タンス転生
星見守灯也
タンス転生
「おまえは役に立たないからクビにする。いいな」
「なんでですか!?」
タンスは叫んだ。
タンスはタンスである。そのタンスがクビになろうとしている。
「だってなあ、鍵がかからないから金庫にもならないし。おまえ、歩くたび扉と引き出しがガタガタいうし。デカくて場所取るし重いし……」
「タンスなんてそんなもんじゃないですか。湿度調整には自信ありますよ」
「炎の魔法に弱いだろ」
「うう……」
こうしてタンスはパーティをクビになった。
とぼとぼとタンスは街を歩く。実際はガタゴトうるさい。
「うう……今生は頑張ってタンスとして生きようって思ったのに」
このタンス、異世界からの転生者である。
ああー……死んだー……と思って目覚めると、この世界でタンスになっていた。
「タンスなりに頑張ってるんだけどなあ」
彼なりに頑張っているのだが、ああ言われては手も足も出ない。(タンスだから)。
「やっぱり、タンスはタンスでしかないのかな」
タンスは郊外まで来て空を見上げ、この後どうしようかなー……と考えた。
その時だ。
「ほら、さっさと出てけ!」
見れば女性が一人、馬車から降ろされたところだった。
馬車はすぐさま街の方へと戻っていく。
女性は綺麗な格好をしていたが、慌てていたのか靴が片方なかった。
「いったい、どうしたんですか?」
「あ、タンス……さん」
女性はタンスを見て、気まずそうにした。
「ずいぶん乱暴な降ろしかたでしたね」
「それは……私が伯爵のご子息様に婚約破棄されたからでしょう」
「へえ?」
タンスはふんふんと聞く。
「私、人見知りで初めましての人と会うと緊張して上手く喋れなくなるんです。それで何度も失敗して……『伯爵夫人には向いてない』って愛想尽かされてしまいました。……昔は、それでいいよって言ってくれたんですけどね」
「え、俺と普通に喋ってません?」
「タンス見知りはしません」
「そうかー」
なるほどとタンスはうなずいた。
「でもさー、なんか悔しくない? もうメッタメタのギッタギタにしたくない?」
「したいですけど。でも、成長しない私が悪いし、性格悪いって思われたくないので……」
「そうかー」
「だけど、自分が幸せになって見返してやればいいのに、彼が痛い目見ないと幸せになれないように思ってしまうんです」
「うーん……」
その夜、伯爵の居城。
「なんだお前は!」
「見ての通りのタンスです」
「タンスだと……?」
この男が伯爵の子息とやらか。
ここまでの警備は、全て石を詰め込んだタンスの重量によって突破した。
「おおーっと! 床が滑った!」
ガツン!
タンスは自分の角を、思い切り彼の小指にぶつけた。
「……痛ってええええええええええええ!」
「申し訳ない、うっかりぶつかってしまいましたな。はっはっは」
そう言ってタンスは帰って行った。
男はまだ、小指を押さえてうめいていた。
「何だったんだあれ……」
「ほら、もう出て。タンスの肥やしになっちゃう」
彼女は笑い転げながらタンスから出てきた。
「ああ、面白かった! あいつのあんな顔!」
「それはよかった」
「ねえ、タンスは元パーティにやり返したいって思わないんですか? 付き合いますよ?」
「いや、俺、そんなに性格悪くないんで……」
タンスと彼女はもう一度笑った。
「俺はこれから旅に出る。タンスはタンス以外になれないのか、知りたいんだ」
「そう。私も家には戻れそうもないし……タンスが何になるのか見てみたいと思うの」
「いいよ。
こうしてタンスと彼女は旅に出た。
山を越え、海を渡ったタンスが何になったのか。
それはまた別の話。
タンス転生 星見守灯也 @hoshimi_motoya
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