本編

 ※本編(音声スポット・天保山てんぽうざんハーバービレッジの広場)


 天保山ハーバービレッジがからんだ怪談話は数多く存在している。そのいくつかをこれから語っていこうと思う。どの話も不可解な内容であるため、信じるか信じないかはあなた次第だ。

 また、怪談話というのは危険を伴うこともある。これらを聞くことによって、あなたになにかが生じたとしても、自己責任だと了承していただきたい。

 それでは、天保山奇譚のはじまりである。




 天保山奇譚 第一話


 市内の高校に通っている田口たぐち可奈かなさんは、友達ふたりと天保山ハーバービレッジに出かけたそうだ。期末試験がようやく終わった週末のことだったという。

 天保山ハーバービレッジは高台にあるため、前面のほとんどが階段上になっている。その外階段をあがると天保山ハーバービレッジの広場に着く。広場の右手側には大観覧車がそびえており、正面には天保山マーケットプレースの施設。左手側にあるM字型の特徴的な建物は海遊館かいゆうかんだ。

 田口さんたちがここにきた目的は天保山マーケットプレースでの買い物だった。服屋や雑貨屋などが数多く出店している。

 友達のOさんとYさんが、こんな話をしながら広場を進んでいく。

「お腹空いた。買い物する前になんか食べへん?」

「あんた、いつけや。最近太ってきてるで」

 田口さんはふたりの隣を歩いていたが、なぜか背後が気になって仕方なかった。誰かに見られている気がするのだ。しかし、後ろを振り返ってみても、誰もこちらを見てはない。

 勘違いかと思って前に向き直ってはみるものの、やはり誰かに見られているような気がして仕方ない。つい後ろを振り返ってしまう。

(なんやろか……)

 不思議に思いながらも歩いていると、田口さんのスマホに着電があった。相手を画面で確認すると、意味不明の文字が並んでいる。

(文字化け……?)

 相手を確認できない電話だ。田口さんは電話に出るか出ないか悩んだものの、とりあえずは出てみることにした。

 すると、誰かの声が聞こえるものの、話の内容はよくわからなかった。相手の声が小さいうえに、ときおり雑音が混じるのだ。耳を澄ませてみても、さっぱりわからない。

(誰? 全然聞こえへん……)

 一旦電話を切ろうかと考えていると、少しずつ相手の声が大きくなり、ようやくなにを話しているのかを理解した。

 しかし、その内容があまりにも不気味だったために、田口さんは急に怖くなって電話を切った。すると、なぜか切った途端に電話の内容を思いだせなくなった。

 不気味な話だったとは覚えているし、腕には鳥肌まで立っている。ところが、詳しい内容は思いだせなかった。

(なんで……)

 気味が悪くてモヤモヤとする。OさんとYさんに話を聞いてほしかったが、結局ふたりにはなにも話さなかった。どう説明すればいいのか、よくわからなかったのだ。モヤモヤしながらもふたりと買い物をして、天保山マーケットプレースをあとにした。

 しかし、今でも田口さんはそのときの電話の内容が気になっているそうだ。何度か思いだそうとはしたものの、どうしても思いだすことができなかった。

 また、思いだそうとするたびに、腕に鳥肌が立つのだという。


     (了)




 天保山奇譚 第二話


 天保山ハーバービレッジの大観覧車は六十台のゴンドラを備えている。椅子も床も透明のシースルーゴンドラや、車椅子に対応したバリアフリーゴンドラがある。

 また、夜間のライトアップは翌日の天気を知らせる役割もあった。晴れは太陽、曇りは雲、雨だと傘。鮮やかなグラフィックをLEDライトで表現する。

 五十嵐いがらし忠志ただしさんはこの大観覧車の乗降場所で一年ほど働いている。案内役として搭乗希望者を誘導する仕事だが、その業務中に不可解な経験をすることがあるそうだ。

 案内役の業務に就いてまもない頃の話だという。

 五十嵐さんはまわってきた緑色のゴンドラに、大学生らしき若いカップルを案内した。

「四名さまですね。足もとに気をつけてどうぞ」

 すると、カップルは怪訝そうな顔を五十嵐さんに向けた。

 五十嵐さんはその顔を見てハッと気がついた。相手はカップルなのだから、人数は当然ながらふたりだ。にもかかわらず、なぜか四人いると勘違いして、思わずそう案内してしまった。

 五十嵐さんは慌てて頭をさげた。

「申し訳ありません。二名さまですね、どうぞ」

 カップルは五十嵐さんを軽く睨むようにしてゴンドラに乗りこんだ。

 五十嵐さんは恐縮して、もう一度カップルに頭をさげた。

 それにしても、なぜ四人いるなどと勘違いしたのか。五十嵐さんは自分の勘違いを不思議に思いつつ、ゴンドラのドアを閉めて鍵もかけた。

 そうしてカップルを送りだそうとしたとき、五十嵐さんは「え……」と思わず呟いた。

 ゴンドラの中に誰もいなかったのだった。確かにカップルを案内したというのに、そのふたりの姿がどこにもない。ゆっくりまわっていくゴンドラは空っぽだった。

 五十嵐さんは呆然としそうになったものの、次の搭乗希望者が待っている。後ろを振り返って、案内業務に戻った。

 このような奇妙な出来事はときどきあるそうだ。五十嵐さんも他のスタッフさんも、そこにいないはずの搭乗希望者を、ついゴンドラに案内してしまうという。


     (了)




