文月

@sai69

【短編】文月

雨の降る蒸し暑い7月の出来事だった。

当たり前の日常なはずの1日がこれから生涯僕は忘れられない。

僕はその思い出をそっと思い出し色々な感情をあと何度巡らせるのか?

生涯の中であの記憶を塗り替える日は来るのかと考えながら今日も時間が砂のように流れていく。



シャツが肌に張り付きとても気持ちが悪い。

しかし人間とはおかしな生き物だ。

どんな時にも腹は減る。

今日の昼飯は何にするか考え始めた瞬間ポケットの中の携帯が小刻みに振動した。

この時間の電話はろくな事はないと僕は思っていた。

クライアントからの無茶振りか、上司の説教だろうと覚悟して画面も見ずに通話ボタンを押した。

電話の向こうの声は予想もしない人物だった。


「よお!ヨシ!!仕事中だと思って仕事携帯に電話した!悪いな!今少し話せるか??」

この声は忘れるはずもない。

それは小学校からの親友タクからの半年ぶりの電話だった。

僕達は同じ高校を卒業した後タクは理系の大学に進学し、僕は営業会社に就職した。

タクは卒業後鉄道会社に去年就職して地方都市勤務となった。

ココ半年はお互いに忙しく、正月に長電話したのがつい昨日のように思い出され、

憂鬱な気持ちが晴れた瞬間だった。


僕は少し弾んだ声で「おう、ちょうど昼飯考えてたところだったよ。どうした?」

僕の心の中は少年時代にタイムスリップしていた。


そんな気持ちを知ってか知らずかタクは屈託のない声で

「急な話なんだけど、今日からそっち帰るから家泊めてくれないか??」

親友との夜は魅力的だ。ココ半年で起きたことや思い出を酒を飲みながら語り明かす事は何より楽しい。

しかし今はタイミングが悪い。

高校生の時から付き合っていた彼女と同性を初めたばかりだったのだ。

もちろんタクにはメールでその事は伝えていたが、同棲を初めたばかりの親友の家にいきなり泊まりにくるとは

どんな常識なのかを疑ったが、僕は冷静に今の状況をタクに伝えた。


タクからの返答は更に冷静なものだった。

「ヨシの状況はよくわかってるよ、でも俺もヨシに紹介したい人ができたんだ」

僕はすこし驚いた。

タクは超がつくほど奥手で、女性関係の話は学生時代もつい半年前の電話でも一切聞いていなかった。

しかしお互いに20代も半ばに差し掛かる一歩手前だし、

タクは超大手企業の社員になったばかりだ。

少し遅い青春を謳歌しているのだろうと少し上からの目線で、僕はタクに「彼女に聞いてOK出たらな」と答えた。

タクは嬉しそうな声で「おう急に悪いな、車で帰るから返事はメールで頼むよ、駄目なら実家かホテルにでも泊まるから夜飲みくらいは付き合えよ」

僕は屈託なくOKの返事をして電話を切った。


僕はすぐに私用の携帯を取り出し僕の彼女にメールを素早く打った


To【のりちゃん】

タイトル:Re

本文:

急な話なんだけど、今日タクが多分彼女連れて

こっち帰って来るんだけど、泊まりにきていい

か?って今電話で聞かれた。

急過ぎてきついかな??



僕は彼女に頭が上がらない。

少し遠慮した口調で彼女からの返信を待った。


数分後彼女からのメールはあっけないものだった。

それは


え??良いんじゃない?

