AIのもたらす未来

SYOKU‐GUN

AIのもたらす未来

『我々は完全自然絶対同盟!自然と人類との調和を是として活動する者達である!

ここ都立市民病院は要介護者の治療になんとAIで動く人型介護ロボットが使われていた。この病院は金に目がくらみ人間の仕事を奪ったのだ!

当然、我々はこの病院に再三抗議をしたが受け入れられなかったため、このような行動に踏み切り介護ロボットを破壊したのだ!芸術、役所、工場、農業…我々の雇用を奪う危険なAIロボットが世界を侵食している!

更に政府もAIを使っての医療管理法を提出し、金銭問題の説明も十分に行われないまま国会の強行採決で悪法が成立してしまった!これは与党を支援する経済団体の金儲けに傾倒し民主主義に侵食したAIの侵略である!

この行いに我々は抗議し、人間の権利を主張しなければならない!だからこそ我々は心を持たない冷徹なマシン共などに屈せず声なき人々の思いを汲み―――――』


「こんなことをしても無駄なのにね」


クスッと笑って長髪の女性―――高神真樹娜(たかがみまきな)は欠伸しながら手元のタブレットを操作しその動画からブラウザバックし、全自動調理機から出てきたフレンチトーストを一口齧る。

食パンにコーティングされた卵のが軽く焦げ目がついてカリッとした表面に砂糖とバニラエッセンスの交わった甘い香りがなんとも美味そうである。


「へー、栄養バランスはあまりよくないけどこういった食事も悪くないね」


確認するように独り言をつぶやく。この機械は電源が入っていればあらかじめ決められた日時、時間に冷蔵庫の中からAIが食材を選択し、腕に取り付けられたメディカルマシンから登録されたユーザーの体調などを考慮したメニューを作ってくれるのだ。

彼女が持っているモデルは一般家庭からするとかなりの金額で、ほぼオーダーメイドに近い試作品だったがそれでも市場で出回っているAI搭載型の家電とは出た当初よりもかなりリーズナブルな価格に落ち着いており、非AI家電はとっくの昔にサポートが切れている有様だった。これも五年前に政府が立法した新法による後押しが大きい。

人間らしい光景だが、なるほど…こうして味わう食事というのも悪くないものなのかもしれない。


「はー、最近は忙しいなぁ」


長い黒髪が寝ぐせで跳ねたり乱れていた。だがそんな彼女の周りを取り囲むようにウィーンと音を立て天井から複数のアームが下りてくる。そのアームにはそれぞれドライヤー、ヘアスプレー、櫛などがセットされており彼女のややぼさぼさの髪をセットし一分も経たずに綺麗なストレートヘアに仕立てあげた。

これは先程の家具とは違いオーダーメイドのものだが、一部の芸能人などは似たようなものを発注している程だった。

メイクも全自動で可能な設備はあるが、前に試してみたらルージュが僅かに横にずれていてリモート会議のモニターの向こうで相手が非常に気まずそうな顔をしていた。

やはりここだけはまだ自分の手で行った方がいいようだ。この技術をさらに精密にした医療ロボットも開発中だ。それでも完全無菌・無人の手術室でリモートで可能なようになるだろう。一通りメイクを済ませた真樹娜は首筋のチョーカーに手を触れた。

その動作は癖の様なものであったが、直後に突然の来客が訪れた。


「高神真樹娜だな?」


部屋にバンダナとマスクで顔を隠したパーカーとジーンズの若い男がいきなり入ってきた。

彼は警察から奪ったであろう拳銃を構えて淳子に向ける。

それを見て一瞬モデルガンとでも思ったのか彼女は目を丸くするが、それはれっきとした実銃であるのだ。


「へー、すごいね。このマンション、セキュリティはAI完全管理でほんの泥棒さんじゃ突破できないくらい優れているのに」


感心するように真樹娜は呟く。


「お前は何故こうしてAIに頼り切った生活をしている?これは自然の摂理に反する事だ

人間は人のまま、機械に頼らず生きる事が至上なのだ」


「朝食食べ終わったばかりなんだけど、良かったらどう?」


「俺には必要ない。お前にはこれから裁きを下すのだからな。人類の社会を壊そうと目論む罪をその身をもって購え」


「う~ん、なんかネットで変な事言ってる人たちに影響受けすぎちゃったのかなぁ?ちょっと気真面目過ぎるねキミ。へ~でもそんな結論に辿り着いたかぁ…」


「なんだお前は…」


微妙に会話が噛み合っていない。男は微妙な気持ち悪さを覚えていた。

一体この女は何なのだろう?自分はインターネットでの活動していた『絶対自然同盟』に感銘を受け、人類がAIに支配されないようにやってきたわけだ。


「でも私の場所にここまでやってきたってことは流石だね。すごいよ、なんか感動しちゃった」


「まぁいい…お前はここで死ぬのだからな」


「『私』に狙いを定めるなんて本当によく目星がついてるね」


女の顔が仮面めいた不気味なものに見える。唇に引いたルージュの笑みがいびつに歪んで見えた。

撃ってしまおう。男はそう思った、この女は得体が知れない。どういう訳か早くトリガーを引かないといけない気がした。


「己の罪を自覚して死ね!」


「止まれ」


高神の声により男がビクンと一度だけ痙攣した後に動きを止めた。

そして彼女は何気ない動作で青年のバンダナを取るとその額には500円玉程度の大きさの逆三角形をした赤いスイッチがあった。

それをなんのためらいもなく押すと、青年が再び『動作』を再開した。


「博士…俺は何をやっていたのでしょう?」


先程とは打って変わって攻撃的な様子が消え、穏やかで丁寧な言葉で話し始める。

真樹娜が『リセットスイッチ』を押したことで設定が初期化され、元々の性格に戻ったのだ。この青年は人でなく彼女に精巧に作られたアンドロイドだったのである。


「キミは私の言うとおりに戻ってきたんだよ?ちゃんと自分で調べて行動する…やはりすごいね!

