドマスターのヴァンに特別にカルテを引き継いでいる人物でもあった。


「生きてたんだ、聖剣君。……よかっ――」


「あっ!! 『催眠アプリさん』!! お久しぶりです!!」


 ぶちん。


「聖剣アンタそこで震えて待ってなさい! 私が直々に冥府に送ってやるわぁっ!!」


「うぉぉ!! 姐さん参戦来たァァァッ!!」


「やったれ姐さん!!」


「五秒は保たせろよ!? 聖剣の!!」



 ――なお聖剣のアレスはアプリスの忌み嫌うあだ名『催眠アプリ』の名付け親である。



――――――――――



「あ、ギルドマフヒャーひゃん、ごふひゃひゃひへまふ」


「おう、アレス君! ひさし――アレス君? だよな?」


「はひ……」


 数分後、無惨にも顔中腫れぼったくなり、すっかり丸を組み合わせたような輪郭になったアレスと、どこかスッキリした表情のアプリスがギルドマスターの執務室を訪れていた。

 あらかた説明を受けたヴァンはため息をつきながら応急処置クイックフィックスの魔法をかけてやったことで、アレスは幾許か元の顔に戻った。……戻ってよかった。


 元に戻ったアレスは赤茶の短髪に白銀と青の軽鎧。背には直剣を二振り装備していた。

 快活な少年が夢を叶えようと奔走するまま青年になった、そんな印象をうける。


「ずいぶん久々だったな。この街には何か用事かい?」


「はい! この度魔王城の保全クエストに参加することになりまして! 道すがら挨拶に来た次第です!」


 魔王城保全クエスト……、数百年前に魔王が封じられて以降、観光地化した魔王城に定期的に湧く魔物を狩るクエストだ。

 おおよそ半年に一度、王国主催でクエストの公募が行われ、腕のたつ冒険者達が周辺エリアも含めて一月程かけてクエストに挑む。


 国主催という事もあり、報酬そのものはイマイチなのだが、肉や皮など魔物由来の素材は獲得した各パーティの好きにしても良いという破格の待遇が人気なのだ。


 危険も伴うが、魔王城周辺にしか出現しない魔物もいる為、高騰した素材欲しさに毎回参加者の抽選はかなりの倍率になっていると聞く。

 だがしかし、そこは腐っても魔王城。魔物も高レベルのものが多く、討伐も中々困難な相手も多い。

 金に目がくらみ深追いした結果還らぬ人になる者も多々いるのだ。


「俺がギルマスやり始めた頃、ここでしばらくクエスト受けてくれてたから、もう五年くらい経つのか?」


「そうですね、たくさんお世話になりましたッス」


「その剣まだ持ってたんだね?」


 アプリスの視線はアレスが背に装備している二振りの剣のうちの片方に注がれていた。

 遥か昔、魔王を封印せしめたと言われる聖剣の模造品レプリカだ。

 勿論、模造品なので特殊な力もないし、なんなら刃引きもされているので切れない。

 使うとしても鈍器だ。


「これは、自分が勇者を目指すきっかけですからね! それに自分には【信じる力】って固有ユニークスキルがありますから! いつか必ずこの剣に見合う勇者になりますよ!」


 【固有ユニークスキル】……【特性】に付随して会得出来る【付随スキル】の他に、極稀だが先天的に(場合によっては後天的に)発現する事があるスキルの形態である。

 最近の研究では魔物の持つスキルが人間に対して発現している可能性が高いらしいが、詳しい事は解っていない。


「信じる力が何かを起こすってやつだったか」


 ヴァンの声にアレスは頷き、


「少しでも疑心が生まれるとキャンセルされるので、実際発現することは殆ど無いんですけどね」


 つまり、怪我をして『今すぐ治る!』と『治る』のだが、少しでも『無理かも』とか『んなわけないよな』とか思ってしまうと力が発現する前に霧散してしまう、と言うことだ。


 アレスは自嘲気味にタハハ、と笑った後、ぐっと掌を握り力強く天に掲げた。


「でも、俺は強くなれる! 俺は俺を信じている!! って声に出し続けてたら、少しずつだけどレベルも上がって、この辺の魔物なら一人でも戦えるようになったんですよ!」


「なる程な。微細な力でも、いつか必ず。だな」


「聖剣君らしいスキルじゃん」


「はい! 一歩ずつ頑張ります!!」


 実直に目標に向けて一直線にひた走る。

 その姿がヴァンからしたらとても眩しく映った。


「おっと、そろそろ行かないと……、それではまた! お二人共お元気で!!」


 言って魔王城直前の街アイノーズへ向けて、彼は出発していくのだった。



「魔王城かぁ……」


 しみじみと呟くアプリス。その表情はとても十代半ばから後半くらいの見た目からは、にじみ出ないはずの哀愁とも取れて、ヴァンの胸中は何故か掻き乱された。


「行きたいのか?」


「冗談言わないで? 誰があんな危険地帯に。行くなら保全クエストが終わってから観光に連れてってよ」


「考えとく」


 一度物事が落ち着いたら、それも良いのかもしれない。

 その場しのぎのような回答をしてしまった事を多少なりとも後悔しつつ、ヴァンはアレスが向かった先へ視線を移した。


 願わくば、あの若い冒険者に幸あらんことを。と、心のなかで祈った。



――――――――――



「ごはん〜、ごはん〜……今日のご飯はさ、か、な〜。昨日も魚〜、今日も多分明日も魚〜」


 トト……トン、トト……トン。とナイフとフォークの柄をテーブルに叩く音すら悲しさがあふれ、歌にもならない弱々しい声が食堂に流れて消えた。


 言わずもがなアプリスである。


「良いじゃないか、魚。賢くなるぞ?」


 向かいでランチの到着を待つヴァンは、しれっと魚のセールスポイントを机上に上げるが、


「私は肉が食べたいの〜!!」


 駄々っ子の一言であっさり一蹴されてしまった。

 これは理責めで理解してもらうわからせるしかない。


「仕方ないじゃんか、魔王城保全クエの為に日持ち出来そうな食材や栄養価の高い物は優先的にクラマクスウチのお隣さんに運ばれて、クラマクスの食材はアイノーズ魔王城目前の街に運ばれてんだから」