でも料理はヨシくんがしてね


僕は彼女の呆気ない返信に少し安堵して、タクに「OK」とだけメールした。

憂鬱な梅雨の昼は急に色鮮やかな世界にかわり、午後の仕事は捗った。


17時になり、今日は久々に残業せずに退勤する準備をしていると仕事用の携帯が机の上で振動した。

タクからの電話だった。

僕は携帯を掴みトイレまで小走りに移動した。

いくら親友でも仕事中に社用携帯で話している所を社内の人間に見られたくなかったのである。

電話はなんとか留守電になる直前で取ることができた。

タクは屈託の無い声で「悪い悪い!もうヨシの会社の近くまで来てるから帰り拾って行くよ」

僕はありがたい申し出に弾んだ声で「助かる」と伝え、帰りに「スーパー寄ってくれ」と付け加えた。

タクは「まだ時間あるから適当に買い物しておくよ。泊めてもらう宿代な」と気を使ってくれた。

僕はその申し出をありがたく受け入れることにした。

同棲したての我々はなにかにつけて物入りなのだ。


18時きっかりに僕は上司の怪訝の視線を見ないフリをして「お先に失礼します!おつかれさまでした!!」と言い切り会社を出た。

僕の勤めている会社は江東区東陽町にあり、僕達の新居は千葉の西船橋から歩いて15分の一軒家だ。

この家は彼女の祖母が一人で住んでいたのだが、高齢になり彼女の父親と住むことになったところを格安の家賃で借りることになったのだが、住むにあたって、少し手直ししたところ思いがけない出費もあり、僕も彼女も当分倹約生活だといつも話していた。

