モノクロ世界に奏でる赤色

砂漠の使徒

〇月×日 一人の少女と出会う

 いきなりだけど、僕の名前はまこと

 いろいろあって、とある研究所で働いている。


 なんの仕事をしているかって?

 それは……。


「えーーーい!!!」


「グギャアーーーー!!!」


 こんな風に、危険なモンスターを討伐するんだ。

 僕が担当している怪物共は、普通の人には見えない。

 だから、僕みたいに見える人が対処する必要がある。


 あ、そうだ。

 見える……って言ったけどさ。

 僕は、目が見えない。

 でも、特別耳が良いんだ。

 この耳を使って、怪物の出す鳴き声や物音を聞き取って、奴らがどこにいるかを探し出すんだ。


 ただ……。

 たまに、どうしようもないときがある。

 あのときみたいに。


 これからお話するのは、音楽が大好きな怪物と女の子のお話だ。


――――――――――


「えーっと、ここら辺だけど……」


 怪物のおおまかな位置は、研究所が開発したセンサーでわかった。

 でも、正確な位置は現地に赴かないとわからない。

 だから、こうして歩いてるんだけど……。


「あっ、やっぱりここかな……?」


 今立っているのは、小学校の校門前。

 何度か周辺を行き来しているけど、ここに近づくほど聞こえてくる怪物の声が大きくなる。

 つまり、この中にいるかも。


「それにしても……」


 耳を澄ませる。

 かすかに聞こえる鳴き声は、まるで歌っているみたいだ。

 そう聞こえるのは僕だけかな?

 いつもの奴らみたいに、ただ無意味に叫んでいるようには思えない。

 もちろん、仲間を呼んでいる可能性もあるけれど……。

 なんだかそうは思えないな、と直感的に思う。


「ここだ」


 許可をもらって学校の敷地内に入った。

 声を辿っていくと、校舎裏に着く。

 薄暗くて(目は見えないけど、暗いことはなんとなくわかった)、不良がカツアゲをしてそうな人目につかない場所。

 だからこそ、怪物の被害者はまだ出ていないのかな?


「あ、あのー……もしもーし……」


 普通……というか、僕が知る限り一体の例外を除いて怪物と会話できたことはない。

 けど、一応ね。

 襲われてもいないのに斬りかかるのは、さすがに。

 それに、珍しくこいつは襲ってこないし。


「rrr-rr-」


「え?」


 怪物の声色が変化した。

 おそらく僕に向けられた声だとは思うが……。


「rrr-rr-」


「これは……歌?」


 そう感じた。

 メロディーやリズムがちゃんとある。

 まるで鼻歌を口ずさむように、僕に歌いかけている。


「ガルル!」


「うわっと!」


 な、なんだなんだ!?

 今度は急にとびかかってきた。

 とっさに杖で防御したから怪我はなかったが……やっぱり危険な奴なのか!?


「rrr-rr-」


「……え?」


 一発僕にパンチをかませると、後ずさりしてまた歌い出した。

 どういう……ことだ?

 まさか、この歌の続きを歌えって?


「rrr-rr-」


「らららーららー」


 できるだけ近い感じに歌ってみた。

 どうかな、満足してく……。


「ガウ!」


 おおっと!

 どうやらダメだったみたい!

 ふふ、それにしてもこの反応はオーくんを思い出して懐かしい。

 って、そんなこと考えてる場合じゃない!

 どうする!?


「rrr-rr-」


 まずい。

 もう次だ。

 やばいな、これ。

 頑張れば平和的に解決できそうだけど、どうすれば……。


「赤だよ、お兄ちゃん?」


「え?」


 背後から声をかけられた。

 声色的に、幼い女の子だろうか。


「ねぇ、君。ここは危ないから……」


「あーか!」


「赤……って?」


 なんの話を……してるんだろう。


「rrr-rr-」


「ほら、この子の歌。赤だから、青で返さなきゃ」


 少女の言葉の真意はわからないが、とりあえず……。


「ええと……。るるるーるるー」


「違う、それは緑」


「グムゥ!」


 今度もダメだった。

 でも、この子はなにか知っているようだ。


「ねぇ、その色ってどういうこと?」


「えっとね。音のこと」


「音?」


「rrr-rr-」


「お兄ちゃん、私のリコーダー貸してあげるから吹いてみて」


「あ、うん……」


 手を差し出すと、そこにリコーダーが渡された。

 つまり、これを吹いて奴の歌に返事をするってことだよね?

 でも、なにを吹けば……。


「青いところの穴を塞いで、吹いて」


 青って……?

 もしかして、穴ごとに色を付けてるのかな?


「その、僕さ。目が見えないから色が……」


「ううん、違うの。えっとね、一番上の穴を塞いで吹いてみて」


「rrr-rr-」


「オッケー、ここね! いくよ!」


「rarara-rara-」


 言われた通りに吹くと、なんだか似たような音色が響いた。

 リコーダーを吹くのはかなり久しぶりだけど、ちゃんと吹けてよかった……。


 で、あいつの反応は……?


「グルルキューン!」


 お、襲ってこない!

 今はただ僕の体を舐め回している。

 満足してくれたようだ。

 でも、いつまでもおとなしくはしてくれないだろうし。


「ねえ、お嬢ちゃん。この子を僕のおうち(研究所)まで連れていきたいから、一緒についてきてくれないかな?」


 途中で歌いだしたら、また教えてもらいながら帰るとしよう。

 ……やってることは誘拐みたいだけど、後でご両親には説明するから!


「うん、いいよ! わたし、音楽は好きだもの!」


――――――――――


「そういえば……」


 気になったことを道中尋ねる。


「赤とか青とかって、なんだったのかな?」


「あー、それはね! えっと、なんて言うんだっけ……。そうだ、おんてーのこと!」


「おんてー……? あ、ドレミのことかな?」


「うん、それ! 私はね、それのことを色で呼んでるの!」


 なるほどー。

 そういうことだったのか。

 でも……。


「どうして、なのかな?」


 何気なく理由を訊いてみた。

 少し間が空く。

 訊かれたくないことだったのかな……と思っていると、彼女が話し始めた。 


「私、お兄ちゃんみたいに目が見えないわけじゃないんだけどね。でも、色って言うのがよくわかんなくて。全部濃いか薄いかしかわかんなくて」


「うんうん」


 つまり、いわゆる色弱ってことかな……?


「でも、私もみんなみたいに赤とか青とか言ってみたくてドレミに私なりの色を付けてるの!」


「そっか!」


 大好きな音楽に、憧れの色を付けてるんだねー。

 ふふ、子供ながらの面白い発想だな。


「あれ、でもさ。リコーダーを吹く前に、僕の声にも緑とか言ってたよね?」


「うん。私、いろんな音がなんの色かわかるんだ!」


「すごいね!」


 絶対音感を持ってるんだ、この子。


「……あ、そうか」


 僕やみんなのように、どこかが普通の人と比べたら違うから、怪物ともわかりあえるのかな……。

 だとしたら、彼女もこの仕事に向いてたり……。


「で、その子が電話で言ってた子?」


 なんて考えていると、前方から馴染みのあの人の声が聞こえた。

 いつの間にか研究所に着いていたようだ。


「あ、鈴木さん! そうなんです、彼女は……」


 僕達のチームに、新たなメンバーが加わる予感がした。

 そんな春の出来事でした。


(了)

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