うちの聖女様と勇者様は、今日も私たちの100歩先をひた走る

綾子

第1話『私は、第二王子のキャリアーニです』


『私は、第二王子のキャリアーニです』



 聖女様や勇者様というのは、やはり自分を信用していないとできない職業なのかもしれません。


 聖女様は大変不遇な方でした。


 元々隣国で幼いころから聖女として働いていたのですが、その扱いは不当なものだったそうです。

 幼くして聖女として覚醒してから、大陸一、歴代一と言われながらもお役目三昧。

 聖女様が逆らわないのをいいことに、待遇も悪かったそうです。

 挙句、浮気者の婚約者であった第三王子とその愛人に嵌められ、襲われていたところを、我が国の勇者様に助けられ、そのまま勇者様が我が国に連れ帰ってきたという次第です。


 つい、今しがた。


 隣国の聖女様のお話は有名で、そんな扱いを受けるくらいなら我が国に来てくれないだろうか。

 丁重に扱い、もっと快くお力をふるっていただくのに。

 そう思っていたのはわが国だけではなかったはずです。

 聖女様はとても貴重な存在ですから、聖女様をめぐって諍いが起きぬよう、基本的にその所属は生家の国とする、という決まりがあります。

 もちろん聖女様自身の意思が最優先されますが。

 それでなくとも聖女様を失うリスクを考えると、聖女様をないがしろにするということは考えにくいのです。

 隣国の例は異例中の異例です。


 大陸で一番の領土を持ちながらも、果ての地に隣接する我が国は、果ての地からやってくる魔物との戦闘が常態化している、決して安全とはいいがたい土地でした。

 大陸の中で唯一果ての地と接しているため、他国にとっては魔物防衛の最前線であり、我が国から魔物がこぼれ出たとあっては、国際問題にもなりかねません。

 空を飛んで各国に舞い降りるものを除けば、我が国が魔物対策を一任されているといっても過言ではないのです。


 土地自体は肥沃で作物もよく育ち、海にも面していて海の幸にも恵まれてはいても、何せ魔物が多く出る。


 頻繁に出る魔物は畑を荒らし、船を襲い、人を、家畜を襲ってしまうのです。


 王立の軍隊は各地に常駐して対応するものの、魔物の出現頻度とその数は年々少しずつ増えていました。

 軍にはいつも大変な思いをさせているのに、毎度勇敢に戦ってくれる。

 我が王族一同、頭が下がるばかりです。


 自分も十八歳から騎士団の統率を任されて五年経ちますが、手練れの部隊長達にはまだまだ教わることばかりで、自分を不甲斐なく思います。

 それでも自分を立て、仲間として慕ってくれるみんなには、感謝と尊敬の念に堪えません。

 腰が低すぎるとお尻を叩かれることも多いのですが、私は心から強く誇り高く懐の深いみんなのことを尊敬しているのです。


 皮肉なことかもしれませんが、常に魔物からの脅威に瀕している我が国の国民の結束は固く、貴族は勤勉で王族への忠誠心が高く、民衆もまたたくましく、王族と貴族を信頼してくれているものが多いという、自慢の団結力なのです。

 

 我ら王族はそんな国民の期待と信頼を裏切ることのないよう、常に研鑽を積まねばなりません。

 屈強な肉体、武術、剣術、魔術、知識に政治力、私もできることはすべて尽くそうと決めています。

 国を背負って立つ両親のためにも、いずれは王になる三歳上の兄上を補佐するためにも、可愛い二人の妹たちのためにも。


 そんな我が国にとって、聖女様の到来は僥倖以外の何物でもありません。

 聖女様のお力は強力な治癒、結界、浄化です。

 しかもこの聖女様は、他国におります他の聖女様たちから比べても膨大な魔力を持つことで有名な方です。

 そんな方をぞんざいに扱っていたばかりか、害そうとするなど同じ王族として理解に苦しみます。


 隣国は魔物の脅威がほとんどなく、現れても聖女様が浄化してしまっていたそうで、鉱山の収益もあり、比較的平和で裕福な国です。

 それも聖女様の強力な結界と浄化による恩恵です。

 平穏が続くと、俗にいう平和ボケと言う状態になってしまうものなのでしょうか。

 今後我らも聖女様を擁する国となるのです。

 より一層気を引き締め、間違っても慢心することの無いよう努めなくてはいけません。


「悲しい事ですが、仕方ありません」


 国境を離れて百歩ほど歩いたところでしょうか。

 万一にも進軍を疑われぬよう、離れて用意していた馬車に聖女様を案内していた時でした。

 聖女様は勇者様に手をひかれながら、美しい涙を一筋流してそうつぶやきました。

 長い銀糸の髪が濡れた頬にかかり、見る角度によって虹色に光る銀の瞳が悲しげに揺れています。


「どうした聖女?」


「今まで私はあの国を結界で守ってまいりました。ですが私同様、かの国には私の力も不要と思われます。今しがた、国を覆う結界をすべて解いたところです」


 …………はい?

 何とおっしゃいましたか聖女様?

 難攻不落と言われたあの結界を解き、隣国の守りをゼロにしたと?

