~おねがいマーメイド~
大昔――江戸時代だったか、それとももっと後だったか前だったか。
とにかく、まだまだ技術が発展していない頃。
林業で活躍したのは、川だった。
というのを聞いたことがある。
単純な話、山から切り倒した木を運ぶのは超大変なので、車とか機械が無い時代は、川を利用した運んだというわけだ。
木は水に浮くから、そのまま流すように運ぶだけなので楽ちん楽ちん。
何なら、その木の上に乗っていっしょに川を下っていたそうなのだが……
「ボクは泳げないので、その方法は却下」
竹でイカダとか作ればいいかもしれないけど、それもまた時間が必要だし、イカダを作るのに竹を使用してしまっては本末転倒だ。
というわけで、ここは泳ぎの得意な者を利用するべきだ。
「シレーニ、シレーニ~」
ばっしゃんばっしゃんと竹で湖の湖面を叩く。
すると、ひょっこりと人魚のシレーニが顔を見せた。
「こっちこっち!」
ボクがぶんぶんと手を振ると、シレーニがぱくぱくと泡を吐く。シャボン玉みたいに上空に消えていくのを見送る前に、シレーニがこっちに近づいてきた。
「何か用?」
「ちょっとお願いがあるんだけど」
最近は、お互いに湖面に顔を近づけて会話をする方法を取っている。ちょっぴり音量は減っちゃうけど聞こえなくはない。
なんかちょっとキスするみたいで恥ずかしいけど。
あと、ボクは湖に落ちないように屈んでいるので、お尻を突き出したポーズになっちゃってる。どの角度から配信されてるのか分からないけど、スカートの中が丸見えになってる可能性があるので、なんかそっちも恥ずかしい。
AVtuberの称号がそれっぽくなってしまうのが恐ろしいものだ。
なんて思いつつも、ボクは湖の湖面に顔を近づけてシレーニにお願いをした。
「竹を拠点まで運んでくれない?」
「竹?」
これ、とボクは竹を見せた。
「ふ~ん。別にいいけど。どれくらい?」
「いっぱいあるよ、あっちあっち、あの辺」
あっちに集合、と声をかけて、ボクは急いで竹を切り倒した場所へ移動した。
「ムオン、おそーい」
「これでも頑張って走ってるんだけどなぁ。じゃぁボクが泳ぐから、シレーニは地上を走ってよ」
「……私が悪かったわ」
「……嫌味ったらしく言ったボクも悪い」
お互いに、ごめんなさい、しておく。
「それで、運ぶのはどれ?」
「あっちあっち、あれ」
と、ボクが切り倒した竹の方角を示すと、シレーニが大きな泡を空へと浮かべた。
たぶん、げっ、とか言ったに違いない。
「そんなに運ばないといけないの~? やだ~」
「そう言わず、お願いします。かならず、かならずや君を海まで連れていきますので。その第一歩だと思って」
「ぜったい嘘だ」
「いえいえ、拠点を盤石な物にしてから、海を探したいのです」
これは本当に嘘じゃない。
というか、拠点が整っていない間に海を探したりすると、一気に生活が破綻しそうで怖いのです。
今だけ!
今だけゆっくりとやらせて!
もうちょっとしたら、大冒険に出掛けますので。
あと少しだけお待ちください。
「あと、シレーニを運ぶ方法も必要でしょ。もしかしたら竹で何か作れるかもしれないし」
確か竹で編んだカゴとかあるよね?
ああいうのを、何か作れるかも。
というわけで――
「お願いします!」
ボクは両手を合わせてシレーニにお願いした。
そう言えば、この世界に神さまとか仏様の概念ってあるんだろうか?
宗教?
