第3話『僕の名前はランドリュー。魔術師長をしているよ』

『僕の名前はランドリュー。魔術師長をしているよ』

 

 聖女様や勇者様なんて、あんまり後先考えて動いてちゃダメなのかもしれないね。


 僕が初めて勇者様に会ったのは、キャリアーニと一緒に王宮の庭を横切っていた時だった。

 翌日に魔物討伐を控えていたから、討伐隊と段取りを相談していた帰りだったんだ。

 先遣隊の話では少し厄介な相手がいそうなので、今回は僕も同行することになった。


 僕の所属する魔術師団は、能力の高い魔術師を率いた部隊だけど、実際の討伐には、討伐隊に数人派遣する形で参加する。

 軍人のほとんどが魔法を使えるから、部隊の弱い分野や補助や回復を補填する形で参加する。

 特殊な任務の時は、一つの能力に特化している人を派遣したりもするね。


 ――この前の森の件みたいにね。


 何だか嫌な予感がして、勇者様出発を聞いてすぐ、想定できる最悪の事態に対処すべく、障壁魔法の得意な者と、転移魔法ができる者を集めて後を追った。

 勇者様の魔力は非常に高い。

 まだ魔力制御を教えたのは昨日だし、実践の戦闘なんてしたら思い切り戦っちゃうかもしれない。

 そんなことしたら、魔物どころか森が消えちゃう。

 あの森は動物が多く生息していて、それらを狙った魔物や魔獣が集まるんだ。


 動物さんたちが危ない。


 獣使いはそんなにいないから全員集合で対応したけど、あの時は本当に大変だった。

 動物さんたちを全員集合させて、片っ端から転移魔法で王宮の隣の林に送り続けた。

 転移魔法を連発できる魔術師なんて、この国には僕しかいないから、終わったと同時に倒れちゃったよ。



 聖女様を抱えてきた時もそうだったな。

 

 隣国に弾丸ダッシュをきめた勇者様を、羽交い絞めで捕らえた時。

 まさか聖女様を拾って帰ってくるとは思わなかったし、討伐隊に参加しに行った時も、海産物の輸送路作って帰ってくるとは思わなかった。


 本当に勇者様ってやつは、僕ら凡人の考えの斜め上をやってのけるよね。


 あの時は何のためらいもなく隣国に突っ込んでいく勇者様に、キャリアーニが襟首を捕まえ、僕が羽交い絞めをして何とか止めたんだ。

 こちらの国境兵は泣きそうになっていたし、あちらの国境兵は茫然としていた。


 みんなごめん。


 僕は息が切れていて話せなかったけど、この腕を放したらいろいろ終わると思ってしがみついていた。

 先に呼吸を整えたキャリアーニが勇者様にダッシュの理由を聞くと、勇者様は初めて見る、緊張した面持ちで、じっと隣国のほうへ目を離さずに口を開いた。


「一刻を争うんだよ。早くいかなきゃ手遅れになる」


 勇者様には何が見えているのか、ひどく険しい顔で国境のあちら側に広がる森を凝視していた。

 つられて僕も目を向けると、少し離れたところから殺気をわずかに感じたんだ。


 言われないと気づかなかった。

 勇者様はこの殺気を追ってきたのか?

 でも何で。


「助けなきゃ。あっちには行けないのか?」


 キャリアーニは、勇者様にすがるような目で見られて言葉を詰まらせた。


 行けるかどうかと言われたら、簡単に行けるところではない。


 現在交戦中ではないし、友好国ではあるけれど、許可もなく国境を越えられるほど打ち解けた関係ではない。

 どうしたものかと顎に手を当てるキャリアーニに、僕は異界人特例を使うことを提案した。

 キャリアーニはすぐにうなずくと、僕の通信魔法でアロイアーニに許可を取り、その様子をあちらの国境管理官に見せることで、入国をごり押しした。

 百数えるだけという条件だったが、勇者様は満面の笑みで快諾した。


「充分だ!ありがとな!」


 手を上げたかと思ったら、勇者様は文字どおり風のように去っていった。

 僕は追加で馬車の手配をしてから勇者様を追った。

 助けるというからには、誰かを連れて帰ってくるだろう。一人とも限らないし念のためにね。


 慌てて追いかけると、ほどなく勇者様は見つかった。


 賊と対峙しながら一人の女性を腕に抱いた姿で。


 展開が早すぎてついていけない。


 ええと、次はその女性を助けるってことでいいのかな。

 っていうか、その女性からとんでもない量の魔力を感じるんだけど、もしかしてその方って…?


「引けよ。あんたたちじゃ俺には勝てない。この人置いて、どっか行け」


 当然賊たちは引くことなく、勇者様に剣を向けた。


 ああ…できれば隣国で殺生はやめてくれないかな。

 僕の思いを察知したのか、キャリアーニが勇者様の肩をつかんで耳打ちをしていた。


 森を焼いてはいけませんよ、勇者様、か。


 いや、人殺しを先に止めようか、キャリアーニ。


「勇者様、なのですか?」


 勇者様の腕の中で、女性が訊ねた。


「おう。そうらしいな」


「まあ、申し遅れました。わたくし、この国の聖女でございます」


 この状況で自己紹介は、申し遅れていいと思いますよお二方。


 ああでも…やっぱりね。

 その魔力量、ほぼ間違いないと思っていたけど、あの稀代の聖女様じゃないか。


 テンションの上がった勇者様が魔力を垂れ流しちゃって、あたりにつむじ風が起き始めた。

 僕は慌てて障壁を作って被害を食い止めた。


「へえ!聖女!よろしくな。で、俺は君を助けてもいいんだよな?」


「……助けて、いただけますか…?」


 お二方はもうお互いしか見えないとばかりに見つめあうと、当然のように手を取り合った。


 僕たちのこと、見えてるかな?

