Re:生まれ変わった背中で、私達は大罪を背負う

七四六明

Re:生まれ変わった背中で、私達は大罪を背負う

 かつて世界は魔王が支配していた。

 神は魔王を倒すべく、異世界から英雄を召喚し、魔王を倒した。

 だが英雄は魔王を倒した仲間達と共に、新たな世界の支配者となった。


 彼らを打倒すべく、神は新たな転生者達を世界に招いたが、英雄を倒せる者は現れず、世界は転生者の蔓延る混沌と化した。


 その中の一人が、彼女だった。

 光を知らぬまま前世を生きて、死んで転生してわずかな間だけ光を知り、神の招いた因果によって再び光を奪われた。

 彼女の怒りは英雄達を殺し、世界に蔓延る混沌を殺し、遂には世界の支配者たる英雄をも、自分達を連れて来た神をも殺した。


 一行の名は、七つの大罪。

 現在彼らの作った国が、世界の中心となっていた。


「まんまぁ」

「ん……ん……」

「まんま」

「……何だ、天使か」

「まんまぁ」


 暴力的な天使はペチペチと頭を叩く。

 眠っていた大罪人は寝ぼけまなこを擦り、目の前の天使を抱き上げて起きる。


「どうした、私の天使。お腹が空いたのか? 随分と早起きじゃないか」

「あいぃ」


 七つの大罪筆頭、憤怒の大罪つみ。アン・サタナエル。

 現在、森の中にひっそりと建つ家にて隠居中。


 愛する天使の名はアンジェラ。アンの産んだ子で、女の子だ。


「そうか……でも母さんもな、眠いんだよ……だからもう少し寝かせてはくれないか」

「まんまぁ」

「うぅん。仕方ない」


 アンジェラを抱き抱えて、寝室のある三階からキッチンのある一階へ。

 降りて行くと、キッチンには既に利用者がいた。


「あ、おはようございます。アン様」


 七つの大罪、暴食の大罪つみ。エリアス・エクロン。

 この世界でも珍しい人型のスライム。アンに買われた元奴隷は、今やこの家の家政婦として働き、共に生活を過ごしている。


「エリアスか。うん、おはよう」

「えぃぃ」

「おはようございます、アンジェラ様。朝食になさいますか?」

「……私はいい。アンジェラに何か喰わせてやってくれ」

「アン様、昨日もほとんど食べておられませんでしたよね。スープを作ったので、それだけでも食べて下さい」

「では、そうしようか」


 未だ、スープという料理は面白く見える。

 煮込む具材によって、こうも色を変えるとは。


 前世では一度も光を得られず、転生した世界でもすぐさま光を奪われ、英雄を倒した死後蘇生されてようやく光を手に入れたアンは、毎日の食事の色と言うのに感動していた。

 特にスープと言うのは、透明だと思っていれば若干白かったり、黄色い濁りみたいなのは鶏の旨味だったりと、不思議に感じてならない。


 目が見えなかった頃はただの液体として飲んでいたが、こんなにもたくさんの具材が入って、色鮮やかなものだったとは思わなかった。


「アン様、もしかしてお加減が優れませんか?」

「いや。相変わらず、おまえは美味い物を作ってくれるなと、感動していただけだ」

「アン様……!」


 エリアスが感動していると、入り口の扉が壊される。

 騒がしいと思って振り返ると、女性が大きな獲物を入り口につっかえさせて、中途半端に入れずにいた。


「アン姉様ぁ! こんなに大きな獲物を捕まえましたのに、ごめんなさい! 扉を壊してしまいましたぁ!」


 七つの大罪。嫉妬の大罪つみ、アドレー・リヴァイア。

 英雄の一人によって作られた、悪魔のホムンクルス。

 アンによって解放されてから実の姉のように慕い、アンも実の妹のように可愛がってきた。現在はアンの家で居候しており、食べ物を持って来るのが役目だ。


「今日の獲物は大きいな、アドレー。その手に持っているものは、トマトか?」

「はい! ベンジャミンさんがくれたんです!」

「そうか」


 七つの大罪。傲慢の大罪つみ、ベンジャミン・プライド。

 アンが最初に仲間にした聖人殺しの異名を持つ狼の獣人で、アン達が作った国の王の息子。何だかんだで王子となってしまったが、農業や酪農と言った王国の食糧事情に関わる仕事をしている。