なんかそういうの。
「分かったわよ。まぁ、他にやることもないし、手伝ってあげてもいいわ」
「わーい、ありがとう!」
「ムオンも泳げるようになればいいよ。後で泳ぎ方教えてあげるわ」
「……いや、遠慮します」
「ダメ。泳ぎなさい」
「あ、はい」
NPCに怒られた……
思わず、ハイ、と返事をしてしまった。
でも、泳ぎを覚えるのは重要だよな。魔物から逃げて湖に飛び込んだ場合、シレーニがいなくなった後だと、誰も助けてくれないし。
それを考えると、泳げるようになった方がいいのは確かだ。
なんてことを考えつつ、湖の中に竹を入れていく。ある程度の竹を掴むと、シレーニはそのまま背泳ぎをするような感じで竹を拠点の方角へ運んでくれた。
それを見届けつつ、残りの竹も投げ入れていく。
最後に残った竹はせめて自分で持ち帰ろう。
というわけで、えっちらおっちら拠点まで戻った。
「はぁ~」
その頃にはすっかりと夕暮れ。
「おかえりなさい、ムオンちゃん」
「ただいま、シルヴィア」
拠点に戻ると、おかえり、と言ってもらえるのがちょっと嬉しい。
そんな気がした。
「枝の伐採、ありがとう」
「どういたしまして。私はムオンちゃんのお人形ですから」
その言い方はなんだかちょっとイヤだけど。
ここは納得して、受け入れるしかない。
あとは、湖岸に移動してシレーニが運んでくれた竹を引きずりあげる。これもまた重労働のはずだけど、スタミナゲージが減るだけでいくらでも作業を続けられるのはありがたいものだ。
まぁ、相変わらず重さを感じるけど。
その謎を解いているヒマはなく、えっさほいさと竹を引き上げて拠点へと運び込んでいった。
「はぁ~、終わった~!」
最後の竹を運ぶ頃には日も落ちてしまった。
「はい、お夕食の魚」
「ありがとう、シレーニ」
「明日から泳ぎの練習ね」
「う……はい、がんばります」
作業時間が削られるけど……ま、いっか。
泳ぐのも大事だしね。
なんにしても、本日の作業は終了。あとは夕飯を食べて、眠るのみだ。
「そういえば竹でごはんを炊く方法もあったよね。竹の中に水とお米を入れて火にかけるだけで炊けるやつ。問題は何でフタをするか、だけど」
「お米を手に入れてから考えるべきでは?」
「確かに」
なんて会話をしつつ、焼き魚を食べて眠りにつく。
「んふふ~」
ちょっと広くなって、壁もある立派なベッドルームになったので、寝心地は良くなった。
でもでも。
やっぱり布団には遠く及ばない状態だ。
枯れ葉とか葉っぱで一応のクッションにはなっているんだけど、やっぱり硬い。
「これもなんとかしたいな~」
綿?
綿花から取れるんだっけ?
それもまた大変そうだ。大量に栽培とかしないと、布団分くらいにはならないだろうし。
「まだまだ快適には程遠い」
でも。
どこかそれが楽しいような気がした。
足りないからこそ、目標がある。
無いからこそ、欲しいのではなく作りたくなる。
以前のボクには、考えられなかった状況だ。
明日は何をしようか、なんて。ゲーム内容以外で考えたこともなかった。もちろん、ゲームだってワクワクした。あのイベントを進めようか、それとも新しく行ける場所を増やそうか。
なんて。
いろいろ考えたりしたけれど。
今はそれより出来ることは少なくなっている。
なのに、今の方が楽しいなんて。
「ニヤニヤしてますよ、ムオンちゃん」
「うわぁ!?」
シルヴィアに見られていた。
「火の番をしてくれるんじゃなかったの?」
「火も見ますが、ムオンちゃんの寝顔も見たいではないですか。大いびきをかいていたりしたら、視聴者数に影響します」
それは、確かにそうかも。
「プライベートルームに設定すれば、そんな問題も無くなりますよ」
「あぁ~、そんなのもあったね」
でも、その時間は配信が切れちゃうんだから損してしまう感じがするんだよなぁ。
「ま、見られて困るのならあんなことやっちゃわないし」
「ひとりえっちですね」
「言わないでください」
「次にやる時はお手伝いしましょうか」
「いらないよっ!」
と、ボクは全力で否定したものの――
「ん? 手伝う……?」
いや、なにをどうやって!?
え、どういうことですかシルヴィアさん!?
「……」
気になるけど、聞いたら絶対になんか言われちゃう。
うわーん、でも気になる~!
シルヴィアと、そのぉ……できるの?
でも、粘土だし!
粘土で作られた人形だし!?
いったいどうやって!?
