~すべての道は竹に通ずる~

「――ぷはぁ!? ぶあ! あぶぶぼぼぼぼぼぼ……! あばー!」


 泳ぎの練習だけど!

 無理!

 泳ぐの無理!

 というか、どうやって浮かぶんですか!?

 身体って普通沈みませんか!?

 人間の比重って水より重いよね!? 重いですよね!? 軽かったら水に浮くはずなので、沈むってことは比重は重いってことですよね!

 アバターだ! Vtuberの肉体が悪い! 比重の設定が狂ってる!

 つまりボクは悪くない!

 以上、証明終わり!

 QED!

 むしろSOS!


「もう、なんで沈むのよ」


 シレーニが後ろから抱えるようにして湖岸まで引っ張り上げてくれる。足がヒレになってて不自由なのに、ほんとありがとうございます。


「はぁ、はぁ、はぁ……スタミナゲージは減らないっていうのに、酸素メーターがみるみる減っていく恐怖が怖い」


 恐怖が怖いって表現は間違っているのは分かってるけど。

 是非とも、感覚で理解して欲しい。

 危機が危なくて恐怖が怖い。

 そんな感じ。


「パクパクパクパク」


 なんかシレーニが言ってるけど、泡になって何にも分かんない。

 ふたりして空に浮いていくシャボン玉を見つめた。シレーニは首を横に振ると、まるでホフク前進するみたいにして、湖の中に帰っていく。

 アザラシを思い出した。

 ボクもまた四つん這いのまま湖の中に入って、お互いにギリギリの水面という名の境界線で話をした。


「じゃぁ、また明日ねムオン」

「まだ練習続けるの?」

「当たり前でしょ」


 泳げるようになる前に、いつか酸素メーターがゼロになって死んでしまいそうだ。

 はぁ~、とボクは湖に顔をつけてブクブクと泡を噴いた。湖の中で、ケラケラと笑うシレーニの声が響いている。

 ちょっとしたセイレーンじゃないか、とも思うけど。

 セイレーンと人魚の差が分からないので、あながち間違ってないかもしれない。


「はぁ~。とりあえず作業しよ」


 濡れそぼった身体でトボトボと拠点に戻ると、シルヴィアがミニ石器ナイフで竹の枝を落としていてくれていた。


「ただいま、シルヴィア。自主的に動いてくれてるって嬉しい。さすがAI」

「おかえりなさい、ムオンちゃん。裸の訓練、視聴者数は『うなぎのぼり』です。いろんなところがヌルヌルになってしまいますね」

「AIが下ネタを言うようになったらおしまいだと思うの」

「ユーモアは人の交流に欠かせません。また、ユーモアを話せてこそAIが感情を理解した証明と言えます」

「確かに」


 ……納得してしまった。

 そして、下ネタは全世界共通の会話ネタであることは間違いないので、わりと本当にAIに標準装備されてそうだな、とは思った。思ってしまった。


「はぁ~」


 とりあえず、焚き火に当たって適度に身体を乾かす。そういえば、過ごしやすい気温に感じてるけど、この世界に季節とかあるんだろうか?

