本編
本編
金毘羅さんのふもと琴平町の金倉川にかかる一之橋の上に僕は一人で立っていた。参道がすぐ近くに見える。
僕を誘った火の玉はゆらゆら揺れてやがて小さくなると消えてしまった。まっ暗闇になった橋の上には火の玉の代わりに狸が座っている。
「ようきたな、金毘羅参りに一緒に行くか?」狸は僕にそう言って尻尾を振った。僕は喋る狸を不思議にも思わず、知らずに「うん」と頷いてふらふらと狸についていく。
狸はぴょんぴょんと跳ねるように歩いては先に参道を登っていった。参道は石段になっていて左右にたくさんのお土産店や食べ物屋さんが軒を連ねている。
今は夜も遅くて人影もないのにお店だけは開いていて薄ぼんやりと明るい店内がぼうっと浮かんでいた。ゆらゆらと人ではない何かがひそひそざわざわとささやきあっているような気配だけが漂っている。
しばらくすると、どこからともなくお婆さんが二人あらわれて「子ども一人のお遍路さんや、これはえらいな、お接待せんといかんな」と僕に言う。なんでだろうと思ったら僕は狸に姿を変えられてお遍路さんの姿になっていた。
二人のお婆さんは同じ顔をしていてどうやら双子らしい。同じ顔で僕をみて同じ顔でニタニタと笑った。
「お接待するきんな、こっち来て座っとき」と双子のお婆さんが僕を手招きした。
狸は「外で待っちょる、ゆっくりしてき」と言って僕を鼻でつついて双子のお婆さんの方に押しやると参道の脇で寝転がる。
僕は仕方なく、うどんの出汁の匂いがする古くて小さなお店に一人で入った。狭い店内にはガタガタと音がなる木のテーブルが四つあった。僕は適当に椅子に座って薄汚れた壁や天井を眺めて待っていると奥から二人の話声が聞こえてきた。
「半殺しと生殺し、どっちがええやろか」
「子どもやきんな、半殺しの方がええやろ」
「ほなこれで叩くか半殺し」
「そやなこれで叩こや半殺し」
お婆さんは大きな棒を手に持って笑っている。僕は怖くて声も出せずに逃げ出した。慌てていたので椅子やテーブルのあちこちにぶつかってガタンガタンと音を立ててなぎ倒してしまう。
すると四つの木のテーブルが一斉に足踏みをしはじめた。
ガタガタガタガタ ガタガタガタガタ
まるで僕が逃げたのをお婆さんに教えているみたいだった。
僕が参道に走り出ると双子のお婆さんが店からにょきっと二つの顔を出してそれぞれに叫んでいる。
「どこ行くんな、待っちょれすぐにできるきん」
「半殺しやきんすぐできる」
僕は聞こえないふりをして走った。今振り返るとお婆さんが棒を持ってすぐ後ろにいるかもしれない。そんな気がして一所懸命に石段を駆け上った。
ここまで来るともう大丈夫だろう。僕はバクバクしている心臓を休めようとその場で座り込んだ。
石段に座り汗をぬぐうといつの間にか狸が僕を覗き込んで「なんや早いな。お接待してもろたか」と呑気に言った。
僕は半殺しにされそうだったと声を詰まらせながら言ったのに狸はケケケケと笑うだけだった。
そんな狸の態度に僕は悔しくなって立ち上がる。するとどこからか綺麗な蝶が飛んできた。蝶はそばにあった石碑の上に止まって羽を閉じる。石碑には俳句が刻まれていた。
「おんひらひら 蝶も
蝶はひらひらと舞い上がり僕の前で何度か旋回して誘うように踊る。僕は蝶のあとをついて行った。蝶は石段を先に上り書院の中に入っていく。
誰もいない書院を狸と僕はするりと通り抜けて幻の中を歩いているようだった。蝶は奥の書院までキラキラした鱗粉を残しながら飛んでいく。
その先には菖蒲の花が描かれた襖がありその上の
狸が「これはな、四百頭以上の蝶の絵が描かれとる『郡蝶図』じゃ。天保十五年に描かれたんや。今飛んできた蝶は明治時代に発見されたのに、そのうんと前の天保の時代にもうここに描かれとった。不思議やろ。こうやってたまに夜中に飛んでは誰かについていって遊んどるんや」
僕はその蝶が今にもまた飛び出してきそうだと思いながら見つめていた。すると狸がもう夜が明けるから下に戻ろうという。
僕はまだお参りができてないと言うと「朝になって目が覚めたらみんなでお参りしたらええ」と言って狸は石段を先に駆け下りた。
一緒になって駆け下りるとあの店の前で双子のお婆さんが待っていた。僕は驚いてまた逃げようとしたら「牡丹餅できたで」とお皿に乗った大きな牡丹餅を見せる。
狸が「生殺しはうどんで、半殺しは牡丹餅のことや、遠慮せんでもろときな」と笑いながらいうので僕はお皿ごと牡丹餅をもらった。
お婆さんは「牡丹餅食べたらこれも食べときな、口直しや」と刻んだ薬味のようなものもくれる。
「ミョウガ食べたら物忘れ、全部忘れて夢の中」
僕は気が付いたら旅館の布団で寝ていた。布団の横にはお遍路さんの杖がぽつんと置かれていた。
おわり
こんぴら参り「SARF×カクヨム 短編こわ~い話コンテスト」 日間田葉(ひまだ よう) @himadayo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます