色法のトロイメライ
nanana
色法のトロイメライ
今は遥か彼方、望郷の景色。
気が遠くなる程に永い年月を経て尚、その光景は鮮やかな色彩を伴って強くこの胸に遺り続けていた。色褪せること無き思い出の一つ一つを思い返しながら、小さく小さく息を吐いた。この眼に映る慣れ親しんだ世界から一切の色味が失われ二度と戻らず、やがておしなべて消え失せるのもそう遠い未来の話ではないだろう。
思えば色々あった、だなんて簡単な言葉で言い表せる程に分かり良い一生涯ではなかったという自負がある。言葉で言い表すには余りにも膨大な、数多輝く星々と比肩するほどの色めく景色の只中、他の多くの人等がそうであるように、出会いと別れを繰り返しながら…けれど見送ることの方がずっと多かった今日までを想って、ほんの少しだけ苦い笑みが溢れる。
十人十色…出会ってきた人等の中にはまるで噛み合わずひたすらに啀み合った者もあれば、深い愛情を以って連れ立った者も、勿論あった。そんな、これまでの全てが等しく幸福であったなどと嘯くつもりは毛頭ないけれど、さりとて過ぎ去ったこれまでに難色を示し、殊更不満を募らせるだけの後悔など今更持ち合わせてなどいない。ただほんの少しだけ、藍色に染め抜かれた朝待ちの夜空の様な切なさが胸中に留まるばかりだった。
淑やかな静寂の渦中、ゆらゆらと橙色に部屋を照らす暖炉の炎の渦中で薪が、爆ぜる音だけがぱちぱちと不規則に鳴っている。もう大分思い通りに動かなくなった体は重く、故にこそ心は色とりどりの鮮明な記憶を永く旅する。色感の鈍ったこの身にすら、目も眩むほど鮮烈な光を放つこれまでに想いを馳せて、今一度深く、両の眼を閉じる。
瞼の裏に広がる影色。
それすら照らす光は、鮮やかな虹色。
どこにも行けぬ体を引き摺って、最期に辿り着く終着の有彩色。
その色調は、気が遠くなるくらいに鮮やかに映え、無彩色の現実をただひたすら華やかに彩り続ける。
世界を色付けた遠方の夢想。
現実を染め上げるいつかの景色。
色法に閉じ込められた心が優然と羽ばたく、微睡のトロイメライ。
色法のトロイメライ nanana @nanahaluta
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