戻る日常と迫る非日常


「ピンハネされてたと思ったら俺のバスタードソード買うための金だったんだってよぉ……俺は良い仲間をもって嬉し……グスッ」


――よかったねー。(あれ、結局ピンハネされてない?)



「飯がマズイって言われて頭にきたから頑張って練習して、今度店やることになったのよ!!」


――絶対食べにいきますね!



「『キミが準備してくれたものが壊れたり傷付くのが耐えられない』ってー!!キャー」


――良かったねー(爆散しろー)



弓使いアーチャーの子のこと相談してたら、重装兵ヘビーアーマーの子実は女の子で……ギャップにやられちゃって今付き合ってます」


――おめー。



弓使いアーチャーの子のこと軽装兵ライトアーマーの仲間に相談したら私の事好きって言ってくれて。ちゃんと色々精算して今は彼と幸せです」


――式には呼んでねー。



「どういうこと!? パーティに居づらいんだけど!?」


――まぁ、自業自得よね……。



「薬と毒は表裏一体! 傷口にポイズンスライムを塗りたくれば――」


――死ぬよ?



――――――――――



 肉不作の騒ぎから数日。

 アプリスの仕事もいつも通りに戻って来ていた。

 昼休憩を終え、午後のカウンセリングに備えて、香の準備等を行う為にいつもの通りカウンセリングシートを眺めて、アプリスは赤銅色の瞳に困惑を浮かべた。次いで眉をハの字に。


