限界状態の時なら何でも食べれるかなって
西のダンジョン、地下二階。
少し広めの空間で休憩となった。
ビエルとガッチはアプリスに歩み寄り近くに座ると、ひっそりとアプリスに礼を述べた。
「アプリスさん、この前はありがとうございました。お陰で色々上手くイけてます」
照れているのかほんのり頬を染めるビエル。
「え? あー、うん。良かったね?」
太刀と猫にする催眠が感謝されたのだと理解はしたが、真意までには辿り着けず、アプリスは曖昧に微笑んだ。
「あ、ビエル、これあげる」
アプリスは鉤爪付きの手甲を荷物入れから取り出し、ビエルに渡した。
「え? 良いんですか!?」
本当は自己の利益の為にビエル達を見世物にした謝罪を込めている。が、催眠中の記憶は残っていないので、ビエルからしたら貰ってばかりで申し訳ない。という感じになってしまっている。
「いいのいいの、それに、ビエルってナイフ苦手でしょ?
「ありがとうございます、でも僕これ使ったことないですよ……?」
「ちょっと耳貸して」
――リィン
「?」
何処かで鈴の音がしたような気がした。
アプリスはビエルの耳元に口を寄せると小さく囁いた。
「『貴方は猫、しなやかな猫、その魂を身に宿せ』」
パン、と手を打つ。
同時にハッとしたようにビエルは瞬きをした。
「あれ、今……」
「おまじないを掛けてあげたわ。これで、ソレも使えると思うから、後で試してみてね」
アプリスは同じようにガッチにも『おまじない』をかけて、二人にニコリと微笑んだのだった。
――――――――――
「流石にこの辺から居るよなぁ」
地下二階中間部に到達した辺りで、トカゲ型の魔物が散見されるようになって来た。
「この先の少し広いエリアに
先行していたビエルが、音もなく戻って来て状況報告をする。
「トカゲ系の魔物かぁ、やっぱり報告にあった通り、ヌシがドラゴンだと爬虫類系の魔物が増える傾向にあるのかもしれないな」
「てかよくそこまで調べてきたわね」
感心したように頷くアプリス。
対してビエルは「タイミングの問題ですよ」と慌てて答えた。
「僕達が来た時は二階の後半まで魔物が出なかったんです」
「まだヌシが現れてすぐだったから既存の魔物が逃げ出した直後だったんだろうな」
ヴァンは思考をめぐらせ、一旦息を落ち着かせた。
「みんな、ここからは多分……連戦だ。地下三階の最深部は、階段を降りてすぐ広めの廊下、そして最奥の広間となっている」
足元に石で簡単な地図を描いていき、
「先程話した通り、魔物は周辺のマナが枯渇するまで湧いてくる。しかも、明確に『ヌシを守る意志』を持って生まれてくるから、俺達を全力で阻むだろう。……俺達が目指すのはヌシの討滅、または無力化。それも速攻でだ」
立ち上がって仲間達の顔を見る。
「勝手に戦力分析させてもらったが、俺達の中での最大火力はアプリスだ」
ビエルとアルティランサは驚き、ガッチは得心したように頷き、ゴロツキ三人組は当たり前だと囃し立てた。
それぞれに違う反応が返ってくる様子に、口の端を笑みの形にしたヴァンはアプリスの方を見ると、
「いいいいいや、わた、わたしなんかそそんそんそんな」
めちゃくちゃテンパっていた。
「そもそも私の武器なんてこんなもんでしかないし」
取り出したのはアンティークな黒い手鏡。
そして、済んだ音のする鈴。
「マジックアイテムですか?」
ビエルの問いかけに首を振る。
「んーん、ただの鏡と鈴」
「まぁ、見てりゃわかるさ。よし、時間もない。サラッと作戦な。俺らでアプリスを守りながら最奥部に向かう。以上」