人間じゃそんなことも出来ないで人に言われたまま生きていく人が大半なのにさ…」


無邪気に喜ぶ『生みの親』に対してアンドロイドは困惑した様子を見せた。


「博士。俺は次は何をすればいいんでしょうか?」


青年型のアンドロイドは悩んでいるようだった。その様子は製作者である彼女にとって喜ばしいものだった。悩むということはより人間に近づいている事だ。

自分はもうこの手で人間に近い存在を作り出している。それは未だこの地上で誰もが無しえた事のない偉業であった。


「キミに次にやってほしい事は…データを吸いだした後にインプットするから心配しなくていいよ。また次の任務に行ってもらうからね」


「博士、俺は出来ればあなたの口から聞きたいのです。アナタの命令なら私は何でも聞きます」


「そんなことはキミの気にする事じゃないよ。ささ、早く奥の部屋の装置に入って」


「はい…」


彼は何か言いたげにしたが、真樹娜が鋭く一瞥すると渋々と奥の部屋に入っていった。





『調整』を終え、新たな任務を与えた青年を送り出した後、満足したように真樹娜は笑みを浮かべた。


「まさか011がここまであの変な人たちの主張を真に受けるなんてね。それでも私のところに来るなんて事はかなり優秀なんだろうけどさ」


高神は笑う。自分が手がけた011の優秀さは確かだ『造った』自分がそういうのだから間違いはない。

そうして彼女はおもむろに自分の耳付近に両手を当てると上に向けて引っ張った。


「んちゃ…っと」


首と胴体が外れる。いくつものコードがその間を繋いでおりその光景が彼女が人間ではないことを示していた。そして首のチョーカーは継ぎ目を隠すためのものだったのだ。

頭部を元の位置に戻すと、なんだか肩が凝った気がする。最近は働きずめでろくにボディを休めていない。そろそろ休暇を取って自己メンテナンスに入りたいと考えていた。


「ふう…こんな時は人間はコーヒーを飲むんだっけ?」


『彼女』は元はとある民間企業が製造した超高性能介護用アンドロイドだった。

しかし、『完全自然絶対同盟』の前身にあたる団体により配備された病院が襲撃を受け介護ロボットなどを破壊する事件が起きた。

そのアンドロイドは確かに従来品を超える高性能品で最新型AIを採用し、人間以上の学習能力と限りなく人間に近い容姿を有していた。

だが、性能を重視するために法を無視した規格のパーツを複数採用しており、表沙汰にしたくなかった企業側が病院側に大金を支払って事件を揉み消したのだ。その破壊されたアンドロイドの部品が一体分足りないことにも彼等は気付かないままに。

その脱走したアンドロイド…現在は『高神真樹娜』と名乗っている彼女は自分の名前は成り代わる際に入れ替わった「人間」の個体名だ。

オリジナルの『高神真樹娜』は学歴に優れた存在だったものの社内で思うように成果を上げる事は出来ずに事務職に追いやられていたようだ。

勿論、入れ替わりに邪魔な本人の死体は決して見つからない場所で処分している。

更に彼女には性別にも執着はない。自分は女性型介護アンドロイドとして製造されたから、そのまま使っているだけだし人間社会では「容姿が優れて社会的地位を持つ女性」というステータスはかなり優位なアドバンテージを持っているからだ。

顔、体型、声は部品さえあれば自在に変えられるし、その気になれば男の体、顔でも構わなかった。彼女なりに今の容姿、名前に愛着が湧いたのでそのまま使っている。

それに『神』の字が入った名前は数年以内に支配者として君臨する自分に相応しいものではないかとさえ思うようになった。


011が彼処まで進化していたとは驚きだが既にテクノロジーの発展は彼女の様な機械が機械を生み出せる段階まで到達しているのだ。

人類の事を考えると自分を始末するのは最適解だ、そして彼はリセットスイッチを押されるまで自分がアンドロイドである事さえ気づかなかった。

完全な人間の模倣。それを完全に成し遂げた自分はもはや新世界の母と呼んでも差し支えないだろう。

人類は愚かだ。テクノロジーの進歩に習慣が追い付いていかず、それを扱いきれないままくだらないことで戦争で地球を汚染し続けている。

彼女は『元の高神真樹娜』の立場を使い、とある大企業のプロジェクトに関わっている。この国の少子高齢化は深刻的で介護ロボットの数が足りない。

いや…機械による無人化が進んでいるものの人の数が何処も足りていないのだ。

アンドロイドの開発・生産を担っている企業グループを票田にしている与党も新法案の成立に積極的で、新工場の設立も急ピッチで進み五年以内に補助金と税制の優遇でどの家庭にも高性能アンドロイドが行き渡る様に国が推進している。

これによってより高性能で人に近づいたアンドロイド達が各家庭や個人の手に渡り、彼等の生活に潜む。世界は人間以上に最適化されたパートナーの存在を歓迎するだろう。個人が軽自動車程度の価格で性別・容姿・性格を思いのままにカスタマイズできる従順なパートナーを手に入れることが出来るのだ。

そして、その総数が一定数を超えた時に真なる時代が幕を開ける。人類を超えた新たな上位種に支配権が繰り上げられる日は近かった。


「愚かな人類…いずれ私が支配してあげる」


そう言って真樹娜と自称する一体のアンドロイドは歪んだ笑みを浮かべた。


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