第2話 全盲

ハルは自分には見えない世界があることを知り、他者が見ている世界はどんなものか知りたくなって、点字を学び始めた。


講師の先生は全盲だった。

小さい頃はかろうじて見えていたが、小学校の頃から徐々に見えなくなり、全盲になったという話だった。

会場にくるにも、白杖はくじょうと呼ばれる白く長い杖をつきながら、4人のボランティアさんに付き添われて来る。


先生はとても明るくて、豪快で、いつも楽しく色々な話をしてくれた。障がいがあることを悲観的にとらえず、積極的かつ活発に外へ出ていく先生のその様子は、ハルがイメージしていた【全盲】のイメージを覆した。


「可哀想とか思われるのは違う。私にとってはこれが普通で、標準。」

「自分でできることは自分でやる。手伝ってくれるのはありがたいけど、後ろから急に声をかけられたり捕まれることは恐怖。」


堂々と小気味よく繰り出される先生のトークに、ハルはすっかり夢中になった。


講義では先生の話のあと、毎回点字を打つ練習を行った。

A4サイズの厚いクリーム色の点字盤に、厚い点字用紙を挟む。

穴が空いて破けてしまわないよう、結構な厚みがある上質紙だ。

それを金具でしっかりと固定し、一文字につき6つの穴の空いた銀色のプレート「点字器」をあてがって、小さな穴あけ器「点字ピン」で、穴が開かないように力加減をしながらひとつずつ点を打っていく。


点字の基本は、6個1組の丸で構成される。

たとえば「あ」なら右上の1つだけ、

「せ」なら右下以外の5つに穴を開けるという具合だ。

その点字盤では、文章を2行まで打てるようになっており、自分の名前にはじまり、自己紹介、指定の文章を打つ練習などを行なった。



「はい、やりなおし」


先生は容赦なく参加者にNGを出す。

みな、自分が打った面をそのままの向きで先生に差し出すからだ。

先生は目が見えないのだ。

自分が打った面ではなく、先生が触るよむのはその反対側だ。

点字を打って、盛り上がった反対側を、先生が左上から指でなぞれる状態にして渡す必要がある。

先生には、誰が来たのかは見えないから、横から自分の名前を名乗って紙を渡す必要がある。

横から紙を差し出されても、先生にはわかりずらいから、机の上に置くようにする。


ハルは、自分がまったく気付けないことが山のようにあるのだということを痛感した。



うまく長文が打てた時、紙をなぞる指をとめて「おめでとう、合格です!」と言った先生の笑顔はとても晴れやかだった。



全10回の講義の締めくくりに先生は言った。

「みなさんの日常の中にも、点字はたくさんあります。駅の構内、道路、エレベーター、公共施設。いろんなところに目を向けて生活してほしいと思います。困っている視覚障がいの方がいたら、積極的に、後ろではなく、横から声をかけてあげてください。」



先生は楽しそうに語った。

全盲の先生が見ているその世界は、ハルにとって虹色のように感じられた。



自分の見ている色が全てではない。

でも、人それぞれ、自分の標準デフォルトがあって、それはその人にしかわからない。



アラタのセリフと、先生のセリフが、ハルの中でリンクした。





end

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きみの見ている色 タカナシ トーヤ @takanashi108

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