 このカウンセリングシート……間違っていないだろうか……。


 控えめにドアがノックされ、気の抜けた声で「どーぞー」と返すと、少し緊張した面持ちでギルドマスターが入ってきた。


「午後の予約だけど、大丈夫か?」


「アンタが大丈夫なの? って話なんだけど。ギルマスがカウンセリング受けたいとかどう言うことよ?」


「ギルマスも精神治療メンタルヒーリング受けたいときもあるのさ」


 確かに疲れ切った表情でもある。

 ため息交じりに「座って」と告げると、ヴァン・ノワールはカウンセリングルームの椅子に腰掛けた。


「それで、悩みってのは?」


「俺とキミのこれからについて」


「お帰り下さい」


 いつもの通りのあしらい方。 

 違うのは「いやマジサーセン」と、すぐ冗談めかして無かったことにする声が聞こえなかったことくらいか。


「……マジなの?」


「マジなの」


 メンドイなぁ、と内心思いつつ、ついに来たかあ、という気持ちも半分。

 アプリスは腹を決めてヴァンの向かいに座った。


「当ギルドでは、精神治療師メンタルヒーラー・アプリスを継続して雇用し続ける事を王政側に提示。五年契約を更新しました。……これからもよろしくな。アプリス」


 んだっはぁ〜、と安堵のため息。


「ほんと心臓に悪いから普通に話してくれない?」


「いや悪い悪い、これでとりあえずキミの日常はキープって事で」


「んでも、それ以外になんかあるんでしょ」


「……バレた? それは行動心理的な意味で?」


 無意識の行動から隠している事を見抜かれたか? と案に訊いてみる。


「行動心理関係なくバレバレよ。何年付き合ってると思ってるの」


「ま、そりゃそうか。……詳しくはまだわからないが『黒衣の女』が今回の肉不足の件に関わっているらしい」


「黒衣の女?」


「黒いローブを着た美人でを持っていたらしい」


「!? それって!」


「まだ絶対とは言えないが、とりあえず伝えておこうと思ってな」


 俯き何事か考え込んでいるアプリスの肩にそっと手を置く。


「少なくとも、俺は今の日常を壊したくないと思っている。……その中にはお前も居るんだからな?」


「……。分かってるわよ。何よキモいわね」


 少し拗ねたように言うアプリスに、柔らかく笑みを返した。


「それでもお前が変化に向かうのなら、俺も一緒に行くからな?」


「ううぅうっさい、カウンセリングは終わったでしょ! はよ出てけー!」


「はいはい」


 笑いながらヴァンは出ていったが、アプリスはそこからしばらく動けないでいた。

 彼の言った一言が胸にほんのりと熱を残しながら漂っている。

 彼女は赤くなった頬をグニグニと両手でほぐしながら「ふむぅぅぅぅぅぅ……」と一人唸るのだった。



――――――――――


 ビエル・ローズおよび、ガッチ・クリムゾンの二人は夕刻に冒険者ギルドのギルドマスターの執務室に呼び出されていた。


 正直悪い行動に関しては心当たりもなく、良い行動に関しても然程心当たりもないので、先日のダンジョン攻略戦に関しての何らかの連絡か報告だろう、と思っていた。


 少しの緊張感を持ちながら執務室のドアをノックする。

 中からヴァンの声で「どうぞ」と聞こえ、ドアを開けるとそこにはヴァンをはじめ、アプリス、そして彼女の取り巻きのエリオット、バルザック、シリウス。よく見るとヴァンの肩にはちびドラゴンの姿のルージュも引っ付いている。ギルド窓口兼事務のシャルロットもドアのすぐ脇に立っていた。


 そこにビエルとガッチも加わって八人と一匹。

 元からあまり広くはない執務室にこの人数が集まると少し手狭に見える。


「さて、集まってくれてありがとう。彼らも来たことだし話を始めようか」


 ヴァンがシャルに指示を出すと、シャルは中央にあるテーブルに人数分のワイングラスを準備した。


「単刀直入に言おう。キミたちにはギルド直属の【クラン】を設立してほしい」


「クラン!? マジすか!!」

「俺達なんかが直属クランに……」

「ゴロツキからクラン所属、なんつうサクセスストーリーだよ」


 予想に反してクランという単語に強く反応したのは元ゴロツキの三人組だけだった。

 理由としては簡単。


「ヴァンヴァン、クランに付いて説明求む」


 アプリス、ビエル、ガッチの三人の他に、人間たちの文化に疎いルージュも小首を傾げていた。


「クランというのは、簡単に言えば『仕事を一緒にする仲間』みたいなもんだ」


「パーティとは違うの?」


「やってることはパーティと同じ感じだが、クランの方がもっと、そうだな……家族的、会社的なつながりになる」


 そこにいる面々に書類を渡し、


「簡易だが契約書だ。このギルド内部において君達が自由にできる権利を明記してある。……もちろん違反した場合の罰則もだ」


 ヴァンは全てのワイングラスにブドウジュースを注ぐ。


「メンバーは俺、アプリス、エリオット、バルザック、シリウス、ビエル、ガッチの七人。シャルは立会人としてここに来てくれているから、よろしくな」


「え、ちょっとウチ入ってないじゃん!?」


 慌てて声を上げたのはちびドラゴンモードのルージュだった。


「いや、流石にドラゴンをメンバーリストに登録ってのは難しいかなって。……てかもともとルージュ、お前は呼んでなかった筈なんだが……?」 


「ヴァン君ひどくない!? ドラ差別!!」


「いや初めて聞いたぞ、その単語」


「てか、ドラゴンだから駄目って事? んじゃ――」


 ちびドラゴンに変化する時と同じように、ルージュの全身を淡い光が包み、次の瞬間、快活そうな赤いショートカットの髪の少女がそこに現れた。


「やっぱし美少女モード来たァァァァァァァァッ!!」


「シリウスうるさい」


 メゴシっとボディに鋭い一撃が入り、膝を子鹿のごとくプルプルさせながらも倒れずにルージュを直視するシリウス。


「え、嘘……、このシリウス強い……」


 アプリスが呆然と自分の拳とシリウスを交互に見た。


「ね、ヴァン君、これなら良いでしょ!?」


「お前さ……どういう仕組みしてるわけよ……」


 にししー、と笑うルージュにヴァンは肩を落とした。


「わかった、分かったよ。ルージュもクランの一員って事で」


「やったっ!!」


 追加でワイングラスを一つ増やし、ブドウジュースを注いだ。


「参加する者はグラスを」


 全員がグラスを取り、献杯の上飲み干した。

 