「じゃあウチの肉はどこから入ってくるのよ!」


「無いから近くから取れる川魚食ってるんだろうよ」


「ひどい!! 搾取だ!!」


「商売だよ。言い掛かりやめなさい。明日の肉の為に今日はみんな我慢してるの」


「明日は肉食べれるの?」


「いや? 魚だが?」


「うがァァァァ!! なんのために一ヶ月前西ダンジョンまで行ったかわからないじゃないのよ!!」


「おかげで今、この商売でシューヴァーンの街は潤ってるところだ。俺も商業ギルドのギルマスと仲良くなれたしな!」


「私の心を潤わせてって話なんですケドォ!?」


 ああ言えばこう言う、といった阿吽の掛け合いで、傍から見たら漫才かもしくは、


「旦那、姐さん、夫婦喧嘩お疲れ様ッス」


「夫婦じゃない!!」


 思わずツッコミ代わりの右ストレートがアプリスから出かけたが、相手が今日のランチを運んできたシリウスだったので思い留まる。

 テンションが上がりにくいと言うだけで、魚がけして嫌いというわけではないし、そもそも食料を無駄にする事自体愚の骨頂である。

 モキュモキュと白身魚のフライを咀嚼しながら悶々と何かを考えているようなアプリスを見て、ヴァンは小さく笑った。


「……何よ」


「いや、最初と比べてだいぶ心開いてくれたなぁ。って」


「そりゃ、最初と今を比べたらそうでしょうね」


 幾分か拗ねたように言うアプリスだが、ヴァンから見たらこれは照れ隠しだ。

 だからあえてからかう様に続ける。


「今、俺に対しての心の開放率としてはどんなもんなんだ?」


「3割、かしらね」


「これで3割なら5割で既に発狂レベルなのでは……」


 ざす。とフォークが突き刺さった。

 そしてアプリスの口に運ばれる


「あぁ、ちょっと! お前なぁ!!」


「隙だらけなんですけどー」


「上司のメインディッシュ奪ってく部下とか聞いたことねぇっての!!」


ざまぁないわねすみませんでしたー


 咥えたフォークをピコピコと揺らしながら答えるアプリス。……なんやかんや、やはりこういうやり取りが心地良く感じられる。とは口が裂けても絶対に言うつもりは無い。



「おい! 帰ってきたぞ!! 【クリムゾンローズ】だ!!」


 ギルドロビーの出入口が開き、外から冒険者の一人が入ってきて中の面々に告げる。


 喧騒に包まれるロビーを横目で見ながら、ヴァンは『待ってました』と心のなかで呟いた。


 入って来たのはブロンドの髪を肩口で切り揃えた整った容姿の青年【影猫】ビエル・ローズ。

 硬めのダークブラウンの髪を逆毛に立てた目付きの鋭い青年【不可視の刃】ガッチ・クリムゾン。

 そして元ゴロツキ三人組の一人【大戦斧】のエリオットだ。


 西のダンジョン攻略以降【この街初めてのギルド直属クラン】の設立メンバーとなった彼らにはそれぞれファンも居るらしく、歓声や黄色い声、通り名を呼ばれたりしている。

 あれ、俺そういう扱い無いんだけど……。と、ギルドマスターでありクラン設立メンバーであるヴァン・ノワールはしみじみその光景をながめていた。


 あ、説明を忘れていたがクランの名前は【クリムゾンローズ真紅の薔薇】となった。

 ……ビエルに任せたのがまずかった、と、反省と後悔が否めない……。



 入口の喧騒を抜け、ビエル達三人はヴァンとアプリスが食事をしているテーブルへと歩み寄ってきた。


「只今戻りました師匠マスター、すみませんが可及的速やかに報告すべき案件が有るのですが……」


