涙色オムニバス

七雨ゆう葉

黄色い誉 【黄】

 日曜の朝。せわしなく家事をこなしてくれる彼女の後を追うように、暖かな風と共にふわり優しい花の香りが届いた。

 心地良い目覚め。繁忙期で続く休日出勤の稼働も、終始尽くしてくれる彼女の図らいから意欲的な使命感へと変わる。

 彼女は食事の支度を終えると、少しでも部屋を晴れやかにとリビングに飾ってくれたミモザの花に、鼻歌交じりに水をやった。


 黄色は、幸せの色。


 想定通り室内は明度を増し、それでも僕にはミモザの放つ黄色よりも何よりも、陽光の眩しさよりも何よりも、彼女そのものが一番の光に思えた。

 吹き込んだ光風が白いレースのカーテンをヒラリと揺らし、その後彼女の髪をでオフホワイトのスカートをなぞると、ドレスのようにひらめいて僕の芯を打つ。

 春眠に身を委ね、もう少しその歌に寄り添いたい。

 僕は来たる未来に胸をせながら、彼女の暖かな味噌汁に舌鼓を打った。





 ステンドグラス越しに差し込む金色こんじき

 パイプオルガンと鐘のから成る美しく荘厳な音階が、場内を優しく包み込む。

 流れる入場曲からほどなくして、正装した自らの眼前を白いドレスをまとった彼女がゆっくりと近づく。


 ――思えば。


「病める時も健やかなる時も」

「常に愛し、守り、慈しみ、支え合うことを誓いますか」

「はい、誓います」

 

 ――不確かだったのかもしれない。


 互いに穏やかな笑みを交わしたのち、永遠の愛を誓い合う。

 華々しい。ヴェールを纏った美しいその横顔を見つめ、僕は二年前を懐古した。

 想起する朝の食卓、さえずりのような鼻歌。

 あれから道を違える事となったが、今思えば、彼女は示唆していたのかもしれない。

 けれでも瞑目めいもくし、僕はその真実を胸の内にしまい込んだ。だから今、僕はここに居る。


 彼女を幸せにするのは、彼。

 だがそんな彼女を、この幸せに導いたのは僕、だから。


 思う。その隠れた花言葉を知っていれば、と。

 壇上で口づけを交わす二人に喝采を送りながら。

 僕は祝福の、涙を流した。

 



 ミモザ:「密かな愛」

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