「生き残れるといいなぁ……」
あまりにざっくりしすぎている作戦に、口元をヒクつかせながらアプリスは呟いた。
ヴァンは無言で腰の短剣を抜く。
漆黒の刀身は闇に溶け込み、何も持っていないようにも見えた。
それぞれがそれぞれの獲物を構え、緊張感が走った。
「エリオット、バルザック、シリウス、フォーメーションはさっき話したやつで行くわよ」
「はい」「押忍」「へい」
「え、お前らそういう名前だったの……?」
ゴロツキ三人組の本名に驚きを顕にするヴァン。ほかの面々は『何を今更?』みたいな顔をしている。
「え、俺だけ? 知らなかったの俺だけ?」
切なさも重ねて湧いてくるが、自分に気合いを入れ直し通路へと足を向ける。
「……おし、いくぞ」
アルティランサが杖を通路の先、広場に向ける。
「
広場中央に白い霧が立ち込めると同時にビエル、ヴァン、ガッチが先行。
フレイムリザードの口から漏れる火の粉を目印に次々とターゲットを斬り捨てていく。
騒ぎに気付いたリザードマンは盾を構え、上段からビエルの脳天に向けシミターを振り下ろしたが、寸でのところでしなやかにそれを回避。
横に流れた勢いを倍化させ回転しながら鉤手甲でリザードマンの首元を掻っ切った。
「凄い、身体が凄く軽い!!」
ビエルが予想外の自分の動きに感嘆の声をあげる。
「ビエル後ろ!!」
アプリスの声にハッと振り返った時、目の前にリザードマンの横凪のシミターが迫っていた。
ガギャッ! という金属のこすれる音と火花が散り、シミターを大盾がはじき飛ばす。
「ナイスバルザック!」
「エリオット!!」
「わかってる」
バルザックにシミターを弾かれ、がら空きになった胴に、エリオットが戦斧を叩きつけ、胴体を半ばまで斬り飛ばしながら吹き飛ばす。
壁に叩き付けられたリザードマンはピクリとも動かないまま絶命していた。
え、もしかしてゴロツキ三人組って……強い……?
「霧が晴れる! 皆こっちだ!!」
隙を見て先行していたガッチが次の部屋に向かう通路を見つけ誘導。
全員が足を止めることなく即座に移動した。
「通路の先にシャーマン! 2!」
「
「【影走】」
リザードシャーマンの一体が呪文を唱える暇もなくアルティランサの氷の槍に顔面をぶち抜かれ、もう一体が真後ろから現れたヴァンによって首を掻っ切られ絶命した。
「え、ヴァンさん!! 今なにしたんですか!?」
「目を輝かせまくってんなぁビエル君よ、こういうの好きそうだもんねぇ」
ヴァンは笑いながら合流し、さらに先に走る。
「姐さん! 階段っス!」
シリウスの指さした先に地下へと続く階段。
ゴロツキ三人組とビエルは全員を先に行かせて階段を守るように残った。
「おい、お前ら!!」
「行ってください! この先廊下とヌシだけならスカウトは必要ないでしょう! 少しでも戦力をそちらへ!!」
ヴァンはチッと舌打ちをしながらも、ビエルの正確な判断に舌を巻いた。
あいつ、いつかやべえ事やりそうだな。
「さっきのやつ教えてやるから、死ぬなよ?」
「はい!!」
ビエルの返事を背に聞きながら、階段を一気に駆け下りていく。
降りると言うよりは落ちるに近い勢いだが、足を止めるわけにはいかない。
降りた先は、先程とは打って変わって荘厳とも言える石廊になっていた。
そこかしこに神殿のような石柱も見えるので、古代の祭儀場かなにかだったのかもしれない。
「やっと会えたな、ドラゴンさんよ」
最奥部、少し広まった祭壇前に二階建ての家程の大きさの赤竜が惰眠を貪っていた。
