不平等に怒る人間

三鹿ショート

不平等に怒る人間

 何故、彼女は笑顔で私に対して金銭を差し出しているのだろうか。

 その疑問を口にすると、私が生活に困っているからだと、彼女は答えた。

 確かに、私は裕福と言うことはできないような日々を送っているが、それは彼女も同じだったはずではないか。

 私に渡すくらいならば、自分に使うべきではないかと告げると、彼女は首を左右に振った。

「この金銭は山分けしてありますから、気にすることはありません」

 その言葉から、彼女が何処かから奪ってきたのではないかと考えてしまった。

 そのように考えると同時に、近所の裕福な家族が自宅で殺害されていたという報道を思い出した。

 もしかすると、その事件の犯人は、彼女なのではないか。

 私の言葉に対して、彼女はあっさりと首肯を返した。

 何故、そのような行為に及んだのかと問うと、彼女はそれまで浮かべていた表情を一変させ、顔を顰めながら、

「多くの人間が明日の生活に不安を覚えているにも関わらず、あの家族だけが何も考えることなく過ごすことができるなど、おかしな話でしょう。我々は同じ人間なのですから、誰もが平等に生きるべきなのです。考えてみてください。裕福な結果、あの家族だけが今後生き残ったとしても、その先に未来はありません。それならば、多くの人間が生き残ることができるようにすれば、それは世界のためにもなるのではないでしょうか」

 極端な話ではあるが、納得することは可能だった。

 生まれた環境などが少しばかり異なっただけで、貧富に差が存在してしまうということは、確かに不平等だといえるだろう。

 だが、それを理由にして、相手の生命や財産を奪うことは、間違っている。

 どれほど劣悪な環境で生きることになったとしても、それとうまく付き合うか、乗り越えた先で、自分なりの幸福を得ることこそが、人生というものではないのだろうか。

 私の言葉を耳にした彼女は、差し出していた金銭を衣嚢に仕舞った。

 そして、大きく息を吐き、呆れたような表情を私に向けると、

「あなたならば、分かってくれると思っていたのですが、残念です」

 その言葉を最後に、彼女が私の前に姿を現すことはなくなった。


***


 それからも、裕福な人間たちが襲われては、その金銭を奪われるという事件が相次いだ。

 事件の状況から考えると、どうやら彼女には仲間が存在しているらしい。

 それならば、彼女だけを然るべき機関に突き出したとしても、それほどの効果は無いということであるために、私は彼女を止めようとはしなかった。

 しかし、それが本当の理由ではないことは理解している。

 彼女とその仲間たちの行為によって、近所の人間たちの顔色が良くなり、以前よりも活気が目立つようになったことから、彼女の行動の全てを否定することができなかったのだ。

 治安も良くなり、子どもや女性は安心して生活することができ、自宅に鍵をかける必要もなくなったために、彼女とその仲間たちの行為を否定すれば、私は救われた人々に石を投げられることだろう。

 ゆえに、私は口を閉ざしていたのだ。

 だが、その意識を変化させるような事件が起きたことで、私は彼女に会わなければならないと考えた。


***


 奪った金銭はかなりの金額であるにも関わらず、彼女の外見などに大きな変化は見られなかったことから、奪った金銭は、他の人間たちのために使っているということが分かる。

 彼女は、心の底から、多くの人間を救いたいと思っているのだろう。

 それは立派だが、私には、伝えなければならないことがあったのだ。

 私は、先日彼女とその仲間たちが襲った家族の事件の記事を、彼女に見せた。

 何が言いたいのかと首を傾げる彼女に、私は告げる。

「きみたちが殺めた父親は、我々と同じような環境で育ちながらも、苦労して、ようやく良い生活を送ることができるようになったのだ。裕福だからといって、十把一絡げにしたことは、間違っている」

 私の指摘に、彼女は神妙な面持ちと化した。

 しかし、これで終わりではない。

「金銭を奪うために殺めることも間違っているとは思うが、それしか方法が無かったとしても、母親と娘の肉体を汚す必要は無いだろう。ただ殺めてしまうだけでは勿体ないとでも思ったのか」

 私の言葉に、彼女は目を見開いた。

 彼女は首を左右に振りながら、

「そのような行為など、私は知りません。私は、仲間たちが家族を見張っている間に、家の中の金銭を探していたものですから」

「どうやら、きみの仲間たちは、別の味を知ってしまったようだ。仲間たちが存在していなければ、きみが今まで通りに活動することは不可能と化すだろうが、仲間たちが存在している限り、犯す罪は大きく、増えていくことになるだろう」

 私は立ち上がり、彼女を見下ろしながら、

「誰のために行動しているのか、もう一度考えた方が良いだろう」

 そう告げると、彼女の反応を見ることなく、私はその場を後にした。


***


 彼女とその仲間たちの犯行が止まることはなかった。

 つまり、彼女は多くの人間を救うためならば、少数の人間がさらに苦しめられることになったとしても構わないと考えたということなのだろう。

 私は、彼女に対して失望にも似た感覚を抱いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

不平等に怒る人間 三鹿ショート @mijikashort

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