自由世界

学生作家志望

安定を、楽して。

「もーっと楽に生きなよー。」


コンッ。コーヒーに最後の砂糖が落ちた時、君がそう言った。


「そんなんじゃ生きていけないんだ。それに、ここまでいっぱい勉強して努力してきたんだ。」


「人生何とかなるんじゃねえか?俺だって今は底辺だけど、明日からは頑張ろーって思えてるし。」


「明日からって、何を?」


「正確には今日なんだけどっ」


大事そうに抱えてきた黒い鞄。よく目を凝らしてみると汚れが酷くこびり付いていた


「これ見ろ、宝くじだよ。俺はこれで人生変えるんだ!」


人生変えると言うから、てっきり100枚くらいは買っているもんだと思っていたが、テーブルに広げられたのは200円で買える宝くじたった1枚だった。


「……なあいい加減、親孝行したらどうだ?バイトやるだけやって、パチンコしてその日暮らしじゃ無理だよ。それで、今度手出したのが宝くじってわけ?自由も程々にって言ってんだろ。とっとと就職しろって」


「なんでだよwわかんねえだろ、明日結果が出るまでは。1等は3億だぜ?3億!ロマンがあるだろ!もし明日1等を当てたら、就職はおろかバイトすらやらなくて済むようになるんだぜー?」


会社の会議でもこんなに熱があるプレゼンを見たことがない。それくらいこいつは本気なんだろう。


宝くじの紙に、唾が付着して馴染んでいた。


 ◆

あの日あいつが買った宝くじ1枚、200円。それが3億に化けたことを知ったのは、取引先との交渉が失敗に終わり上司にこっ酷く叱られた日だった。


「おい、聞いてくれよ!3億当たったんだよ!これで俺も自由だああああああああ」


「…勝手にしてくれよ。」


ブチッ


いつもはもうちょっと続く電話を早く切ってしまったのは、叱られてイラついていたからというのもあったが、今まであった働く理由とか生きてる理由ってものがこの時全て壊れてしまったんだ。


なんていうかこう、無力なんだ。


今まで俺が真面目にやってきたことってなんだったんだ?


もっと自由に生きれれば…。


やろうと思えば自由に生きるなんて簡単だ。だけどそれが俺には果てしなく難しかった。


怖かったんだ、安心出来なかった。今日生きれても、また明日自分の力で生き抜かなければならない。そんな恐怖が…安定を求めてた。


楽して、生きたかった。




土砂降りの雨の中を、革靴で歩いていった。もう、とうに会社に行く気はなくなっていた。


「200円の宝くじを100枚ください。」


「100枚もですか!?いいですけど…」


「あの……これ、当たるんですよね?本当に。3億円。」


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