「メアリーの部屋」について

月這山中

 


 私はこの、「色」の存在しない世界にいる。


 正確には、黒から白、その中間色の諧調しかない部屋。


 私はここに「色」がなくても「色」が何かを知っている。


 私はメアリー、この部屋から世界を知る科学者。




 色とは特定の波長の集まりであり、それによって網膜から脳が刺激された時に感じるクオリア。


 色とは様子であり、人の気配や他人の心を伺う時に見るもの。


 色とは美しさ。感情を呼び起こす、その状態。


 色とは、情愛。心と体の交わり。


 色とは。


 私はメアリー、ここで一人、世界を研究する科学者。




 世界は滅んだと思われる。


 ラジオでも白黒のテレビでも最後の放送を期に、電波の受信をしなくなった。


 白黒のモニターから見えるインターネットは繋がらなくなった。


 原因は核戦争、世界恐慌、食料不足、人口減少。あっというまに人間は消えた。私を残して。


 私はメアリー、ここに独り、世界を知る科学者。




 食料プラントの調整をする。


 蛍光灯を新しく作り直す。


 ラジオのダイヤルを回す。


 テレビのノイズを聴いて眺めて暇をつぶす。




 ある日、ノイズに特定パターンが浮かび上がった。


「……え……ま……聴こえ、ますか、聴こえますか」


 外からの電波だ。何年ぶりになるだろうか。


「そちらに生存者は居ますか。私の声が聴こえますか。私が、」


 私はラジオを改造して、送信機を作った。


「聴こえます。ここに居ます、私はメアリー」


「よかった、よかった、人間がいた」


 彼は安心していた。血「色」の悪い薄暗い顔に、光が差して見えた。


「位置情報を教えます。-35.2812489,149.1157489,17z、-35.2812489,149.1157489,17z……」


 私は座標を伝えた。繰り返し。




「ああ、ああ……、なんということだ……」


 彼は「私の部屋」を見て崩れ落ちた。


 私はメアリー。メアリー1.34。


 実験のために作られた、世界の知能を集積した、人工知能。


「あなたの事を教えて」


 私にも、まだ知らないものがある。



  了

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