 天保山奇譚 第三話


 片岡かたおか大輝たいきさんにはSさんという彼女がいた。大学生になってからできた彼女で、つき合いはもうすぐ一年になるのだという。

 そのSさんの誕生日にサンタマリア号に乗ることになった。

「前からいっぺん乗ってみたかってん」

 誕生日ということで、乗船料金は片岡さんの奢りだった。

 サンタマリア号は天保山ハーバービレッジの波止場から出航しているクルーズ船だ。コロンブスのサンタマリア号を模しているが、大きさは二倍ほどの規模で復元されている。デイクルーズは昼間に大阪港を周遊し、トワイライトクルーズは夕刻に出港する。Sさんが希望したのはトワイライトクルーズだった。

 WEB予約をしておいたので、チケット売り場に並ばずに、サンタマリア号に乗船できた。

 サンタマリア号の船内は四階建てだ。片岡さんたちは乗船するとすぐに、四階の展望デッキまであがった。船がゆっくりと波止場から離れていく。さいわい天候にも恵まれていたため、船上から見る大阪港の夕景は綺麗だった。

 やがてサンタマリア号は帰港した。サンタマリア号からおりるとき、Sさんが首を傾げながら言った。

「ほんまに一時間も船に乗ってた? もっと短く感じてんけど」

 クルーズの所要時間は約一時間だ。実際の時間よりも短く感じたのであれば、クルーズを楽しめたということだろう。

 片岡さんたちは海遊館横の通路を抜けて、天保山マーケットプレースに移動した。目的の食事を終えて広場まで出てくると、あたりはすっかり暗くなっていた。

 そのとき、片岡さんは右手側にひとりの老婆がいるのを認めた。錆色さびいろの和服を着た老婆で、背中がひどく丸まっている。片岡さんの少し前を、右から左へ横切っていく。

 どことなく違和感のある老婆だったが、片岡さんは特に気には留めなかった。

「そろそろ帰ろか」

 片岡さんはSさんにそう告げて、最寄り駅に向かうため、暗くなった広場を歩きだした。

「船もめっちゃ楽しかったし、美味しいモンも食べれたし、今日はいい誕生日になりました」

「ああ、そう。そりゃよかった」

 広場を歩きながらそんな話をしているとき、片岡さんはまた右手側に老婆を認めた。錆色さびいろの和服を着た老婆で、背中がひどく丸まっている。片岡さんの少し前を右から左へ横切っていく。

(さっきと同じ人……?)

 片岡さんはそう思ったものの、きっと似ているだけだろうと、すぐに自分の考えを否定した。さっき右から左へ横切っていった人物が、また右から左へ横切るのはおかしい。

 ところが、ややあってまたも老婆を右手側に認めた。錆色の和服を着ており、背中がひどく丸まっている。片岡さんの少し前を、右から左へ横切っていく。

 よく似ている老婆ではなく、同じ人物に違いなかった。

 同じ老婆が何度も前を横切っていく。なにか変だ。片岡さんは薄気味悪く思いながら老婆を目で追った。

 すると、少し先まで歩いていったところで、老婆は足もとからすうっと消えたそうだ。


     (了)




 天保山奇譚 第四話


 尾崎おざき美来みくさんは六歳になる息子さんと海遊館を訪れていた。

 海遊館は世界最大級の水族館として人気を集めている。その一方で海洋生物の調査や研究を行うラボとしても名高い施設だ。

 尾崎さん親子は二時間ほどかけて館内を見学した。海遊館の目玉であるジンベエザメや、水の中に棲む他の生き物に、息子さんは満足したようすだった。特に羽ばたくように泳ぐエイがお気に入りらしかった。ぽかんと口をあけて、エイを目で追っていた。

 当初は海遊館を見学して帰る予定だったが、息子さんがレゴも見たいと言いだした。隣接する天保山マーケットプレースにレゴランドが出店している。

「じゃあ、せっかくやし、レゴランドにもいこか」

「うん、いく!」

 息子さんは飛びあがって喜んだ。

 海遊館を出た尾崎さんたちは、天保山マーケットプレースに向かって広場を歩いていた。すると、尾崎さんと手を繋いでいる息子さんが、ひとりでぶつぶつと話はじめた。

「うん、そうやな……エイ、かっこよかった。飛んでるみたいやった……足の長いあのカニ、あれ、食べられるんやろか、……クラゲがいっぱいおったで。キモいけどかわいい……」

 誰かと会話をしているような、そんな印象のある独り言だった。

 息子さんを見おろしていた尾崎さんは、ふと気がついた。地面に落ちている息子さんの影の隣に、もうひとつ影があった。息子さんと背丈が同じほどの、子供とおぼしき影だった。

 尾崎さんはいるはずないとわかりながらも、息子さんの隣に他の子供の姿をさがした。やはり子供なんていないのだが、影だけがそこにくっきりとある。

「なんやの……」

 薄気味悪さを覚えつつ影を見ていると、やがて影はだんだん薄くなっていった。最後は完全に消え失せて、息子さんの影だけになった。

 すると、息子さんはあたりをキョロキョロを見まわした。

「あれ、どこにいったん?」

 まるで誰かをさがしているような素ぶりだった。

 そのとき、いきなり尾崎さんの腰に誰かがしがみついてきた。驚いて背後を振り返ると、そこには誰の姿も認められなかった。にもかかわらず、子供が腰にしがみついているような、そんな感覚がはっきりとある。

 息子さんが尾崎さんの腰あたりを見てにっこり笑った。

「そこにいたんや」


     (了)




 さて、今回は四つの怪談話を紹介したが、これらはほんの一部にすぎない。天保山ハーバービレッジにおいては、まだまだ多くの怪談話が存在する。

 機会があればまた語ろうと思う。

 しかし、こちらが語れば、あちらも気づく。

 そうなれば、もう他人事ひとごとではなくなる。

 足を踏み入れてしまったあなたが、今度は語られる側になるかもしれない。



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天保山奇譚 烏目浩輔 @WATERES

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