エピローグ/赤き獅子の王

 アサドは手を伸ばすと、

 ───頭を覆っている白い被り布を取った。

 炎が燃え上がるように、赤い髪が風になびく。

 天空の如き碧眼へきがんが輝く。

 ラビン達の動きが止まった。

 黒髪が……赤髪に?

 両眼が……碧眼だと?

 まさか……こいつは?


 アサドが大きく右腕を掲げる。

 アサドの横に控えていたサウドとジャバーが、純白の旗を広げた。

 風を受けて、大旗が大きくはためいた。

「お……おおッ! あの旗は」

 ラビンらは目を見開いた。

 

 月に吼える赤き獅子


 それは──

 それは紛れもなく、アティルガン王家の旗。

 この赤髪碧眼の男はまさか

「常夜照らす…月……! そうか、そのことだったのか!」


 父の死に際の顔、が眼の裏に甦る。

 あの時、ラビンが認めることが出来なかった、満ち足りた、幸福そうな表情が。

 あの顔が何を表していたのか、あの言葉が何を意味していたのか、今こそ悟った。

 それは、死んだとされた、第一王子の名。


 ラビンはゆっくりと、片膝を着いた。

 手にした剣を静かに置き、アサドに向かって頭を垂れると、再び眼を上げ真っすぐに見つめる。

 背後の老兵達も、無言でそれに従った。

 彼らの目の前に立つこの男がいったい何者なのかを、誰もが悟った。

 まさか、まさか生きて、再会できるとは。

 皆、震えていた。

 

 アサドは、頭上の飛竜の群に向かって、言葉を投げつけた。

「義を知る者は我が旗の元に集え! 妖魔の恐怖に身を任せる者は…伝えよ!」

 左手に持った剣の鞘を払う。

「神官シダットに伝えよ! 今日この日を以て、我は王位にく」

 風を切る鋭い音と共に、アサドの手から放たれた剣は、狙い違わず飛竜の心臓を貫いた。

 慌てた大きな羽音を上げ、飛竜がいっせいに翔び散る。

 アサドは背に負った長剣を引き抜く。


 赤獅剣


 太陽の光を受け、銀月の如き光を放つ、アティルガン王家の宝剣を、彼はゆっくりと頭上に掲げた。

 ラビンの声が、平原に響く。

「我らがアル・シャルク王が帰還された!」

 兵の誰かが、我らが王アミールと呟いた。

 その声に反応するように、その言葉を復唱する者たち。

 やがてその声は熱砂を渡る熱風のように、澎湃ほうはいと広がっていった。


 我らが王!

 我らが王! 我らが王!

 我らが王! 我らが王! 我らが王!

 我らが王! 我らが王! 我らが王! 我らが王!

 我らが王! 我らが王! 我らが王! 我らが王! 我らが王!

 我らが…………

 声が地に満ちた。


 アサドが天に向かって語る。


「俺は帰る」


 力強く


「風をはらんできらめき揺蕩たゆたう…はるけき緑の草の海……我がアル・シャルクへ」


 激しく


「義を捨て忠を失い、信を捨て慈を失いし者どもに、裁きを」


 気高く


「我が父をしいし、国を奪いし簒奪者さんだつしゃどもに復讐を」


 美しく


「我が名はアサド…アサド・アハマル・アティルガン───」


 声が響く


「アル・シャルクの正統にして唯一の王なり!」




■赤き獅子のملك الأسد الأحمر王〈銀月綺譚黎明篇〉/完■

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赤き獅子の王 ~銀月綺譚黎明編~ 篁千夏 @chinatsu_takamura

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