 仕事早いですね、聖女様。

 やはり長年の積もる思いがあったのでしょうか。


「うん。少しは懲らしめてやらないとな!」


 いきなり防御ゼロにされるのが、少のこらしめにあたるかは同意しかねるのですが、勇者様はそう言って聖女様の肩を叩きました。


「懲らしめる…?いいえ。そんな思いはちっとも。ですがこうも嫌う私の痕跡など、きっと見るに堪えないと思いまして。立つ鳥後濁さずともいいますし」


「君を傷つけようとした奴らの気持ちまで気遣うなんて。優しいんだな…」


 未熟者の私の考えでは及ばないのかもしれませんが、もし私が優しさとして受け取るとしたら、もうしばらく結界をキープしてほしいとか思ってしまいますが。

 聖女様の言葉も思いも、一部難解であるのは、やはり私が不勉強なせいであるのでしょう。


「今後はこちらの国に結界を張り巡らせようと思います。後ほど詳しいお話をさせていただきたいのですが」

 

 聖女様は馬車の中でそう提案してくださいました。

 もちろん断る理由はありません。

 隣国は気の毒に思いますが、聖女様を手放すとはそういうことです。

 冷たいようですが、自業自得というものです。

 今後聖女様をめぐって、隣国とは何らかのやり取りはあるでしょう。

 返せと言われる可能性もありますが、聖女様の様子を見る限り、聖女様は我が国を選んでくれそうです。

 彼の王子も、厄介払いができたというようなことを言っていました。

 理解に苦しみます。

 私も聖女様に留まっていただけるよう、この国を愛していただけるよう、尽力しましょう。

 まずは兄上と相談ですね。



 我が国の勇者様の降臨は突然でした。


 王宮の噴水が突然まばゆく光ったかと思うと、その中心に若い男性が現れたのです。

 年のころは私と同じぐらいでしょうか。黒い瞳に短く切った黒い髪の青年です。

 偶々側を歩いていた私が手を差し伸べると、彼は茫然と私の手を取りました。


「ここは…? あんたは…日本人じゃないみたいだけど言葉解る?」


 彼が立ち上がるついでのように、その身体からあふれる魔力によって噴水が粉砕され、ともに頭からずぶぬれになりました。

 使用人たちが大慌てでタオルを運び、がれき処理の指示が飛びます。


 取り乱すでもなく、只々困惑している様子を見て、肝の座っている方だなあという印象を持ちました。

 何せ会話の間中ずっと、彼はちょっと眩しいぐらいに光り続けていたからです。


「お。光ってる」


 彼の自分が光源であることへの感想はそれだけでした。

 私は若干目をそらしつつ、失礼にならない程度に顔をずらしながら彼を王宮に案内しました。

 偶々連れ立っていた旧友でもある魔術師長のサーチスキルによって、彼に敵意がない事と、膨大な魔力の持ち主であることが判ったからです。


 私たち王族や貴族には、大陸共通の古より語り継がれた絶対の義務があります。

 降臨された異界人を手厚くもてなせというものです。


 この大陸には、たびたび異界から異界人が降臨するのですが、その方々は例外なく何らかの高い能力を持つため、手厚くもてなします。

 嫌らしい話ですが、あわよくば自国でその力をふるってもらおうという打算があります。

 異界人たちがどの地で生活するかを、生涯にわたって妨げないという決まりもあるので、強制はできないのです。


 その中でも特筆した魔力を持つ者を勇者と呼び、勇者様はその証として、他の誰にも持ち上げられないという伝説の剣を所持することできるのです。

 彼はいとも容易くその剣を片手で持ち上げると、大きく振り回して見せました。

 近くにあった大きな花瓶が粉砕しましたが、とりあえず些事としておきました。


 まだ光ってますし。


 王宮の廊下においても、ただ歩くだけで所々に飾ってある花瓶や額を粉砕してしまうので、いったん止まっていただき、すべての装飾を撤去する一幕もありました。

 迅速に撤去作業をしてくれた使用人たちには、あとで差し入れを用意しましょう。

 

 そんな時です。

 果ての地から尋常ではない魔力の放出を感じたのです。

 私たち王族や貴族は一定の魔力を持っているので、その一大事に皆一斉に果ての地の方向を仰ぎ見ました。

 そこに私たちは赤黒く染まった空と、高くそびえる果ての地の山脈の噴火を確認したのです。


 それは魔王復活の知らせに他なりません。


 約百年おきに復活する魔王は、もちろん我が国の最も巨大な脅威です。

 その復活の際には、例外なくあの山が噴火するのです。

 歴史書にある通りでした。

 同様に勇者様の降臨も同時期に起きることが多いのですが、今回は魔王に先じて勇者様が降臨してくださいました。

 幸運といえるでしょう。


「噴火…?なあ、あそこは頻繁に噴火するところなのか?」


 私があの天変地異の原因を伝えると、勇者様は二つ返事で魔王討伐を快諾してくれたのです。


「勇者が魔王討伐の旅に出るのはテンプレだからな!」


 言っていることは一部難解でしたが、私の不勉強のせいでしょう。

 やる気をみなぎらせた勇者様は、いろいろと危険なので、先ほどせっかく魔術師長が教えた魔力制御をお忘れになったのか、またしても溢れさせた魔力で生け垣を一部更地にしました。


「あ、ごめん!今引っ込める!」


 勇者様は寝癖でも直すように魔力を抑えて見せました。

 いいえ気にしないでください。

 この短期間で魔力制御を習得するなんてさすが勇者様です。

 あ、まだ、光ってますけど。

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