トカゲって鶏肉みたいな味らしいよね
赤竜の嘶きはダンジョン中に響き渡り、魔物、冒険者問わず皆が動きを止めた。
曰く、
「その人達、ウチのお客さーん!」
曰く、
「皆意地悪しないであげてー」
とのこと。
急に敵意を無くし三々五々に散り散りになっていく魔物達に、階段防衛戦を繰り広げていた冒険者達は口を揃えて「夢かと思った」と感想を述べたという。
――――――――――
ビエル達が深奥にたどり着き、最初に見たのは、
「んで、お客さん来てるのに爆睡してたウチも悪いんだけどさ?」
何故か人語を流暢に話し、腰(?)に片手を当てながら、もう一方は器用に顔の横で天井を指さすようにピンと人差し指(?)を立て、正座させられているヴァン達に説教をカマしている赤竜だった。
「寝起きで『誰ー?』って聞いた瞬間光ピカー!! だよ!? そりゃ思わず火も吹くっしょ?」
「面目ない……」
あれは『誰ー?』だったのか……。
頬を引き攣らせながらヴァンは詫びる。
「てか、人間の文化的にも寝てるとこ襲うとかあんま無くない?」
結構あると思う。
「……今回の事、本当に申し訳ない。総指揮をとっていたのは俺だ。詫びと言えるかは分からないが、俺に出来ることなら何でもさせてもらう」
「えー、別に人間に何かして欲しい訳じゃないしなぁ……あ、てか名前言ってなかった、ウチはルージュね。呼び捨てでいいよ」
体の色がそのまま名前なのか……?
と、考えが頭をよぎったが表情にはおくびにも出さず、
「俺はヴァン。ヴァン・ノワールだ」
何故かルージュが『おまいう?』と小声で呟いたような気がしたが、
「こっちがアプリス。ルージュを一番殴ってた女だ」
「ヴァンヴァン! ぐぬぬ、後でみときなさいよ……。ルージュ、ほんとにごめんなさい」
「あははー、大丈夫だよー、おかげで目も覚めたし」
アプリスが流れで自己紹介すると、残りの面々も口々に名乗っていった。
「多いなー。えと、まだ覚えきれなくてごめんね。そこの金髪君がえーと……ビッ――」
「ビエルです」
そこはかとない闇を内包した笑顔で答え、隣の相棒を手で指し、
「こっちがガッチです」
「あぁ、ごめんごめん。だめだー、名前は追々覚えるわ。それで何で今日はうちに来たの?」
ルージュの疑問もまずもって当たり前だ。
ヴァンは要件を掻い摘んで説明する。
「なるなる、つまりウチが引っ越してきたせいで生態系に迷惑かけちゃった感じだ。まぁ、それに関してはウチがまた引っ越せば良いだけだし、ま、何とかなるっしょ!」
……ん? 態度軽いけど意外と賢いぞ、このドラゴン。
「スンスン……おや? いま失礼なこと考えたね? ヴァン君?」
「な゛っ」
「ドラゴン族に隠し事はできないぞぉ?」
ドヤ、と胸(?)を張るルージュ。
「種族特性ってやつね。感情や魔力とかの流れを匂いみたいな感じでキャッチ出来るの」
天然の
【特性】に鑑定師や罠師、分析師等がある。いずれも魔力の流れやマナその物の動きを把握し、鑑定や罠解除、分析を行うことができる。
それと似た能力を持っているという事で間違いないだろう。
ただ、感情まで看破出来る分析師など見たことが無い。
そこでふと思い立つ。
「アルティランサ、ちょっとこっちに」
まだ正座をキープしていたアルティランサ(えるふのすがた)をルージュの前に立たせた。
「ルージュ、どう思う?」
「スタイルイイネ! 何食べたらそうなるか聞きたい!!」
「いや、そうじゃなくて……」
「わかってるよー。……スンスン……」
傍から見ると凄い光景だな。
竜に顔を寄せられるエルフ……。物語でしか見たことの無い景色が目の前で再現されている。
「うん? ……んー、なんか違和感あるんだけど、やりづらい」
まぁそりゃエルフと竜だからな……。
鼻の穴だけで既に人半分とかのレベルではないだろうか……。
「ちょっと待ってね。サイズ合わせるから」
言って何事かモゴモゴと唱えると、ルージュの巨躯は淡い光に包まれた。
「あぁっ!! こ、これはヤバいっスよ姐さん」
慌てた様子で口を開いたのはシリウス。
ゴロツキ三人組の中で、かなり情報通の男だ。
「何よ急に……」
「このままだとメンバーのヒロインジャンルが増えて大変な事になるッス!」
「私はあんたが何を言ってるんだか解らないよ……」
「知的、ギャル、ドラゴン娘、天真爛漫系とか属性もりもりで姐さんのポジも怪しく……」
やがて光は収束し――、