そんな家に帰るのにいつもであれば満員電車に揺られ、憂鬱な梅雨の時期に歩いて15分は正直しんどかった。


しかし今日は車での送迎でしかも親友との久しぶりの再開なのだ。

僕の顔はニヤついていたに違いない。


会社の入っているビルを出ると蒸し暑い風は吹いていたが、雨は降っていなかった。

周りを見渡すと、白い他県ナンバーのスポーツセダンを探した。

その車はすぐ見つかった。 つい数ヶ月前に納車されたというタクの愛車だ。

僕は小走りで駆け寄ると助手席の窓が開いた。

「よ!助手席乗れよ」幼馴染であり親友の屈託の無いタクの少しはにかんだ顔に僕も笑みがこぼれた。

しかし緊張の瞬間でもあった。

タクの紹介したい人は後部座席に座っている。

タクの愛車の後部座席はスモークが貼られていて中の様子はわからなかった。

僕は車に体を滑り込ませ、後部座席に振り向いた。

小柄な女性のシルエットを確認すると、少し窮屈な姿勢で自己紹介をした。

明るい可愛らしい声で「こちらこそよろしくお願いします。まいです。タクくんからいつもヨシくんの話聞いてるから、何かはじめてなきがしなくて」と返事があった。

僕はとても嬉しい気持ちになり、そこから一時間弱のドライブの間たわいもない会話で盛り上がった。

車内はとても心地よい時間なのだが、まいと名乗った親友の最愛の女性の全容が見えないというもどかしさで緊張にも似た時間が流れた。


程なくして、僕達の家の近くのコインパーキングに車を停め、買い物をしたスーパーの袋と簡単な荷物をトランクから出している時に僕は改めてまいとの初対面を迎えた。


身長は150センチくらいだろうか、小柄で黒い髪を後ろに束ねた瞳の大きな可愛らしい女性が、一番重い飲み物の入った袋を持ち上げようとしていた。

僕は慌てて「僕が持つから大丈夫だよ」と声をかけ、袋を掴み取った。

その時、微かにまいと手と手が触れ合い、危うく袋を落としそうになった僕を、まいは印象的な大きな瞳でいたずらっぽく僕を見つめた。


一瞬の沈黙の後、運転席からタクが「やっぱりこっちの暑さは気持ち悪いな〜。早くお前らの愛の巣に連れてけよ」と、軽口を叩きながら出てきた。

僕は一瞬で現実の世界に引き戻された。


コインパーキングから僕達の家までは歩いて1分も無く、家の近くまで来るともう彼女が帰ってきたとわかる程に家の中から光が漏れていた。


僕たちは築40年という少し建付けの悪くなった玄関を開け、一刻も早くクーラーの効いた部屋に辿りつくよう早足でリビングへ向かった。


彼女ののりちゃんも今さっき帰ってきたようで、仕事着のままキッチンを片付け、ビールを注ぐグラスの用意をしていた。

僕は「急にごめんね!仕事大丈夫だった??」と声をかけると、のりちゃんは少し僕を睨みつけてタクに向かって「車運転お疲れ様〜 大丈夫だった〜?」等と労ったあと、まいに優しく微笑みかけ簡単な自己紹介と、車の中で僕が何か失礼な事を言わなかったかと、笑い話に切り替えていた。


流石、僕はのりちゃんに頭が上がらないと思いつつ、スーツを脱ごうとしていた。

のりちゃんは僕の隣まできて小声で「お風呂場に着替え用意してあるからそっちで着替えて、ついでにシャワーも浴びてきて。汗臭いから」とほほえみながら呟き、タク達をリビングのソファーまで案内しに戻っていった。


僕は言われるまま、シャワーを浴びて本当に頭が上がらないと少しはにかみ、小さな幸せを感じながらタク達のいるリビングに戻ったのだった。


リビングでは、ビールが注がれまいが、スーパーの惣菜のサラダを皿に盛り変えている最中だった。

3人は昔からの友人のように打ち解けて笑いながらビールを注ぎあっていた。


僕は呆気にとられて、少しぼーっとしていた所、タクが「早くこっち来て乾杯して、晩飯作ってくれよ」と僕を手招きした。


僕は言われるまま、3人の輪に入りグラスに注がれたビールを手にとって乾杯をした。

ビールを飲み干すと、自分が緊張していた事に気が付き少し可笑しくなったと同時に、何に緊張していたのか一瞬考えたがそれを考えている自分がまた可笑しくなり、すぐに考える事を諦めたのだった。



ここからは僕の出番だ。

唯一といって良い僕の特技は料理だからである。

恐らくタクは肉を買い込んでいるだろう。

僕は髪を乾かしながら頭の中でレシピの整理を始めた。

リビングに戻ると、3人は僕の方を見て「早く飯作れ」と言わんばかりに見つめてくる。

子供がいる家の母親は、毎日この視線を浴びているのだろうか?

僕はソファーに戻ること無くキッチンへ向かった。

今日はタクの大量に買い込んだ牛肉をトマトとデミグラスソースで軽く煮込んだ、洋風すき焼きにしようと心に決め、食材と向き合ったのだった。


リビングからはとめどない、他愛のない話が聞こえてくる。

僕は時々相槌は打つものの、料理の世界に没頭していった。

すると、聞き慣れない声で「ヨシ君は飲み物いらない?」と声をかけられ一瞬まいがいる事を思い出しハッとした。

僕は料理をしている時に飲むのはあまり好きでは無いので、丁寧に断りその代わり前菜代わりに作ったカプレーゼを手渡し「もうすぐできるから、これでも摘んで飲んでてよ」と伝えてまいの背中を見送った。

日々のりちゃんと二人の暮らしはとても幸せに感じていたし、後悔などは一切ないけど、他の人のいる日常というのはそれで楽しいのかもしれない。

僕は急いで料理に戻り、あの輪の中に早く入りたいと思ったのだった。


程なくして、料理は仕上がりのりちゃんとタクが2階から下ろしてくれた、大きめのテーブルの上に料理をおき、のりちゃんの横に座った。

タクとまいもソファーから降りて床に座っている。

普段床に座ることのない僕は、つい「どっこいしょ」と言ってしまって、それを聞いたタクは「いよいよおっさんの仲間入りだな」と茶化してきたので僕も負けじと「いい会社に入って可愛い彼女もできたんだから、後は墓でも買うだけじゃないか?」と言い返し、ようやく会話の輪に入った気がしたのだった。

