赤を絶つ 【赤】

 ボクは生まれつき頭が良い。テストはいつも満点で教科書も一回読めば大体のことは脳内にインプットされる。だから先生にはよく褒められた。けれど同級生にはどうやら嫌味に思われていたらしく、幼少期から知識の量に比例し度々嫌がらせを受けるようにもなった。


 赤く腫れ、ポタ、ポタ……したたる。


 でも親には迷惑を掛けたくないと思い、ボクは黙って日々を過ごし登校を続けた。

 ボクは一度見聞きしたことは忘れないので、授業中もノートの板書はせずその時間を使いより多くの文字を汲み取る。過去に見た漫画で、確かデスノート? に血文字で人を殺すみたいなシーンがあった。だからもし書くんなら、そんな神器を発明した時にかな、なんてふと思ったり。

 でもボクは血が嫌いだった。痛いし、痛いし。唯一の苦手。だから想像の中に留めるだけで実現まではしない。そう思うだけで、彼らとは違う超越感を得られた。

 学校なんて箱庭はいずれ離れる。だから家庭の方に拠り所を、と思ってみたらある日、頭の良いボクに両親が、将来はお医者さんになって地位を築いて、はたまた開業とかもして大金持ちになってもらって、投資した倍を還元してもらえたらと深夜に話しているのをこっそり聞いてしまった。

 あぁそうか、金の成る木でしかないのかと思ったボクは、それから一人を好むようになった。文献をひたすら読み漁り、世紀の発明に勤しむ。



 その後成人になったボクは家を出て、様々な発明機を生み出し、文字通り富を得るようになった。でも発明にしか興味が無いため、そこで得た金で遠い孤島をまるまる買い取って、一人発明を続けた。

 ボクは血が苦手で、赤色を見るだけでもう倒れそうになる。だから自らの双眸そうぼうに自ら発明したロボットを使い、色彩を欠く施術を施した。有効期間は十年。これにより、血に代表される「赤」は見えないようにした。当初は不便になるかと思ったが基本島生活だし、思った以上に支障はなかった。


 発明に勤しむ中で、やがてボクにも夢ができた。

 世界には色んな人がいる。だから価値観を共感し合える者たちだけを見つけ、集めて、ボクの発明した機体で旅がしたい。民間機なんか煩わしいから、ボクは島で設備を整えて専用機の開発を進めた。なんなら未来を見据え、地球を超え宇宙に行けるようにも、なんて。

 でも大丈夫、ボクは頭が良いから。

 一方そんな中。ひたすらに体を酷使し続けたせいか、ボクの目に弱視の兆候が見られるようになった。徐々に遠くの視界がかすんで見える。海も空も雲も、色味が薄い。視力の低下はメガネで何とでもなる。ガソリンよろしく焦る心を原動力に、ボクは急ピッチで作業を続けた。



 そして開発を開始してから十年、漸く目的のブツが完成。

 力強くエンジンをかけ、十年ぶりに島を立つ。

 そう言えばいつか見た文献に「地球は青かった」との記載があった。

 宇宙周遊可能な有人飛行機を発明したボクは思う、自らこの目で見て見たい、と。


 あ、そういえば今日だ。


 今日の午後十二時を持って、以前施術した色彩施術の効力が切れる。

 思い出した時は既に、機体は成層圏の中。

 カチッ――と、僅かに眼内で音が鳴り。


「赤」を取り戻した両眼。


 その、それから一秒と経たない間に。

 ボクは力を失った。

 それでもハンドルを握り返し、すぐさま軌道を変更する。

 確かめるように右左、上下と旋回。


 ボクは弱視ではなかった。

 それは間違いだった。


 抱いた野望は一筋の涙と共に、赤に溶ける。

 操縦レバーを限界まで引き急上昇させると、静かに。

 ボクは大気圏の外を超え、星を去った。



「地球は赤かった」



 大地を覆い尽くす炎。

 真紅に染まる大海原。

 血色に染まる、万物の生命たち。


 そこには滅びた星の、なれはてが存在していた。

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涙色オムニバス 七雨ゆう葉 @YuhaNaname

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