人間の膝丈ほどの大きさの赤竜があらわれた。子どもの大きさのぬいぐるみみたいで可愛い。
「そっちかァァァァァァっ!!」
「シリウス、うっさい」
「すいやせん……」
何故か荒ぶっているシリウスを一声で諌め、アプリスはシリウスに向き返った。
「そういえばさっきの話だけど、ちなみに私は何処に属してるの……?」
「へぇ。ジャンルの話でしたら、破天荒、妹系、年齢詐――ゴブフッ」
すべてを語らせる前に、シリウスの鳩尾に鋭い右ストレートが突き刺さり、彼はその場に崩れ落ちた。
一方その頃ちび竜にサイズダウンしたルージュはてちてちとアルティランサに近づくと、クンカクンカハスハスと匂いを嗅ぎ回っていた。
「ただただ恥ずかしいのですが……」
「んー、アルティちゃん普通のエルフじゃないね……。スンスン……あー、ここか」
ルージュはアルティランサの胸のあたりを手(?)で指し示し、
「この辺で二種類の力が混ざり込んでる感じ。……片方が魔力で、もう片方が……多分別の力。ごめんね、なんて例えればいいかよくわかんないや」
「いえ、ありがとうございます。とりあえず一歩前進できたので」
アルティランサは恭しくお辞儀をして、礼を述べた。このへんは流石お嬢様といった風情だ。
「あ、そうそう、ちょっとまっててね」
思い出したかのように羽を広げパタパタ羽ばたかせながらルージュは何処かへと飛んでいってしまった。
ヴァンは今の内に、と全員に向きかえる。
「ルージュのお陰で肉問題とエルフの里の危機は救えたも同然だな。後は外でダンジョンから漏れ出した魔物を退治しているメンバーと合流すればクエスト完了ってとこだ」
「あ、てことはこれドラゴンクエ――」
「アプリス」
何かを言おうとしたアプリスを一声で黙らせるヴァン。
気の抜けたやり取りができてやっと、終わったんだな、と感慨深い物が湧き出てくる。
だが、何かが引っかかる。
まだ終わっていないようなモヤモヤした物が胸の中に残っていた。
「ごめんごめん、おまたー」
戻ってきたルージュは両手で巨大な赤龍の鱗を持っていた。
それをヴァンに手渡す。
「とりま、ヌシ退治か説得したってその証明にこれ使えるっしょ?」
「おぉ、ありがとうな、助かるよ」
「良いよー。そもそもそれ剥がしたのヴァン君だし……、そんなに情熱的だと思わなかったし」
「ん? 情熱、的?」
「うん?」
なにか認識の齟齬があるように感じる。
「え、鱗剥がすのってドラゴン的に何か意味があるの?」
「え、知らなくてやったの!? 首の鱗を剥がすって事は『
『はぁぁぁぁぁぁぁ!?』
ヴァン、アプリスの二人の叫びが見事に被った。
いや何その『ドラゴン退治しに来たらそのドラゴンと結婚することになった件』みたいなタイトルつきそうな話……。
呆気に取られながらも、ヴァンは何とか知識を振り絞った。が、何も浮かばなかった。
「あ、そうそう『詫びと言えるかは分からないが、俺に出来ることなら何でもさせてもらう』だっけ?」
「うぐぅっ!!」
まさか自分の発言がここまで自分を苦しめるとは……。
こうなっては仕方ない。
「すまない、ドラゴンのルールを俺は知らなかった、が、友人としてまず交友を深めさせてはもらえないだろうか」
「うん、いいよー」
めちゃくちゃあっさりしてるなぁ。
「ただ、ヴァンのとこ、ウチもついてくね。いちいちここまで来るの大変だろうし」
「あ、あぁ……」
ダメだ、妙に聡いルージュに丸め込まれてしまう……。
やめろアプリス。頼むから心臓が止まりそうなその視線と殺気をやめてくれ……。
先ほどから冷や汗が止まらないんだ……。
――――――――――
ギルドに戻って執務室のソファに崩れ落ちるように座ったヴァンは、結局ついてきた挙げ句、隣で丸まって眠る赤竜がダンジョンを出るときに最後に呟いた言葉を反芻していた。
「てかウチが引っ越し決めたとき、そのきっかけをくれたのが黒いローブを着てた女の人だったんだよねー」
普段なら、『へぇ』で済ましてしまいそうなことだったが、どうも引っかかる。
「……頼るかぁ……、あー、でもなぁ、あー、くそ。もう俺一人で何とかできる範疇じゃないのかもしれないなぁ」
苦虫を噛み潰したような顔でペンと紙を取り出した。
深夜の執務机につき、書くのは五年ぶりの手紙だ。
相手の顔を思い浮かべ、ヴァンは憂鬱そうに溜息をもらしたのだった。
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