そこからの時間はとても楽しかった。

マイはタクの配属になった地方都市で看護学校を卒業後、地元の総合病院で看護師をしているのだと教えてくれた。

僕とのりちゃんは平凡なサラリーマンとOLだったので、全く違う世界の二人なのだと感じたが、話している内に昔好きだった漫画やドラマ、アイドルの話や、女の子二人のガールズトークを聞いていたら、ごく普通の女の子と僕の昔から知っている幼馴染で親友のタクだと気付かされ安堵したのだった。




僕はまいの一言が心に刺さったままリビングへと重い足取りでも戻った。

リビングでは先程と変わらず、他愛もない話が続いていたが、

僕はまいの「ゴメンね」が気になり大好きな酒も進まず、

会話にも集中できずにいた。


まいに目配せすると、特に変わった様子もなく目が合うといたずらな

微笑をするだけで、特に変わった様子は無い。

のりちゃんを見てもタクを見ても何も変わった様子はない。

この二人は何か隠し事をしていたら直ぐにわかる自信がある。


20の誕生日の時僕だけ早生まれで成人式の後に誕生日を迎えたのだが、

成人式後タクとのりちゃんで、初めて酒を飲むというサプライズパーティーをしてくれたことがあった。

しかし1週間前から二人のソワソワがひどくてこちらがハラハラして

知らないフリをするのが大変であった。


そういえばタクは今日よく喋っていた。 

普段、僕と二人の時は時に饒舌に話すこともあるのだが、

どちらかというと冗談や皮肉はいうが、率先して話す方ではなかった。

これもまいと出会い、社会の荒波に揉まれて成長したのかもしれないと、

僕は社会人の先輩としてかわいい後輩を見るような目でタクを見つめた。


タクはその視線に気づいたのか、僕の事に笑顔を向けて一呼吸おいた後急に話題を変えた。

僕はタクの好きな映画や、音楽の話だろうと思いグラスに口をつけて耳を傾けた。


「ところで、二人は夜の方どうなの?」


タクのいきなりの発言に沈黙が流れた。

恐らくほんの数秒、もしかしたら1秒もない沈黙だったのかもしれない。


僕は口に含んだ酒を吹き出しそうになり、一気に飲み干した。

当然むせて頃く咳き込んでいる内に次の言葉を探し始めたのだが、

いい言葉が見当たらず沈黙の中部屋の中を見渡したが、何も答えは見つからなかった。

呼吸が整った時、のりちゃん、タク、まいの順番に目を配らせた。


のりちゃんは、唖然としていて目が泳いでいる。

のりちゃんは元々エロい事は好きな方ではあるが、人前でシモネタを話すのは苦手でであり、

二人だけのひめごと楽しむタイプであったので、突然のネタフリに耐えきれなかったのだろう。


タクは、自分で話を振ったにもかかわらず下を向いて表情が読み取れない。 

タクと僕は付き合いこそ長いものの、その手の話はあまりしたことがない。 

一番興味の湧く中高生の時でさえ、Hな本を回し読み数日してから

「すごかった」と言ったきりで、それ以上の会話をした記憶がなかった。


まいも俯いたままなんの表情も読み取れない。

今日出会った女の子からそこまでの情報を読み取れるほど、経験も知識も無いので仕方ないと諦めた。


順番で考えると僕が切り出すしか無いと腹をくくり、精一杯の作り笑いで

「突然どうしたんだよ?空気が夏と秋飛び越えて冬景色だぜ」

と、おどけながら明るく振る舞った。

まさか営業職の強みがここで発揮されるとは思わなかったが、一定の効果はあったようで、

のりちゃんもすかさずに「タクくんらしくないよ〜保険体育の教科書探してこようか〜?」

とおどけてくれた。


しかしタクは俯いたまま肩を震わせていた。

もしかして泣いているのか?

