悪魔の色[KAC20247]
ガビ
悪魔の色
色欲。
七つの大罪に数えられている性的な欲望。
「三代欲求なのに罪なんて!」と反論する人がいるが、歴史上の偉人達の失敗は性が絡むことを考えると、罪という無駄に強い言葉を使いたくなる気持ちも分かる。
どんなに優秀な人間も、色欲によって失脚する。
芸能人や政治家が不倫やら性加害やらに、一部の人々は異常なまでの怒りを燃やす。
その感情に込められている正義感は、精々5%くらいだ。
残りの95%を占めるのは「羨ましい」という感覚。
「私は日々、仕事に忙殺されてセックスする暇も無いというのに、この有名人はヤリまくっていたのか‥‥‥!」
そんな、八つ当たりに近い感情に身を任せて、やらかした以上に責められる。
「結局はそういうことなんでしょ。馬鹿馬鹿しい」
「まあ、攻撃しやすいってのもあるかもねー」
大学時代からの友達である由美は、こんな愚痴にも付き合ってくれる優しい人だ。
やっと取れた半休を、どうやって過ごそうか迷った。
寝て過ごすのは危険だ。自分の人生は仕事と睡眠のみなのだと思い鬱になる。
気晴らしにレジャーをしようにも、午後から出勤しなければならない。丁度いいストレス発散方を考えた結果、友達に愚痴を聞いてもらうことに落ち着いた。
突然の呼び出しに嫌な顔1つせずに我が家にきてくれた由美に、せめてもの気持ちとして高級カステラを出す。彼女は美味しそうに食べてくれた。
担当している役者が未成年の女の子に手を出したことで、各方面に謝罪しまくるストレスを受け止めてくれる、ありがたい存在。この人がいなかったら潰れていたかもしれない。
「昨日さぁ、被害者の子に会ったんだけど、このレベルの子とヤルために、あの人は今までの努力を水の泡にしたのかって愕然としちゃったよ」
女子高生という、この世で最も強い肩書きを持つその女の子は、お世話にも美人とは言えなかった。
身長は150センチちょい。顔も、メイクや雰囲気で誤魔化しているが、えっと‥‥‥その、他の表現が思いつかないから言うけどブスだった。
あの人が共演した女優さんに、あの子より顔面偏差値が低い人はいなかったと断言できる。
しかし、胸は大きく、ありえないくらい短いスカートを履いていた。
そんなメスガキを抱いた結果、公開を2週間後に控えた、あの人が主演を務める映画がポシャった。
全員が本気で作った作品。
多くの企業がスポンサーについていた作品。
あの人が、他の仕事をセーブして集中して取り組んだ作品。
あの人も周囲も私も本気だった。
なのに‥‥‥。
「酔ってる状態で身体だけ見て暴走しちゃったんだよ。馬鹿だよあの人! ホント馬鹿!! どれだけの人に迷惑かけたと思ってる!!? 立場を考えろよ!!! あと、他人のセックスに騒いでる奴らも気持ち悪い!! そんなに気になるもんか!? どうでもいいだろそんなもん! 本当に忙しい人は芸能人がやらかしたニュースに反応しねよ!! 世の中全員馬鹿! 馬鹿!! 馬鹿!!! 馬鹿!!!! 馬鹿!!!!!」
ヒステリックに喚く私に、美優は文句言わずに3時間付き合ってくれた。
ゴミ箱に徹してくれている。本当にありがたい。
いつか、恩返ししないとな。
\
数年後。
「‥‥‥ごめんね。こんな時ばっかり頼って」
以前とは打って変わって、ボソボソ声で美優に語る。
普段の遊びの誘いは美優からがほとんどだ。私からの連絡する場合は、力を貸してほしい時だけ。
我ながら、嫌な友達だ。これじゃあ縁を切られても文句を言えない。でも、ごめんなさい。今の私には貴女しかしないの。見捨てないで見捨てないで見捨てないで。
ねぇ、美優。
私はどうしたらいい?
\
あの騒動を共に乗り越えた拓也と恋仲になるのに時間はかからなかった。
顔も嫌いではなかったし、いざという時に頼りになる彼との結婚生活は幸せだった。
そろそろ子供が欲しいねという会話をした3週間後、彼が別の女性とラブホテルに入っていくところを目撃したと、美優から言われた時は笑ってしまった。
美優も冗談を言うんだなぁと、真面目な彼女のちょっとした変化に嬉しくなったのだ。
しかし、話を聞いていくうちに、冗談にしては信憑性が高いことに気づく。
確かに、その日は出張だと言っていた。
確かに、スマホを触る時間が増えた。
確かに、夜の交流が少なくなっていた。
不安に駆られた私は、拓也に直接聞いてみた。
大丈夫。きっと私の考えすぎだ。頭のいい彼は、理路整然と納得のいく理由を話してくれるに違いない。
しかし、返っていた答えは謝罪だった。
「本当にすまない! あの子を見ていたら、このまま1人にしたら消えてなくなりそうだと思って‥‥‥。あの子は俺がついてないと駄目だんだよ」
目の前が真っ暗になり、次に私の世界に光が戻った時の光景は、心臓部に包丁が刺さった拓也の姿だった。
\
「どうもしなくていいよ。私が全部なんとかする」
私の話を聞き終えた美優は、変わらない良い笑顔で言う。
なんで、こんなに優しいんだろう。こんな私に、どうしてここまで尽くしてくれるんだろう。
思えば、愚痴を聞いてくれた時の恩も返せていない。
「な‥‥‥何か、私にできることない?」
気がつけば、美優に縋ってそう言っていた。
美優のためではない。私が楽になりたいだけだ。
「‥‥‥じゃあ、私だけを見てくれる?」
「うん。もう美優意外の人には心を開かない。貴女だけを見て生きる」
「ありがとう」
そう答えた美優の表情は、聖母のようであると同時に、妖しい色気も漂わせていた。
悪魔。
優しい美優を形容するのに最も適さない言葉を、必死に脳から追い出す。
私は美優の胸に顔を埋めた。
悪魔の色[KAC20247] ガビ @adatitosimamura
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