秋の遺失物

@fukusuibon

終末の先に続く蛇足に

渦を巻いたような大雨が窓を叩く。

ただそれが本当に雨なのか。

はたまた雹なのか。

雪なのか。

それすら分からない。

僕には確認のしようがなかった。

子供の頃に、秋の暖かな風に吹かれながら

枯葉に包まれて眠った事を思い出した。

何枚かの枯葉が服の中に入り込んで、

酷く気持ちが悪かった。

しかし寝転んでしまった手前、

もう後の祭りだ。

そう思って眠り続けてしまったのを

覚えている。

君の声が遠くに聞こえた。

時計の針は深夜3時を指していた。



「君はさぁ。

こうして私と一緒に居て、本当にいい訳?」


忙しなく液晶を叩く君が

僕に視線を合わせる事は無い。

ベットの上で寝腐りながら

まるで世界の中心は私だ、

みたいな顔をしている。


いいっていうのはどういう意味だろう。

ズボンとボクサーパンツを拾い上げ

暫く逡巡した後、

どうせ意味を成さないと気が付いて

それらをまた放り投げた。

そりゃあ当然、こんな部屋に

監禁同然で閉じ込められて

生活しているのは世間一般では

いい訳がない。

しかしもしも、

僕に問いかけがなされているのなら。


「君といるここが。

僕にとっては世界の中心で。

だから僕はずっと

ここに居なくちゃならないんだ。」


歯の浮くような台詞。

きっと誰もがそう思うだろう。

だけれど生憎ここには「誰も」は

存在していなかった。

ここに居るのは歪んだ地獄を

喜んで天国だと謳ってしまうような阿呆と

ただ君だけだった。




大学へ行かなくなってもう半年が過ぎた。

世間的には僕は行方不明だとかなんだとか

そういった扱いになっているのだろう。

だけれども僕を探してくれるような人間は

身内にはいなかったし、

きっと世界中どこを探してもいないんだろう。


彼女はどうなんだろうか。と

暫く考えてみたが、

僕と半年以上もこんな破滅的な生活を

送っていたのだから考えなくても

答えは明白だった。

ずっと昔に無くし物をした時に、

遺失品の期限は3ヶ月だと聞いたことがあった。

3ヶ月もの月日を彼らはどのように過ごすのか。

そして彼らは3ヶ月後

どのようにして処分されるのか。

そして僕はそのようにして

3ヶ月の命と権利を持った彼らのことを思った。

雨はいつの間にか小雨になったらしかった。



「そろそろ行こうか。」

時刻は恐らく朝の6時を指していた。

2日間か1日半。正確には分からないが

大体それくらいの時間僕らは交わっていて、

ついさっき目が覚めたところだった。

彼女がどこか外へ向かおうとするのは

これが初めてだった。

一体どこへ向かうのか。

一体なぜ外へ出るのか。

答えは分かっているようで

全く分からなかった。

分からないフリをしていた。


「私達はさ。」


彼女は憂鬱そうに、そして妖しく。

首筋を伝っていた汗を拭った。

右手についたその汗は

部屋の僅かな光を捉えて僕の瞳に反射する。


「間違えすぎたんだよ。

世の中にはさ。

間違っちゃいけない事が一定数あって。」


彼女の右手についたその雫が


「それが、私達なんだよ。」


落ちた。






今更世界の不条理を盾に君を絆すような事は

僕にはできなかったし、

正直に言ってしたくなかった。

結局は僕は大学もきちんと卒業できずに

ただ女にうつつを抜かした

どうしようもない屑人間なのだから。


ただ、僕が間違ってしまったのは。

君の間違いを肯定してしまった事だったから。

僕はただただそれだけが悔しいと思った。

僕は君を否定できなかった。

僕は君を受け入れる事で、

僕であり続けていた。



「君が世界の中心で

良かったのかもしれない。」



最後に見た景色は笑顔の君と、

びっくりするくらいに青い空と。

フロントガラスに張り付いた

1枚のボロボロの枯葉だった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

秋の遺失物 @fukusuibon

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