 仮に今が春か夏くらいの季節だったとしたら、そのうち秋が来て冬になる。

 そうなると――おそらくだけど、ボクは森の中で生きていけない。木の実やらキノコやらが取れなくなるし、冷たい水の中で魚なんか取れる気がしない。

 もしかしたら湖に氷が張ったりしてしまったら、シルヴィアから魚の提供を受けることもできなくなってしまう。

 まぁ、さすがにそこまで分厚い氷なんて張らないだろうけど。

 しかし、まぁ、でも。

 冬が来る前には確実に森を脱出しないとダメだよな。


「もしくは、畑を作るか……干物を作るか……狩りが出来るようになるか」


 ――うん。

 脱出するのが一番安全で楽だと思う。

 ま、季節があるとは限らないので、今はあせらずにやりたいことをやっていこう。

 というわけで、そこそこ身体が乾いたので一応ぱんつだけ履いておく。まだ身体が濡れているからか、くるるん、とぱんつが丸まってしまう。履きにくい。

 全身がちゃんと乾いたら、ちゃんとセーラー服を着よう。

 ポイントのための視聴者サービスだ、と思えば……受け入れられないことはない。

 うん。


「よし、作業開始。まずは――」


 シルヴィアが枝を落としてくれた竹をボクの身長と同じくらいの長さに切る。

 石器斧+5で一撃だ。

 スコン、と切断すると、次は竹よりも細い木の枝を用意して、竹の節にある膜みたいにふさがっている部分に刺すようにして穴を開けていった。


「よっ……と。できた」


 完全な『筒』になった竹。

 さっそく湖にそれを刺し込むようにして、石とツタで湖岸に固定する。

 で、その筒に向かって小さめに声を出してみた。


「おーい、シレーニ」


 さて、どうだ?

 少し待てば……シレーニが湖岸に顔を見せた。


「どう? 湖の中に声が届いた?」


 こくこく、とうなづくシレーニ。


「シレーニも、そっちから話してみて」


 ボクのお願いを聞いて、早速実行してくれるシレーニ。もぐったかと思うと、すぐに筒からシレーニの声が聞こえてきた。


「どう、聞こえる?」

「聞こえる聞こえる! やった大成功だ!」

「ありがと、ムオン。そんなに私とお話がしたいなんて、もっともっと泳ぎを教えてあげるね」

「え? いや――」


 違います、と答える頃にはシレーニはバッシャンバッシャン跳ねるようにして離れて行ってしまった。

 心無しか嬉しそう。


「そういうつもりじゃなかったんですけど……」


 コミュニケーションが上手くいかない。

 まるで今までのボクのようだ。


「そりゃそうか。転生したんじゃないもんな」


 生まれ変わったとしても、同一の意識であれば、そこまで変化は起こらない。

 よく異世界転生で、どんな相手にもタメ口を叩く主人公がいるけど、なるほど納得してしまう。

 きっと、敬語が使えないロクでもない人間だったのだろう。

 見ず知らずの人に、ましてやどう見ても目上の人に初対面でタメ口が聞けるだろうか?

 あと、平気で魔物とか退治してるし、作品によっては人間も簡単に殺してる。更には、部隊を率いて戦争している作品もあるが……良心の呵責にさいなまれているような作品はごく一部だ。

 酷い物だと魔物側について人間を現代技術で虐殺しまくる漫画も読んだことがある。工具と機械があるからって、それはやっちゃダメだろう。

 さすがにドン引きした。


「ま、現実とファンタジーは違うっていうことか」


 トサツ場で働いている人間や、本物のハンターではない限り。

 現代日本人が異世界へ転生したところで、まともに戦えはしまい。

 それこそ。

 ロクでもない犯罪者じゃない限り。


「いや、言い訳か」


 ボクの情けなさを正当化しているだけのように思えた。

 魚を殺せるくせに。

 イノシシみたいな魔物は殺せない。

 それを正当化してるだけのように思えた。

 他者に強制するヴィーガンを軽蔑していたけど、今なら少し気持ちが分かってしまうかもしれない。


「……はぁ。さっさと竹で家を補強しよう」


 拠点に戻ると、ボクは竹を等間隔に切っていった。ある程度の数がそろうと、今度は竹をまっぷたつに割っていく。

 石器ナイフで端っこに切れ込みを入れ、下側を足で押さえつつ持ち上げるようにすると――


「フン!」


 綺麗に縦に裂けてくれる。

 気持ちいい!

 竹ってホント便利というか、素直というか、ありがたいというか、加工しやくって嬉しい!

 そんな風にして、竹を次々にまっぷたつにしていく。


「よし、できた」


 半月の形をした竹がいくつもできあがった。


「ふぅ。次は――っと」


 ベッドルームの屋根にしている植物を外していき、代わりに割った竹を並べていく。

 初めは丸みのある外側を上にして並べていたんだけど……


「待てよ」


 思い直して、ひっくり返す。

 内側を上にしてそれを並べていった。屋根をすべて覆うと、今度はふたつの竹の間に重ねるようにして、外側を上へ向けて竹を積んでいく。

 ようは交互に並べる感じ。横からみたら、切断面が『~』の形になっている。

 普通に並べるよりは、遥かに隙間を埋められるだろう。

 たぶん。

 あと、釘がないので出来るだけ外れないようにしたいので、噛み合わせる感じでなんとかごまかしたい。


「ふむ。この上に更に落とした竹の葉を重ねたらいい感じになりそう?」

「なりそうですね」


 シルヴィアのお墨付き。

 いや、お墨付きの価値があるのかどうかは分からないけど。とりあえず、竹の上に重ねるようにして竹の枝を葉っぱが付いたまま並べていった。


「できたー!」


 ボクのベッドルーム・バージョン2!