という感じでひとりで悶々と悩んでいる内に眠ってしまったらしく、気が付いたら朝だった。
「おはようございます、ムオンちゃん」
「んあ……おはようシルヴィア……ふあ~あ~」
恒例となっている昨日の配信ポイント通知ウィンドウを突き抜けるようにしてシルヴィアがボクの顔の上に乗ってきた。
猫を飼ってたらこんな気分を味わえたのだろうか。
あくびをしつつ、ウィンドウを消してシルヴィアをおろす。
「いま、何ポイントもらえてたっけ」
すっかり流れ作業になってしまっており、ポイントのチェックを忘れた。念のためにスキルウィンドウを開いてポイントをチェックしておく。
「5万980ポイントだから……1万ポイントくらいもらえたのか」
ものすごい余裕が出てきたけど。他のプレイヤーはもっともらってるのかもしれないなぁ。
ボクは地味な作業ばっかりしているし、ようやく探索に出掛けたと思ったら竹を切って運んだだけ。
きっと、冒険者みたいに魔物を倒すプレイヤーとか人気になってるんだろう。もしくは、もともと人気の企業勢の人たち。
歌ってみた、とかこの状態でもやろうと思えばできるものねぇ。
そういう意味では、【歌手】とか【歌い手】とか【吟遊詩人】みたいなスキルはあるのかもしれない。吟遊詩人はちょっと違うか。
歌は自信がないので、ボクにはマネできそうにもない。
まぁ、家をリフォームするような配信とか、キャンプとか、一応は人気があったけど。
でもそれって編集して見やすくしたものだ。
ボクみたいに一日をずっと垂れ流しにしていて、登録者人数とかが増えるとは思えない。
「……この【配信者】スキルをレベルあげれば『切り抜き動画』とか勝手に編集してくれて、アップロードしてくれたりしないかな」
AIがやってくれたり……と、シルヴィアを見る。
「なんですか?」
「いや、なんでもないです」
そんな都合良くは……無理か。
「いいや。いつか街とかに付いた時に、このポイントで思いっきり美味しいごはんを食べる!」
それはさておき。
湖岸に移動して顔を洗う。ぷはぁ、とさっぱりしたらシレーニが顔を見せた。
「おはようシレーニ」
「おはようムオン。今日から泳ぎの練習ね」
「うっ」
NPCでも、約束は容赦なく覚えているらしい。
いや、当たり前か。AIだからこそ、交わした約束は忘れない。
NPCにはみんなAIが搭載されているらしいので、本物の人間と同じような感じになっているのかもしれない。
まぁ、シレーニは人魚だけど。
でももしかしたら、NPCとプレイヤーの違いが分からない時があるかもしれない。
または――
「NPCのフリもできるか」
他のプレイヤーを見てみない限り、なんとも言えないけど。
ゲームみたいに、頭の上にプレイヤー名でも浮かんでいるのだろうか。
そう思って上を見上げてみるけど、空ばかりで何も見えなかった。
「フン」
自分の行為を鼻で笑いつつ、シレーニからもらった魚を焼いて食べる。
あとはキノコも焼いて食べてみた。
今まで魚と木の実だけの生活だったので、新しい味が加わるのは素直に嬉しい。
「でもやっぱり塩が欲しいなぁ~」
クルミも石で何度も叩いて割ってみて食べたけど……やっぱり塩味が欲しくなる。
やはり海に行くのは必須だ。
シレーニを送り届ける、というクエストだけでなく。
切実に、塩が欲しい!
「今は辛い種で我慢か~」
ちょっぴり唇をヒリヒリさせながら魚とキノコを食べ終わり、ボクは約束通り泳ぎの練習をすることにした。
「つまり、全裸ですね」
「なんでシルヴィアが嬉しそうなのさ」
服を脱ぎつつ、嬉しそうに見学する気まんまんのAIを見た。
「視聴者の気持ちを代弁しているに過ぎません」
「ホントに?」
「全裸タイムだー、とコメント欄が盛り上がっています」
「……それを聞くと、脱ぎたくなくなったんだけど?」
脱いだ服で身体を隠すボク。
なんかこのポーズ、本格的に女の子になった気分だ。
「あらら。ムオンちゃんが裸を隠すから文句がいっぱい書き込まれるじゃないですか。このままではコメント欄が荒れますよ?」
「それボクが悪いの?」
「いえ、余計なこと言うなAI、という文句で溢れています」
シルヴィアへの文句かよ!
見損なったぞ、諸君!
シルヴィアに文句を言っていいのはボクだけだ!
「それはシルヴィアが可哀想だ」
倫理はどうした倫理は!
道徳も大事だぞ!
とは言いたいけど、ゲーム世界に閉じ込められたボクを見物しているようなヤツは倫理観も道徳観も持ってないだろ、ぜったい。
「はぁ~、脱ぎまーす。全裸でーす。見てってくださーい」
仕方がない。
ボクは服を全て脱ぎ捨てて。
湖に向かうのだった。
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