第2話『私は第一王子のアロイアーニ』

『私は第一王子のアロイアーニ』



 聖女様や勇者様という方々の自己肯定力は、存在意義そのものであるのかもしれない。

 

 勇者様が魔王討伐を決めてすぐ、伝説の剣を一本持って果ての地に向かって走り出したのを、弟と魔術師長が羽交い絞めで止めたのを見届けた後、私は父王に即刻報告、今度は魔王討伐作戦の責任者として会議の席にいた。

 急の呼び出しにも拘わらず、国の重鎮たちは速やかに会議の席で積極的に案を呈し、軍勢を整えることを約束してくれた。

 魔王復活の時期であったために、事前に草案を準備しておいたのが功を奏した。

 ずらりと並んでこちらに向けられる、信頼と団結を確信できる視線に、誇らしさすら感じる。

 準備は異例の速さで進み、三日後には出立できる旨を弟と父王に伝えようとした時だった。


「なんか行かなきゃならん気がするから、行ってくるな!」


 勇者様がそんな言葉を残して、隣国との国境に突っ込んでいったという報告を受けた。


 弟は最初に出会ってから懐かれたようで、そのまま勇者様の担当に任じられてから、少しやせた。


 そんな弟が友人の魔術師長とともに、爆走した勇者様を辛くも国境手前で捕獲したとの報告を次いで受けた。

 私は思わず椅子から浮かせた腰をそっと下ろした。


 隣国とは平和協定を結んではいるが、できれば関わりたくない相手だ。

 どちらかというと強硬派で、過去に何度か小競り合いや言いがかりのような抗議を受けたりもした。

 平たく言うと気分で突っかかってくるチンピラ気質ともいえる。

 こちらは武力で大幅に勝っているので、少し脅せば逃げていくのだが、うっとおしい事には違いない。

 武力も国力もさほどないのだが、我が国をはじめ、他国もおいそれと手を出しづらい理由がある。


 稀代の聖女を擁しているのだ。


 鉄壁の結界と無尽蔵の魔力、強力な治癒魔法を操る、後世にも名を残すであろう聖女様だ。

 ほとんどこの聖女様頼みの国力だが、その効果は絶大だ。

 だが噂によると、当の聖女様は不当な扱いを受けてているとも聞く。

 まったく何を考えているのか。


 そんなに粗末に扱うなら、近隣全ての国がうちに迎えると手を上げるだろうに。




 勇者様は自由な方だ。

 我が国を甚く気に入ってくださり、魔王討伐にも前のめりで乗り気でいてくださり、ありがたい限りなのだが、行動が突発的なのだ。


 弟たちが確保したにもかかわらず、勇者様はどうしてもこの先に行きたいと聞かなかった。

 もしかしたら我々凡夫には感じられない、何かを感じたのかもしれない。


 随分と急かす勇者様に、こちらが折れた。

 急ぎ異界人特例の許可を取り、百を数える間だけでいいというので、勇者様を隣国へ送り出した。

 護衛との名目で、監視のため弟と魔術師長もともに隣国の地へと足を踏み入れた。

 すると程なく勇者様は、聖女様を抱えて帰ってきたと言うのだ。


 報告を受けた私は、思わず三度聞き返した。


 聞けば、隣国の王族にかかわる事件が発端だという。

 なぜにそんな短時間で、大問題を背負って帰ってくることができるのか。

 百数える間に、国際問題を背負って帰ってくるだと…?


 私はたっぷり百を数える間、机に伏して頭を抱えた。


 だが現実を見つめなくてはならない。


 王になろうという者、こんなことでへこたれていてどうする。

 私は隣国の王家に向けて密書をしたため、信頼のおける側近の一人に預けた。

 彼に任せれば話し合いの場をもぎ取ってくれるはずだ。

 いや、長引かせるのは悪手だ。一気に聖女の移籍の言質を取らせよう。


 そうだ。前向きに考えよう。


 勇者様は危機に瀕した女性を助けただけだ。

 そしてたまたまその人が、稀代の聖女様だっただけなのだ。

 聖女様はそのまま我が国を気に入ってくださり、移籍の意思を示した。


 これで行くか。


 我が国には現在、聖女様が不在だ。

 先代の聖女様が討伐の際の事故で亡くなってから二十年。

 聖女不在の中にも拘らず頑張ってくれていた国民も、聖女が来たとなれば喜んでくれるだろう。


 色々諸々はぼんやりさせて、もう、喜んでだけもらおう。



 かくして我が国は聖女様を迎えるに至った。


 聖女様は助けた勇者様と、受け入れ先になった我が国に感謝してくださった。

 澄んだ瞳で全幅の信頼と感謝を向けられると、それなりの下心もあるので、少々心苦しい。


「魔王ですって?…その討伐、私にも手伝わせてください!きっと役に立って見せます!」


「聖女と勇者なんて、タッグを組むに決まっているよな!」


 お二方はまるでそうであることが当たり前かのように、自分の力をふるってくれると申し出てくれた。

 己の不勉強のせいで勇者様の言葉は一部難解だが、二人は気が合っているようで、やる気もみなぎって力強く微笑みあっている。

 

 なぜだろう。

 一抹の不安を感じる。

 

 ただでさえこの三日の間に、勇者様は非常に活動的に行動していたのだ。

 