タクの尋常ではない様子から次の言葉をえらんでいる内に、振り絞るような声でタクが話始めた。

「じ・実は、、、きょ今日。。。。この話をしにここまで来たんだよ」

涙声のタクの声など聞いた事がなかった。

卒業式の時だって、涙をこらえて笑っていた記憶しかない。


タクは次の言葉をゆっくり選んでいるようだった。

僕とのりちゃんは、その様子をゆっくり見守った。

タクが嗚咽にも似た声を発しようとした時、まいがタクの手を強くにぎりタクを静止して話し始めた。


「タクくんゴメンね。タクくんにばっかり喋らせちゃって。 本当は私が言い出した事なのに。」


僕はなんの事か全く解らずに頭の中の情報を整理することに必死になった。

まいは呼吸を整えるように大きく息をしてからゆっくりと過去の話から話し始めた。


まいは少し言葉を悩んだ表情をした後ゆっくり話始めた

「看護学校時代は本当に大変だった〜 その頃お父さんが病気になっちゃってね、

仕事も長いこと休まなきゃいけなくなるし、看護学校の学費も教材費も高いし、

お母さんもお父さんの病院行きながら、パートとか始めてね」


まいは大変だったと言いながらも笑顔で続けた。


「私も少しでも足しになればと思って、学校終わったら夜遅くまでバイトして、

帰ったら学校の課題とかレポートとかあって、テストも沢山あるし、看護実習とかも凄くたいへんだったけど」


今日一番の笑顔でまいは目を潤ませながら

「楽しかった〜」

と言い放った。


僕は正直楽しい要素等見つけられずにとっさに聞き返した

「今の話のどこに楽しい要素あった??」

まいは屈託のない笑顔で

「だって、毎日自分の夢に近づいて、知らないこと沢山吸収できて、

お金の大切さが知れてあんな経験もう一生できないと思わない??」と返した。


僕は言葉を失い、今目の前にいる小柄な女の子のどこにそんなパワーがあるのか、

尊敬にも似た眼差しをまいに向けざるを得なくなっていた。


まいの話は更にさかのぼっていった。


「家って結構厳しくて、小学校卒業してから中高一貫の女子校に入れさせられたのね。

別にエッチな子だからじゃなくて、お母さんの出身校だったからみたいなんだけど、

あの時共学にいたら私やばかったんだろうな〜」


僕は何がやばかったのかわからなかったが、まいの話に聞き惚れていった。

のりちゃんも真剣な眼差しでまいの話を聞いていた。


まいはグラスの薄くなったジャスミンハイを一気に飲み干すと一呼吸おいて話し始めた。

「小学校の時は割と普通の子だったんだよ。本が好きで、男の子とも普通に遊んでたし、でも一人で遊ぶのも好きだったんだ。」

それは普通の女の子そのものだった。

しかしタクは身体を小さくして俯いてまいの話を聞いていた。

僕はタクの表情をみようとしたが俯いたタクの表情を読み取る事ができなかった。

初めて幼馴染で親友が何を考えているかわからなくなり不安になった。

まいは頬を少し赤らめて言葉を選ぶように更に昔の話をゆっくりと続けていった。


僕はその話に衝撃を受ける事になる。


「保育園のお昼寝の時間って男の子も女の子もみんな一緒に雑魚寝してるでしょ? 