「にしても、狼が育てたトマトか……この赤は血の色か?」

「トマトはトマトですよ、アン姉様」

「私からしてみれば不思議なんだよ。目が見えない頃から、赤は血の色という印象だったのに、血の赤とトマトの赤はこんなにも違う。おまえが持って来てくれた獲物の肉の色も、同じ赤だが少し違う。同じ名でも、こうも違うものかと、毎度思わされるんだよ」

「私からしてみれば、赤はアン姉様の色です!」

「そうか。私の髪も赤か。なるほどそう聞くと、より不思議に感じられる。赤と一口に言ってもこれだけ違いがあるのだから、目が見えると言うのは、面白いものだな」

「まんまぁ」

「……そうだな。おまえも赤だ」


 我が子のふさふさした赤い髪を撫でる。

 抱き上げると嬉しそうにキャッキャと喜び、笑う姿はまさに天使。と、持ち上げた瞬間にフラついた。咄嗟に飛び出したアドレーが受け止め、アンもアンジェラを護ろうと胸に抱き寄せて、誰も怪我はしなかったが、アンの顔色は真っ青だった。


「アドレー様! グレイ様を呼んで来て下さい、早く!」

「は、はい!」


 大罪王国、デッドリィ・シンズ。

 七つの大罪と共に英雄を倒した軍が、周囲の人々や村を取り込んで形成された国だ。

 国には傲慢以外にも、二人の大罪が住んでいた。


 七つの大罪。怠惰の大罪つみ、グレイ・フィルゴール。

 鬼族オーガの破戒僧で、今と過去と未来の三つを同時に見る三つ目の持ち主でもある。

 頭の回転が早く、現在は国の宰相を務めている。


「では、そのように」

「怠惰の大罪つみが、豪く忙しそうね。アンの言ってた通り、老けるわよ? グレイ」

「シャルティ殿」


 七つの大罪。貪欲の大罪つみ、シャルティ・アモン。

 元戦争孤児の龍人族ドラゴンメイド。貴族の生まれらしいが、そんな品格は感じさせないくらいにたくましい性格をしており、男勝りな部分は否めない。

 現在は自衛軍所属の夫を持ち、二人の子供の母である。


「何か拙僧に用件でも?」

「用があったのは夫。帰りに挨拶しようと思ってね。最近はどう? 国は安泰?」

「それは貴方様の家庭次第では? 国の内側は安泰故、そのまま三人目でも――」

「今の、アンの言葉を借りるならセクハラ発現よ。気を付けなさい。でも意味深な発現ね? 国の安泰って。じゃあ外は?」

「……アン様を打ち倒し、新たなる世界の支配者にならんとする者が、現れ始めております」

「魔王を倒しても、魔剣帝を倒しても、戦いは終わらないのね……」

「グレイ様ぁ! あ、シャルティ姉様も!」

「おや、アドレー殿。どうかなさいましたか?」


 同時刻。国境正門前。

 川で養殖していた大量の魚を乗せた二台を若手に運ばせ、ベンジャミンが帰って来ていた。


 だがそこへ、一頭の虎――背中に二本の腕を生やした異形の虎が走って来る。

 二台を引く若者らが恐れ、恐怖で尻尾を巻いて逃げようとした時、先頭を歩いていたベンジャミンが、虎の前に立ちはだかった。


「そんなに慌ててどうした! 何事だ?!」

「――ベンジャミン様!」


 巨大な虎から、颯爽と女性が飛び降りて来る。

 虎は一瞬で縮むと猫の姿となり、女性の肩に乗った。


