青に叫ぶ 【青】

 夏が来た。

 潮の香る心地良い海風に抱擁され、万華鏡をほどいて広げたかのようにきらめく水面みなもを前に、もう高揚が止まらない。

 砂浜を歩く彼と私。ずっと時間を共にしてきた。だから。彼のことは何でも、誰よりもよく知っている。

 幼馴染で良かった。

かける、どうだった期末の結果」

「いやもうわかるでしょ聞かなくたって。てか夏休み前に結果渡すの、ホント萎えるから勘弁してほしいわ」

 スポーツ万能。だけど、勉強が苦手な彼。にわかに歯噛みするその姿が微笑ましかった。

 そして、だからこそ夏休みでは恒例となった図書館での勉強。去年の夏もそうだった。

 思わず今年もと胸が躍る。でもたまには、どっちかの家に行ってやってみたりなんかもして。 

「じゃあ、夏期講習とか申し込むの?」

「え?」

あおい、またいつもみたいに教えてくれないの?」

 わかってて、あえてじゃれて見せる私。

「また頼むよ葵。追試で落ちるのはマジで嫌だからさ」

「はあ。まったくもう、しょうがないな翔は」

 偽りの嘆息を見せ一歩二歩と距離を詰める。翔はまっすぐだけど、タイミングが悪い。だったら普段から頼ってくれていいのに。なんて。自分からは言わなかった。言えなかった。それだと夏休みの楽しみが無くなるから。

 翔はいつもこうやって、話がある時は帰り際私を呼び出す。家路まで続く海沿い。コバルトブルーに広がる自然の景観を借り雰囲気でも作れば私のこと堕とせるんじゃないか、とか、とかとかそういうのを考えるとつい頬が緩む。なんて、それは考え過ぎか。

「あのさ、葵」

 内容は決まって勉強の依頼と、それか……。

 違わず浜辺を沿う二人の足跡。年も学校も、家の番地も歩調も、何もかもが一緒。

 だから翔は私を求めるわけで、私も時にあしらってみたりしつつ最終的には応える。


 幼馴染とはいえ、年頃の男女。

 夏休みを前に。

 きっと翔も、青を求めている。

「葵」

「うん」

「俺さ」


「彼女――」

「できたんだ、ついに」


 耳鳴りがした。その鳴りを海鳴りに無理くり変換し、沈殿する身を保つ。

 彼女というその単語よりも、「ついに」の方がとげとなって。

「こういうのは一番に、葵に伝えたかったから」

 優しくも鋭利な棘となって、臓を突く。

 だから、私は。

 その想いを無下にすることなく、祝福の笑顔を見せた。

「もう、翔ってば」

「靴ひもほどけてるよ、はしゃぎすぎ」

「な、別にはしゃいでなんか!」とはにかんだ声音で返す翔を他所よそに、私はその引き締まった足元に向けかがみ込み「いいから、じっとしてて」と言い手を伸ばす。

 一結び、二結び。

 った糸に合わせ心中に鎖をかけるように。

「はいっ」

 と言いつつ勢いよく立ちあがると、瞬間翔が自らのスニーカーに視線を落とし「あれ?」とこぼし、そして。


「雨、降ってる?」


 と足元を覗き込んだ。

「っ」

 その次、空に手をかざし上向き、視線を戻すあいだに。

「ごめん翔」

 私は「学校に忘れ物してきちゃった」と思い出したように下手糞な嘘を吐き捨て、翔が顔を覗こうとする手前で駆け出した。


 たがえる足音。

 バカだな……私。

 なに、やってんだろ。


 翔の呼び声を振り切り、ひた走る。

 追いかけてきて……だなんて。

 ここに来てそう思ってしまう自分が、心底憎かった。 

 彼の足音は聞こえない。でも、振り返れない。

 それでも追いかけてくるのは、いや……ずっと隣に居続けるのは、果てしなく澄み渡る笑っちゃうほどの青い空と青い海だった。

 息が切れ、足が止まる。


 幼馴染は嫌いだ。

 近すぎる分、距離も時も。駆け引きも感情も、その何もかもはかれなくなってしまうから。

 

 描いた青の終わり。

 なのに。

 どこまでも続く、青、青、青。


 私は叫んだ。


 吹き、包み、すさむ。

 するとまるでなぐさめるかのように。

 香る青嵐せいらんが涙の束をさらい。


 空の青へいざなった。

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