「わかった、執務室に行こう」


 言ってアプリスを見ると優雅に紅茶なんぞを嗜んでいる。

 手はシッシッと「いってこい」モーション。

 ヴァンは小さく肩を竦めてビエルに向き直ると顎で執務室を指し、その場を離れた。



――――――――――



 ギルドの受付嬢シャルロットに紅茶を届けてもらい、ヴァンとビエルの二人は応接テーブルを挟んで向かい合って座った。


「さて、キミ達に頼んでいたエルフの里訪問クエストについてだが……」


「端的にお伝えしますと、エルフの里の正確な場所は分かりませんでした――」


 ビエルの話を要約すると、西のダンジョン入口で、エルフの女性アルティランサ(えるふのすがた)と合流し、目隠しをされた上で馬車に乗せられたため、正確な場所は不明とのこと。


 但し、現地についてからは非礼をお詫びされた上で歓待を受け、エルフの現在の長である女性とも話す事が出来たらしい。


「アルティランサの身体についての情報は何か掴めたか?」


 アルティランサの身体には幾重にもがかけられており、それを一つ一つ解析していかなければ、彼女の言う『呪い』を解くことができない状態にある。


 現在の彼女は『魔術的な解呪を行うと老人の姿になる』という摩訶不思議な物で、その先は別系統の術式が絡んでいる為一度保留させてもらっているのだ。


「長殿が言うには、エルフに伝わる精霊術も絡んでいるらしく……。最低でも四つの術が彼女を取り巻いているため、完全にもとに戻すのは難しいかもしれない、と」


「そうか……。黒衣の女性は?」


 黒衣の女性についてわかっているところを並べると……、

 ・赤竜のルージュが元いた場所から黒衣の女性の誘導で、西のダンジョンへ引っ越してきた。

 ・その事に気づかれないようにするため、街道整備にあたっていた商業ギルドのギルドマスターと、関係していた貴族連中の意思を何らかの手段で奪い、操った。


 目的は不明だが、何かのはっきりとした意思のもとで行動しているとしか思えない。


 『【命がけ】ドラゴンを強制的に引っ越させてみたら大変な事になった』と言うイタズラをするのはあまりにも当人にリスクばかりがついて回る。

 気味の悪い存在が水面下で動いている……。目下、懸念材料に他ならないのだ。


「あまり新情報はありませんでした……。ですが、長殿も情報収集に協力頂けるそうです」


 ビエルの言葉に頷いて、考えを巡らす。

 いずれにせよ、もう一度エルフ達とはあって話ができると良いのだが……。


「わかった。別命あるまではクランは自由に活動して良い。任せたぞ、リーダー」


「こそばゆいのでそれ辞めていただけませんか?」


 苦笑して進言してくるビエルに、笑顔を返す。

 何も言葉を発しなかったのが答えだ、と言わんがばかりだったが、さすがそこはビエル。

 こちらの顔色を見て即座に判断したのだろう。


「それでは明日は休暇をいただき、明後日より活動再開いたします」


 と述べて退室した。

 ほんと、リーダーが板についてきたようだ。



 ヴァンは一人残った部屋で、思考を巡らす。

 今回の件は全部一本につながっているのかもしれない。


「ならば尚の事、俺も行かなきゃかな。……魔王城」


 心底面倒くさそうに、ヴァンは一人ごちたのだった。


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