 七つの大罪。色欲の大罪つみ、ラスト・コール。

 霊に取り憑かれる死霊憑きという特異体質の持ち主であり、元奴隷だったところをアンが強奪し、仲間にした女性だ。

 現在は自らの見聞を広げるため、旅に出ていたはずだが。


「コール! 感動の再会と行きてぇとこだが、喜んでばかりでもいられねぇみたいだな。どうした、そんなに慌てて」

「アン様は、今どちらに?!」

「家にいると思うが?」

「アン様を討伐せんと、転生者を雇った国がすぐ近くまで――!」


 その先は言わせまいとして起こった爆発は、国の側に広がる森に火を放った。

 森の中には、アン達が住まう家がある。人払いの結界も、今ので壊れてしまったかもしれない。


「コール! てめぇは今の話を、グレイのとこに持っていけ! おまえらは国の防衛に備えろ! 俺は先に行く!」


 皮肉かな。

 赤い話をしていたら嫌な赤が飛んで来た。

 敵意と言う赤だ。殺戮の色。燃え上がる炎の色。そして、アン自身が備える力の色。


「アン様!」

「大丈夫だ」


 空元気なのは見え透いているだろう。

 どうも最近調子が悪い。

 が、そんなのは言い訳にもなりはしない。敵の狙いは、森に火を放った時点でわかってる――自分だ。

 泣きじゃくる我が子をエリアスへと託す。


「エリアス。アンジェラを頼む」

「まんまぁ! まんまぁ!」

「大丈夫だアンジェラ。昔から、母は強いと相場が決まっている」


 炎上と氷血。二つの赤を背中に宿して、母は窓から飛び立つ。

 敵の魔力を見つけて翼を更に広げ、飛翔。先行部隊と思しき敵影が槍を向けて来ると、彼らの意識が追い付くより先に彼らの五体を焼き尽くした。


 周囲に気を配ると、いるわいるわ敵の数。

 数えていないので総数は知らないが、アンの沸点がみるみる下がって、アンの大罪が露になっていく。


「何処の誰だ。我が逆鱗に触れる命知らずは……!」

「おまえがアン・サタナエルか」


 敵の中でも主力と思しき三人が現れる。

 なかなかにいい魔力を持っているようだが、しかし。


「転生者か。私を此の世に招いた神は、私が殺したはずだが」

「へえ、その話マジなんだ。あんた、神様達から敵認定されてるぜ? だからあんたを倒すべく、俺達みたいのがまた呼ばれてる訳よ」

「なるほど……それはそれは。何とも度し難い話よなぁ」

「あんたがどんなチートを貰ってるか知らねぇが、俺達だってとんでもねぇチートを貰ってるぜ? ちなみに俺の能力は――」


 喋っていた頭が爆ぜた。

 隣にいた二人は驚愕し、言葉を失っている。

 噴き出す血を浴びた彼らは思わず「熱い」と漏らし、数歩後退った。


「全く……これだから転生者と言うのは、殺し易くて助かる」


 巨翼が割れる。

 体が浮かぶ。

 一八対三六枚の翼を広げる姿はまるで神の如く、二人の若者に己が立場を思い知らせた。


 どれだけ強大な力を与えられていようと、どれだけ理不尽な力を貰い受けていようと、真の強者だけが生き残る世界で現在の支配者として君臨する彼女と、呼ばれてたった数年程度の彼らでは、実戦経験値に差があり過ぎる。