ゆたりと長い首を持ち上げ、やっと異分子の侵入を理解したのか……はたまた強者ゆえの余裕か。ゆるゆると立ち上がり、その巨躯を見せつけるように咆哮を上げた。
「アルティランサ!」
「
全員が示し合わせたかのように目を閉じる。
それでも視界を白く輝かせるほどの強烈な光が赤竜の目を焼いた。
しかし見えないなら面で攻撃すればいい。
赤竜は大きく息を吸い込み、火炎のブレスを放つ。
防ぐ手段が無い面々はスキルで相殺を図るが、皆の前に立ちはだかったのはガッチだった。
徒手空拳である。
「『我は太刀……断てぬ物無き太刀』!!」
斜めに構えた姿勢から右手は刀を抜くように腰の左辺りから右上に。
神速で放たれた手刀は炎を断ち割り、赤竜までの道を作った。
「【影走】」
瞬時に赤竜との距離を詰めたヴァンは、黒塗りのナイフを首元に向け一閃させる。
「取った!?」
アプリスが歓喜の声を上げかけるが、
キン――と澄んだ音とともに、ナイフは半ばから折れ、一瞬だがヴァンが顔を顰めた。
咄嗟に後方に跳び距離を開こうとしたが、死角から襲う尾に強かに打ちすえられ、吹き飛ばされてしまう。
「ヴァンヴァン!?」
「今助けます!!」
アルティランサは即座にヴァンの元に駆け寄り回復の魔法を紡ごうとしたが、視力を取り戻した赤竜はこの二人は危険、と判断したのか、先に息の根を止めるべく、大きく息を吸い込んだ。
その時だった。
リィン……リィン……と澄んだ鈴の音が響き、赤竜の気がそちらへと向く。
そこにはアンティークな手鏡を覗くアプリスの姿。
「貴女は、獣……。貴女は……私……。私は……」
鏡の自分に向け、他人に催眠術を掛けるように語り掛ける。
【特性】催眠術師……、その【特性付随スキル】の一つ。【自己暗示】
鏡をしまうと、赤竜に向けて拳を固め、腰を落とした。
そして真っ直ぐに走り出す。
襲い来る尾を潜り、跳び、身をかわす。
焦れた赤竜は火炎のブレスを吐く為に大きく息を吸った。
「私は……獣!『ホーミングボア』!!」
ホーミングボアさながらの急旋回。そして、とてつもない脚力を模倣し、赤竜の片脚に向け、床と平行になる勢いで跳躍し、激突。
更にぶつかった所を連続で削りきるかのように拳を振り上げる。
「私は獣!『ミリタリーバーズ』!!」
左右の拳による凄まじい乱打、乱打。
統制の取れたミリタリーバーズの連続攻撃の如く、目にも止まらぬ早さで同じ箇所を削り続ける。
「アプリス! 竜の首だっ!!」
堪らず体制を崩した赤竜の首元。
一箇所だけ鱗の剥がれた場所を見つけた。
「私は獣……『ペネトレーター・ラビット』っっ!!」
グッと地面を踏みしめ体制を低くする。
曲げた脚の力を推進力に。
踏みしめた床が割れ砕けるほどの衝撃を残し、きりもみ回転しながら一直線に跳躍した。
「つ、らぬ、けえええええ!!」
あまりの竜の皮膜の硬さに火花が散る。
先に力尽きたのはアプリスの方だった。
勢いが足りず回転が止まり、追撃を恐れて赤竜の首を蹴り飛ばして距離を取った。
ヴァンの近くに着地し、拳を握り直す。
まだやれる。
「私は――」
「いや、ちょい、タンマ!!」
「?」
キョロキョロと周りを確認するアプリス。
ヴァンもアルティランサも『自分じゃない』と首を振り、さらに向こうにいるガッチを見ると手を横に振り自分じゃないアピール。
「ごめんごめん、ウチウチ!」
赤竜が、ゴメンね! って感じで片手をピッと立てて謝罪していた。
『つか喋ったァ!?』
冒険者全員のツッコミの声が祭儀場に反響して、消えていった。
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