寝返りをうった時偶然隣の男の子の股間を触ってしまったの」

まいは頬を赤らめて、時折目を強く閉じながらゆっくりと話しを進めた。

「その時何か気持ちよくてバレないと思って沢山さわっちゃったのね。

そうしたらなんだかイケナイコトをしているとおもいながら、私の股間がギューンって熱くなって、

凄く気持ちよくなったったのね」


まいは大きな瞳を潤わせて、時折口で息をするようにゆっくりと、でもはっきりとした口調で話を続けた。


「もちろんその時は知識も無いし、男の子にも気づかれて無いと思ってったから、秘密の遊びを覚えた気持ちでいたの」

僕は冷静を装う為にグラスに口をつけてタクを見つめると、少し縮こまるようにして俯いていた。

僕はこれ以上タクを苦しめたくないと思いとっさに言葉を発していた。


「この話もうやめないか?」


必死にのりちゃんの同意を取ろうと話そうとした瞬間


「いいんだ、話の続きをきいてくれ」とタクが振り絞るような声でさえぎった。

のりちゃんは覚悟を決めたような声で、タクに


「本当にいいの?後悔しない?」と優しい声で問いかけた。

タクは俯いたまま、大きく上下に身体を揺らして「うん」とだけ呟いた。

僕はもう何も語りかける言葉を失っていた。

まいは背筋を伸ばして話を続けた。


「でもね、男の子は起きていて、先生に後で話されちゃったみたいでね、

そしたら母親呼ばれて絶対にそんな事したら駄目だって凄く怒られちゃったの」

まいは当時を思い出すように悲しげな表情をみせた。

「でも駄目って言わてても、凄く気持ちよかったし、男の子のおちんちんにも興味が湧いちゃって、

一人になるとおちんちん何で私には無いんだろうとおもいながら、おまた触ってたの」


僕は女性からこんな生々しい性の話を聞くのが初めてで、呆気に取られていた。

まいは優しくタクの手を握ると更に続けた。


「そんな事を続けていたら、突然びっくりするくらい気持ちよくなっちゃって、真っ白になっちゃったの」

まいはさっきよりも顔を赤くして膝をもじもじさせていた。

「多分それが人生2回目のオーガズムだったと思う。」


まいは一呼吸おいて

「それからは一人になると自分のアソコを触りつ続けて、沢山気持ちよくなる所を探してたんだ」


タクは相変わらず俯いたまま、まいの話を聞いていた。

のりちゃんはまいの事を見つめて薄っすら頬を赤らめていたが表情は真剣そのものだった。

恐らく、同年代の女の子の勇気を持って話す内容に聞き入っていたのだろう。




のりちゃんも思う所があったようで、おどけたように

「それで?タクくんとはいつ出会うの?」と、聞いていた。


マイは少しはにかんだ笑顔で

「それはね、資格取って学校卒業してすぐに、看護研修でお世話になった病院に就職したんだけど、

知り合い多いでしょ?みんな私が遊ばずに今まで頑張ってきたの知ってるから、

色々遊び教えてくれたのね。お酒の飲み方とか男の落とし方とかね」

まいはイタズラっぽい笑顔でタクの顔を覗き込んだ。


「でも、女子校で男の子と知り合う機会もなくて、看護学校時代も女子ばっかりのバイト漬けで、

男の子と接する方法とか全然なくて、周りの男といえば病院のDr.だし、

Dr.って変な人多いしで私はずーーーっと、一人でエッチな事する人生なのかな〜って思った時、

先輩から上物の合コンセッティングしたから、私は強制参加だ!!

って言われて、合コンなんて初めてだし、そもそも上物って何!?

って思ったんだけど、ずっと体育会系みたいな生活だったから、

反射的にハイって言っちゃって。。。。」


のりちゃんはイタズラっぽい顔で

「そこでであったんだ〜」と相づちをうった。


まいは恥ずかしそうに小さくうなずいて、タクはようやく顔をあげ、真っ赤になった目で恥ずかしそうにうなずいた。


僕はタクの照れ隠しの精一杯の饒舌が少しわかったと同時に、

一つの疑問が生まれた。


いくら幸せ絶頂でのろけたい気持ちがあったにしろ、

わざわざそれを見せつけるために車で3時間もかけて来るか?

タクは自分を見せつけて楽しむタイプの人間じゃないし、

どちらかといえば縁の下の力持ちを地で行くやつなはずだ。

僕と違って芯が強く、決して奢らない奴が、彼女のエロ話と苦労話を聞かせるために、あんな姿を見せるだろうか?


