紫
零
第1話
春に芽吹いた緑は、季節最後の時を迎え、最後の命を燃やしている。
木々が纏う衣は時に赤に染まり、黄に染まる。
中には緑のままのものもあるが、山に住まう木霊の多くは華やかにその装いを変えている。
その中をキラキラと夕陽の煌きを身に写し零して通り抜ける、深い紫の筋があった。
それはやがて、一際大きな紅に飲み込まれた。
山の木々を染める紅は、流れ流れて大木の上に座す男の髪となる。
どこからが彼の髪でどこからが木々の色かはもはや定かではない。
彼、という表現が合っているかどうかは分からない。
目を閉じて佇む顔は男性のようでもあり、どこか女性のようでもある。
精霊であるとするならば、そもそも性別の有無も定かではない。
状況から鑑みるに、少なくとも普通の人間でないことは明らかだろう。
人の枠では計り知れない。
ここは、そういうものが住む世界。
否。
その世界は、人間の住む世界とそう遠くはない。
ある意味で一番近い。
重なっているともいえよう。
それを判別できるものも、そうでないものもどちらにも存在している。
その境界は、物理的にではなく、各々のこころの、魂の内側にこそ存在する。
彼の意識もまた山に、木々に溶け込み、その境目はひどく曖昧だった。
木が自らを彼の高座として生まれ育ったのか、あるいは彼の力なのか、その大木に包み込まれるように、彼は樹上の空間に座している。
半跏思惟の姿勢は仏のようでもあるが、その頭頂部には一本の角があった。
そして、彼の目は中央に一つ。
その組んだ膝の上に、一羽の尾の長い鳥が舞い降りる。
彼はそれに気づいて薄く目を開いた。
その視界に、鮮やかな紫色が映る。
ふ、と、彼が笑みを零した。
ざわざわと紅の葉が揺れる。
大風に吹かれでもしたかのように一斉に葉が空に舞い上がった。
そして、はらはらと舞い落ちる中を、一人の鬼が酒壺を持って歩いて来る。
「久しいな」
そう言ったのはほぼ同時だった。
紅はまた何事もなかったかのように生い茂り、空には満月が輝く。
晴れた空に、白い綿毛が、ふわりふわりと舞い始めた。
紫 零 @reimitsuki
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