 それこそ、天と地ほどの差が。


「後悔は知らぬ。懺悔は受け入れぬ。押すなと書かれたボタンを押し、神の命に言うがまま従った己が軽薄さを怨め」


 一人が悲鳴を上げながら逃げ出す。

 が、アンの力が光をも呑み込む黒き渦を生み出し、逃げる体を悲鳴と共に吸い込んで跡形も無く消滅させた。


「残るは貴様だけだが……特別だ。選択権をやろう。戦って死ぬか、逃げて死ぬか。前者を選べば、痛みも感じる間もなく殺してやろう。後者は、語らずともわかるよな……?」


 そこまで言い切ったところで、また目眩と吐き気に襲われる。

 久方振りの戦闘でずっと興奮状態にあったから一時的に忘れていたが、あまりに向こうが情けなさ過ぎて冷静さを取り戻してしまった体が、自分の体調不良を訴え始めた。


 それを察してかヤケクソか、転生者が泣き喚きながらこちらに向かって来る。

 まぁ対処は容易いのだが、さすがに一撃は貰うかもしれない。やむを得ないか――そこまで考えたアンの脳裏に、フラッシュバックが起こる。


 この世界に転生したばかりの幼少期。

 襲われた村は戦火に包まれ、自分は騎士の剣によって光を閉ざされた。


 また、失うのか。

 また、見えなくなってしまうのか。

 光が、色が、また失われるのか。


 もう、私の天使の顔が見れなくなるのか。

 もう、彼の姿が見えなくなるのか。


 嫌だ。

 その赤だけは。

 光を閉ざす赤だけは――


「させませんよ」


 横から飛んで来た剣が、敵陣を駆け抜け突破。

 アンの代わりに転生者を斬り捨て、アンの体を抱き締める。


 七つの大罪。八番目の大罪にして虚飾の大罪つみ

 アンの夫にして元魔剣帝配下六剣聖筆頭、アリステイン・ミラーガーデン。


「遅れてすみませんでした、アン殿」

「本当だ……遅いぞ、アリステイン」

「さぁ皆、残りの敵を一掃せよ!」


 ベンジャミン・プライド。

 エリアス・エクロン。

 アドレー・リヴァイア。

 グレイ・フィルゴール。

 シャルティ・アモン。

 ラスト・コール。


 そして、アン・サタナエルとアリステイン・ミラーガーデン。


 万に一つの勝機も失った状況で、七つの大罪が集結。

 敵軍は一斉に崩壊し、後は六人の大罪によって蹂躙されるだけであった。


「アリステイン……アンジェラは」

「心配には及びません。仲間の騎士らに託して来ました」

「そうか。しかし、王国護衛筆頭騎士様がここにいては、心配だな……戻るとするか」

「あなたは自分の心配をなさって下さい。あなたのお腹には、新しい命が宿っているのですから!」

「……あ」


 そうだ。

 先日のいつかに医者に診て貰って、妊娠が発覚したのだった。


 つまり先程から吐き気と目眩で辛いのは、か。


「……そうだ。そうだった。フフ、フフフフフ」

「こんな状況で、何を笑っているんですか」

「いや何。先程、我が天使の髪色は私譲りだなと話していたんだ。今度の子は、どちらの色になるかな。それとも、双方を混ぜた色になるのかな。はたまた、全く別の色になるのかな。転生した世界で、こんな楽しみが出来るとは。フフ、フフフ」

「……えぇ、楽しみですね。だからどうか、安静にしていて下さい。これからもっと、体を労わって頂かないと」

「そうだな。フフフ」


 敵軍は壊滅。

 アン・サタナエルが神々に敵視されている事、これから彼女を狙った多くの転生者が襲い来る事が、王国での議題となった。


 ただ、当の本人はと言うと――


「アリステイン……アリステイン……」

「大丈夫ですか? 何か欲しいものでも?」

「水だ。水が欲しい……あとは……うぅん。どうして欲しいんだ、私は」

「まんまぁ?」

「あぁ、我が天使……」


 つわりを前にしては、自分の危機などどうでもいい。

 だがこれから生まれて来る子と、目の前の天使のためなら、彼女は大いに力を揮うだろう。

 彼女の逆鱗に触れたが最後、生きて逃れた者は無い。故に彼女は、七つの大罪が筆頭。憤怒の大罪つみなのだから。


「おまえは、目の保養になるよ。アンジェラ」

「キャキャ! まんま!」

「あぁ……あぁ……そうか。やはりおまえの赤が、一番好きだなぁ」

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