株式と色
武州人也
とある投資家の話
酒場で知り合った岡崎さんって人と話しててさ、まぁ、白い髭蓄えた老紳士って感じの人で、いつ頃からかよく話すようになったのよ。で、あるときいつもの酒場で「お仕事何されてるんですか」って聞いたら、
「いやー、実は前まで商社勤めてたんだけど早期退職しちゃって、今は家でゴロゴロしながら株式投資やってるよ。子どもは独り立ちしてるし、蓄えはあるからあくせく働かなくてもいいかなって」
って言ったのね。早期退職って、そりゃ羨ましいよね。僕なんか出世ルートから外れて、十歳年下の上司に平身低頭してる窓際社員なんだからさ。確かに岡崎さん、穏やかでのほほんとした人だから、浮世の喧騒と無縁そうな人だったんだよね。
「あれですか? FIRE民(※経済的独立と早期退職を達成した人をこう呼ぶ)ってやつですか?」
「辞めたのが五十五のときだから、そこまで早期退職って感じじゃないけど……まぁ今は六十五歳定年制のところも多いし、確かに早期かもね」
「へぇ~いいですね。お金は株で稼いでるって感じですか?」
「まぁそうなるね。僕の主戦場は米国株だけど」
「俺も米国株やってます。でもなかなか儲からなくて……この間も含み損に我慢できなくて下落中の海運売ったらその直後にグングン上がっちゃったんですよ……才能ないなぁって思いましたね。どうやって勝ってるんです?」
「勝ち方ねぇ……こういうのはちょっとズルいのかもしれないけど、でも法律に引っかかってるわけじゃないしなぁ……」
「ズル……とは?」
「実は私ね、超能力……みたいなのが使えるんだよ」
いきなり超能力なんて言いだすもんだから、当然冗談だと思うよな? 「この人、こっちをからかってるのか?」って思ったよ。
「超能力……?」
「うーん、そうとしか言えないんだけどね。ネット証券の米国株取引のアプリわかる?」
「あれですか? JBI証券のですか?」
「そうそうそれそれ。そのアプリでとかお気に入り登録してる銘柄とか保有してる銘柄とか見てるとさ……なんか文字の色が変わるんだよね。赤くなったり青くなったり、ときには金色になったり……最初は何がなんだかわかんなかったんだけどね、だんだんわかってきたんだよ……赤くなってたらもうすぐ天井、下がってる株で青いのはすぐ反発する、金色はしばらく上がり続ける、紫色はしばらくヨコヨコ、みたいな……」
淡々と話す岡崎さんに、僕はすっかり引き込まれちゃったね。超能力とか信じてるわけじゃないけどさ、だからこそ、面白い話だなぁって思ったんだよ。
「それじゃあ……僕の保有株どう見えます?」
そう言って、僕はJBI証券の米国株アプリ開いて、自分の保有株を見せたのね。そしたら、
「全体的には今すぐ売らなきゃいけないのはないけど……この一番上だけすんごい真っ赤っかだね。三日後の寄りつきに最高値つけてそこから反落するから、開場前に成り行き売り入れといた方がいいかな」
って言ったのよ。で、結局、岡崎さんと話したのはその日が最後になっちゃった。
なんでかって? 捕まったんだよ岡崎さん。不動産投資詐欺だって。商社辞めてFIREしてるとかも全部ウソで、実際には詐欺師だったのよ。そんなことがあったから、当然酒場にも来なくなって、もうその日から会ってないんよね。
でも……不思議なんだよ。岡崎さん、投資詐欺なんてやらなくても、普通に株取引してるだけで金持ちになれるはずなのに。だって岡崎さんの超能力、ホンモノだったんだよ。売れって言ってた株、岡崎さんの言った通りに売ったらそこが見事に天井でさ、今でもズルズル下落し続けてるんよね。僕、岡崎さんに助けられたんだよ。
超能力がホンモノなんだから、犯罪なんてする必要なかったのに、なんでなんだろうなぁ……
株式と色 武州人也 @hagachi-hm
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