「あ、そうそう、クランリーダーはビエルな」


「ええっ!?」


「クランネームとメンバーリスト三日以内に提出な」


「え、ちょっと、なんで僕!?」


「さて、みんな飯行こうかー」


「わーい! お肉お肉ー!!」


「ちょっと、聞いてます!?」


 執務室にビエルの悲痛な叫びが響き渡った。

 だがそれでも、皆どこか楽しそうで、アプリスは不思議なつながりを感じたのだった。



――――――――――



 ――同日・深夜。


 誰もいない冒険者ギルドの執務室。

 カチャリとドアを開けヴァンが入ってきた。

 手にはカンテラを持ち、頼りない蝋燭の揺らめきが静かな夜を際立たせている。


 ヴァンは執務机にカンテラを置くと、行儀悪くも机に腰掛け、内ポケットからタバコを取り出した。

 等級としてはやや粗悪で、濃くも薄くもない、一般流通品だ。


 カンテラの扉を開き、蝋燭からタバコに火を移すと、ゆっくりと吸い込み、紫煙を燻らせる。


「辞めたんじゃなかったのか?」


 何処からか軽薄そうな声が聞こえた。


「うるせぇよ。たまには良いだろ」


 何処を見るでもなくヴァンが応えると、部屋の隅で影が動いた。


 バサリ、と闇色のマントを脱ぎ捨て、中から現れたのは白銀の軽鎧ライトアーマー

 いつからそこにいたのやら、はたまた最初から居たのか、それはヴァンと当人にしか分からない。


「お前が俺を頼るなんて、五年ぶりか?」


「そのニヤついた態度が嫌で頼まなかったんだよ。イスカ」


 イスカと呼ばれた青年はヤレヤレと両の肩を竦める。


「この前の追加報告と、結果報告だ」


「悪いな、助かる」


「簡潔に言うと、お前の言ってた黒衣の女、あれかなりヤバイ案件かもしれん」


 やはりな。と、ヴァンは答える代わりに紫煙を吐き出す。


「商業ギルドと、シューヴァーンの貴族の一部、やられてたろ?」


「そうだな。解呪ディスペルして証言も取った。……いずれも正気に戻る前に黒衣の女と会ってやがる」


「アンティークな黒い手鏡を持ってたって話だったな」


「あぁ。その鏡を見たあとで意識が混濁したって言ってた」


 わかってきた事を手元の紙に書き出していく。


・存在しかわからない黒衣の女とやらは、商業ギルドと貴族連中に裏で手を回していた。


・理由はわからないが西のダンジョン、あるいは、そちら方面にあるとされるエルフの里への通行を邪魔するのが目的?


・ルージュに接触し、西のダンジョンに住まわせたのも同一人物。


・いずれも、アンティークな黒い手鏡を使用して言うことを聞かせていた……。



 似たような術を俺は知っている……。

 なにか知っているのではないかと昼間にアプリスにあえて話をしてみたのだが……、あの様子だとビンゴのようだ。

 これからしばらく彼女が変なことを考えないよう見張っておかなければなるまい。



「イスカ、もう一つだけ頼んでいいか?」


 イスカは首を傾げつつも首肯する。

 ヴァンはイーロッペとアルティランサの件について説明し、類似案件がないかどうか調査を依頼した。


「随分荒唐無稽な話だが……王国の閲覧禁止書庫にならもしかしたら」


「わかった、書状を用意する、お前の名前も連名の方が良いだろうな」


「出来ればエリスの名前も欲しいな」


「えぇー……」


 旧友の名前が出て思わず声に漏れる。


「なんだよ、そんなに嫌なのか? あいつとお前の仲だろう、が……あれぇ、お前黒翼の短剣どうした? いつも肌身離さず装備してたろ?」


「ぐぬっ……」


 引き出しを開けて黒翼の短剣を机に並べる。


「マジか。お前これドラゴンとでも戦ったのか? そうでなきゃこんな事にならないだろ」


「そうだよ」


「は?」


「西のダンジョンに住み着いた赤竜の鱗引っ剥がして折れたんだよ」


「ちょ、クハッハハハハハハッ!!」


「おま、深夜だぞ」


「スマンスマン、いやマジか、ほんとにドラゴンとねぇ、よし、これ借りてくわ」


 イスカは器用に布に短剣をクルクルとまとめ、扉を開けかけて、ふと。


「アプリスの嬢ちゃんには詳しく話さないのか?」


「そのつもりはない。……彼女がやっと手に入れられた平穏な日常だ」


 カンテラの灯りにほんの少しイスカの顔が照らされる。


「俺はあの娘を、そっとしておいてやりたい」


 聞いてイスカは逡巡し、


「そうかい、ならそうしな。束の間でも平穏な時を過ごさせてやると良い。……ただ」


 扉を開け、音もなく廊下に出る。


「監視は怠るなよ」



 離れていくイスカの気配に、無意識に眉間が寄っていた事に気づき、ヴァンはため息を付いた。



「守るさ、彼女の安寧は、俺が必ずな……」



 その呟きは深夜の闇の中に吸い込まれて消えた。

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