 っていう感じかな。


「よしよし、まだ竹は余ってるし、作りたい放題だ」


 作るぜ作るぜ~。

 というわけで、次は食器だ。

 太い竹の一節を切り出す。それをまっぷたつにするだけで、ちょっと深い長方形のお皿の完成だ。


「お皿ができた~!」


 簡単、簡単!

 同じようにして、今度は普通くらいのサイズの竹を一節取り出して、もうちょっと短めにして整えれば――


「じゃーん! コップ!」


 今まで葉っぱで作ったお鍋から直接お湯を飲んでたけど、これからはコップで飲める。

 というわけで、早速試してみよう。


「火にかけて煮沸した水を入れて……大丈夫、漏れない?」

「漏れてませんよ」


 シルヴィアチェックも通過した。

 というわけで、竹のコップでグビグビと水を飲んでみる。


「――ぷはぁ」


 うん。

 ちょっと青臭い気がしないでもないが……でも、飲みやすさは段ちがいだ。


「おぉ~。人生が豊かになるって、こういうこと?」

「違いますよ?」


 真っ向から否定された!?


「ちょっとくらい乗ってくれてもいいじゃないですか、シルヴィアさん」

「そうですか? では、乗ってみますね」

「よろしく」

「貧乏人にはおあつらえ向きの豊かさですね」

「ひっど!?」


 そういう意味のノリじゃないよぅ。


「冗談です。英語で言うとアメリカンジョークです」

「なんだそのポンコツ翻訳ソフト」


 誰だ、そんな翻訳例を入力したヤツ……というか、なんで冗談を英訳したの? 脈絡というか、会話をしてください、会話を。


「ま、いいや。次つぎ」


 ボクは竹に向き直る。半分に割った竹をもっと細かく、縦に裂くようにして割れば――串にもなった。

 いわゆる竹串。ちょっと太いけど、串ったら、串。


「うへへ」


 それを何本か作って、キノコに刺して焼いてみる。


「よしよし、すぐに燃えることがないし使えるね」


 串焼きキノコを食べる。

 うんうん、食べやすくなった気がする。

 味は変わんないけどね。

 バターとかあったらめちゃくちゃ美味しくなりそう。

 あとは食器類をいくつか作っておいた。シレーニって焼き魚とか食べるんだろうか、と思って。シレーニのための食器も用意してみたつもり。


「私のは無いのですか?」

「……もうちょっと大きくなってくれないと、伝統工芸レベルの細工だよ」


 ミニチュアのミニチュアを作る技量があれば作れそうだけど。

 しかし、残念ながらそんな細くて小さい竹なんて存在しない。あったとしても、作れる気がしないので無理だ。


「そもそもシルヴィアって物を食べられるの?」

「フリならできますよ。粘土の身体ですし」

「いや、粘土の身体で無理はしないでよ……」


 機械の身体よりは壊れそうにないけど、でもやっぱりなんか壊れそうな気がするので、食べないでください。


「もっと大きい体を用意したら、大きくなれたりするの?」

「さぁ、どうでしょう。ですが私もアバターのように活動できる良い方法があります」


 ほう。

 それができるのなら、作業効率が大幅にアップできる。

 是非とも教えて欲しいところだ。


「誰かの死体を依り代にして、身体を構築すれば――」

「却下」

「冗談ですよ。この世界にプレイヤーの死体はありません。英語で言うと、ノットゾンビ・インザワールド」

「だから、誰だよその翻訳したヤツ!」


 どうして死体をゾンビと訳した!?

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Vtuberゲームワールド転生 ~配信ポイントでスキル補正スローライフ・サバイバル~ 久我拓人 @kuga_takuto

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