 あと、賊もいるよ。口開けて見てるけど。


 いち早く我に返ったのは、仕事に気が付いた賊のリーダーだった。

 でも、もちろん僕もぼーっとしていたわけじゃなくて、即座に賊たちの足元を風魔術で縛った。

 賊たちが足を取られてよろけたところを、キャリアーニの剣が一閃。

 脚を切られた賊たちが転げる隙に、勇者様は聖女様を抱き上げた。いわゆるお姫様抱っこだ。

 赤くなる聖女様と頼もしい勇者様は、何ともできすぎなぐらい決まっていた。

 なんかあっちとこっちで違う物語が進んでたりしてないか?


「時間だ!キャリアーニ、ランドリュー!行こう!」

 

 ちゃんと時間も気にしてたんだね、勇者様。

 ちょっと見直したよ。



 さっさと国境を超えたのはきちんと百数える前で、互いの国境兵が勇者様に抱かれている聖女様の姿に騒然とした。

 隣国の国境管理官は慌てて王宮に通信を入れ、その返答にさらに顔を青くした。


 曰く、出ていきたいなら好きにさせろと第三馬鹿王子が言っているとのことだ。


 じゃあ遠慮なく。


 こちらは願ってもないけど、この国の人たちはパニックだよね。

 この後の色々はとりあえず置いといて、まずは速やかに撤収。

 僕たちは手配しておいた馬車に乗って、すたこらと王宮へ逃げ帰ったというわけさ。


 まさか馬車内で聖女様が、すっぱりと隣国の結界を解くとは思わなかったから、さすがに僕も唖然としたけど。

 良い印象のない隣国の王族たちだけど、あの時だけはかわいそうにと思っちゃったな。


 こっちもある意味、他人事じゃないけど。


 まあ、キャリアーニやアロイアーニたちが、裏で結果オーライに仕立てるだろうから、事なきを得ているってこともあるんだよね。



 毎度の事ながら、彼らの対処の速さは拍手ものだね。

 それを手回しする彼らの側近もすごいんだけど。


 今も海産物の直行輸送路に関して、商人ギルドたちと話し合いをしているアロイアーニの側近もさ。

 きっと眼鏡越しで例のブリザードレベルの威圧感を垂れ流して、商人たちを黙らせ…いや、話しをつけてくれるんだろうな。


 あいつ怖いんだよ。


 聖女様のことだって、見ようによっては聖女強奪犯って言われてもおかしくないけど、  第三王子の醜聞の件をフルにつついて恩を売り、無事聖女様をお迎えできるよう、正式な書面をもぎ取ったに至ったのは、穏やかな語り口で有無を言わせない推しの強さのある、アロイアーニのもう一人の側近のおかげ。

 

 あいつえげつないんだよ。


 僕も対外的には彼らの側近という立ち位置になるかな。

 感覚的には友人感が強いけどね。


 アロイアーニと側近二人、キャリアーニの側近の文官と、第一部隊長と僕は幼馴染でもあるから気安くもあるけど、有事の際の協力関係もちゃんとできてる。

 ほかにも数人、王子二人を囲む十名余りがいつものメンツ。

 僕らは次世代の政治中枢メンバーだけど、そこそこいい関係性だと思うんだよね。

 能力的にもバランスが取れていて、いいチームだと思う。


 今の王様もそうだけど、うちの国は王様独裁体制じゃない。

 幼いころから信頼関係を築いて実力をつけて、魔物っていう脅威と国政に立ち向かうためにチームを作り上げているって感じだ。

 権力争いがないわけではないけれど、各派閥の長がしっかり手綱を握っているので、バランスが取れている現状だ。

 常に魔物の脅威と戦う我が国ならではかもしれないね。 

 比較的平和な隣国は、前線じゃないだけ金やら権力やらに日和っちゃうのかね。

 そういえば独裁体制だったな。


 聖女様もだいぶ苦労したみたいだし。

 使用人より悪い待遇で、朝から晩まで力を使い続けてたって言うからかわいそうに。

 本当に聖女に必要なのかわからない教育もさせられたっていう話しも聞いたし。

 どんな教育だったのか、今度聞いてみたいものだね。

 なんかこう、世間知らずで純真な聖女サマってだけじゃないような気もするし。


 でも魔王討伐を前に、勇者様だけじゃなく聖女様まで協力してくれるなんて、うちの国にとっては僥倖以外の何物でもない。

 前回魔王討伐に出たのは僕らの祖父世代だけど、その被害は当時の猛者たちの半分以上を失うに上ったと聞いている。

 当時のメンバーたちから比べて、僕たちの能力が劣っているとは思わないけど、犠牲は少ないほうがいに決まっている。

 そして、勇者様と聖女様の存在は、僕たちの生存率を各段に上げてくれるだろう。

 あの善意の塊みたいな勇者様と慈悲の塊だろう聖女様を、利用するみたいになることは重々承知。


 きれいごとだけじゃあ国は回せないもんね。


 うちの王子たちはちょっと人が良すぎるから、汚れ仕事はこっちの担当ってね。

 これもヨノタメヒトノタメ。

 ああでも、あのお二方、もうちょっと行動控えめだと嬉しいかな…。

 体力控えめなんだよね、僕。

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うちの聖女様と勇者様は、今日も私たちの100歩先をひた走る 綾子 @shamonthumugi

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