「ちょっと修行してくる!」


 起き抜けにそう言ったかと思うと、剣一本を背負って魔物討伐隊を追い抜いて現地に赴き、大技で魔物をせん滅した。

 討伐隊は剣を振るう間もなく事が済んだと報告を受けた。


 森の一角を犠牲にして。


 同行した魔術師長は何かを察知したのだろうか、王宮にいた獣使いたちを居るだけ転送魔法で派遣し、森の動物さんたちを間一髪避難。

 顛末を見届けたとともに魔術師長は倒れたという。


 無理もない。


 転送魔法は習得者が少ないうえに、常時使えるものなど片手で数えるほどだ。

 本来、入念な準備をしたうえで行うものを、突発的に連発したのだ。

 魔術師長への褒章を、父王に打診しよう。


 私は森の被害の把握と、近隣住民へのケアと、領地の一部を消し炭にしてしまった賠償、森の動物さんたちの移住先の調整に追われた。


 領主の貴族は、勇者様に悪気はなかっただろうからと、賠償を受け取らなかったので、せめて出来上がった炭を国で買い取ることで決着した。


 動物さんたちは一時王宮の庭を和ませた。


 親の見つからなかった大型ネコ科肉食獣の子が一匹、私の膝で眠っている。

 本当は森に送り出すべきなのだが、やけに懐いて離れなかったのだ。

 仕方ないなとつぶやきつつ、私はそっと口元の笑みを手で隠した。

 

 森の復帰のため、植物に明るい研究者と魔術師の部隊を結成し、昨日から派遣をしている。

 一か月ほどで復帰のめどが立つとの報告を受けて胸をなでおろした。

 我が国の研究者も技術者も非常に優秀で助けられる。

 以前から進めていた、魔物からの被害を復興するための事業が役に立った。


――中級魔物討伐時以上の被害であることは、当面非公開としよう。


 翌日、これ以上被害を広めないために、魔術師長に勇者様の指南を依頼した。

 さすが勇者様はすぐに魔力のコントロールを覚え、歩く先々でものを吹き飛ばすことはなくなった。

 ただ、ふとした気のゆるみで魔力がこぼれ出ては周囲を驚かせるのだが。

 くしゃみで空を飛んだときは、果たして共存できるのか不安になったりもしたが、魔術師長の指導でどうにかなりそうだと伝えられた。


 彼にも迷惑をかける。


「危ない!キャリアーニ!」


 さらに次の日、勇者様は今度はちゃんと段取りを整えて討伐隊に参加した。

 昨日のこともあって来られなかった魔法師団長の代わりに、弟の側近でもあり友人の、王国軍第一部隊長とともに赴いた。


 第一部隊長は若いが百戦錬磨の屈強な武人だ。

 勇者様の突発ダッシュにも対応してくれるだろう。 

 それにあの明るい性格は少し勇者様にも通じる気もする。

 気が合って、勇者様の友人になってくれればという希望もある。


 勇者様にも、弟以外に気心知れた人間が必要だろう。

 ただでさえ、魔王討伐は命を懸けた旅なのだ。

 道中、何かと相談などできる相手が、一人でも多く必要だろう。

  

 別に歯止め要員を増やそうとしたというわけではない。


 ――いや、ある。

 すまないが、腕力で止めてほしい。


 勇者様と聖女様には、できるだけ心健やかに過ごしていただきたいと思っているのだ。


 いや本当、極力心穏やかにしててほしい。

 勇者様は興奮するとその溢れる魔力を、自分を中心に強く放出させてしまう。

 聖女様は身の危険を感じると、強力な結界で自分の周りを弾き飛ばしてしまう条件反射を持っている。


 どちらも心強い力だし、自身を守る力なのだが、その際に範囲内のものを粉砕する。

 お二人によって粉砕された物品の被害額や、弾き飛ばされた人々や動物さんたちの治療費は毎日それなりの請求額が計上されている。


 毎日、なので、できれば控えてほしい。

 ――お二人には、本当に、本当に、本当にっ心健やかに過ごしていただきたいっ。


 そうして着いた魔物討伐の際、魔物に背後を取られた弟を勇者様が助けてくれた。

 大事な弟の命を救ってくださり、感謝してもしきれない。


 が、弟の背後を起点に、正確に南西に向かって、今まで見えなかった、海まで見通せる視界が開けた。

 偶々集落のかからない場所を貫いたのが幸いし、五つほど山を分断したぐらいで被害は済んだ。

 そして、私の執務室には、傾きかけの西日が照らすようになった。



 せっかくなのでもう、道路を作ろうと思う。


 来週、当該領主たちとの会議が決まった。

 弟は泣いていた。

 気に病むことなく、まずは休んでほしいと思う。この件は国益になった。

 整地作業が省かれたのだ。

 あんなまっすぐな道を作ることなど、本来、相当な時間と費用が掛かる、ほぼ不可能な事業だ。

 被害金額と比較すると、わずかに被害金額が上回る試算も出ているが、誤差の範囲内だ――と、思うことにした。


 この機に海産物の流通を増やして、収益を得よう。

 森の時は炭が残ったが、今回は残ったものといえば砂利ぐらいだったので、売れるものがない。

 砂利は道路の舗装に使うとして、その他の道路整地、舗装、およびその後の運輸、商業に関しての事業計画を立てねばならない。

 私は街の商人ギルドの長を集めるよう、側近に声をかけたのだった。

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