僕はこの二人がますます解らなくなった。


少しの沈黙のあと、会話を切り出したのはのりちゃんだった。


「一番初めのタクくんの質問だけどね、程々にしてるよ。

今は一緒に住んでし、私もヨシくんもそういう事嫌いじゃない??と言うか好きだし!!

でも、そんな毎日って訳にはいかないよ?仕事も忙しいしね」


僕はのりちゃんがこんなにはっきりと僕との秘事を話すとは思わなかった。


のりちゃんは僕の事を見つめて「それにヨシくんは昔から私の事大好きだから」

といっていたずらっぽく微笑んだ。

彼女なりの精一杯の照れ隠しだったのだろうが、僕の思考の中では人生で一番恥ずかしい瞬間でもあった。


ぼくはそんな和やかな空気に包まれたリビングの中で恐る恐る聞いてみた。


「で、それを聞きにココまで来たのか?」

言った瞬間もっと違う聞き方があったはずだと後悔をしたが、

言葉はもう戻らない。


僕はタクの事をまっすぐ見れなくなっていた。


リビングの空気は徐々に色を失い重い沈黙が流れた。

僕は後悔しつつも、今しか無いんじゃないかという直感的な何かを感じていた。


溶け残った氷がグラスを叩く小さな音と同時にまいが何かを言おうとした。

タクはまいの言葉を遮るように、前のめりになり

「今度は俺がちゃんという。 言うけどヨシものりちゃんも真面目に聞いてほしい。

もしこれから話す話で二人に嫌われたなら、俺たちはすぐ出ていくから。」


タクの見たこともない圧力に僕は冷や汗をかいた。

梅雨の気持ち悪い汗を遥かに超える、嫌な汗だった。

喉も一気に乾き、すぐに何か飲まなければ、乾ききってしまうんじゃないかと思うほどだった。

タクの話と共に、広いはずのリビングがまるで牢屋のような狭さになっていく錯覚を覚えた。


タクは小さいけれどはっきりした声で

「ヨシ、、、、まいとしてくれないか?」

僕の目の前の色が全て失われた。

今、のりちゃんと僕の家にいるはずなのに、どこか遠い外国に来ているように感じ、

それはだんだん上下の感覚を失うかと思うほどグルグルと回り始めた。


僕は振り絞れる精一杯の声で

「冗談だよな?してくれないか?ってまさか寝てくれないか?ってことじゃないよな?」


よしは表情を変えずに

「真面目に言ってる。まいとSEXをしてほしい」


僕は精一杯の思考を巡らせた結果

悪い夢を見ているのか、次の瞬間大成功と書かれた看板が出てくるのだろう。

きっとそのどちらかだ。

と、思い込むようにした。


しかしいつまでたっても、夢から覚めないし、看板も出てこない。

今日食べた夕食を全て戻してしまうのではないかと思うくらい胃もキリキリし始めた。

もうやめてくれと叫びたかった。


その沈黙破ったのはのりちゃんだった。

彼女は今まで聞いたこともない低く震えた声で

「それ、本気で言ってるの?私がいるのに本気で言ってるの?嘘でも本気でも私はタクの事を許さないよ?」

のりちゃんの泣いている顔が目に浮かぶ。


のりちゃんは感情の忙しい女の子だ、良い意味でも悪い意味でも感情を隠せない。

しかし彼女の持ち前の明るさと、前向きさでみんなに好かれる、どこにでもいる普通の、僕が一番大切な女の子だ。


そんなのりちゃんを目の前にいる、幼馴染で親友は泣かせたのだ。

僕の感情は堪えられない怒りに変わっていった。


それは行き場のない高熱だった。

そこからの僕は考える事を放棄していた。

行き場のない感情は僕のことを理性の効かない動物へと変化させた

僕は生まれて初めて人を殴ろうとしたのだ。


目の前の幼馴染で親友の男を殴ろうとしていたのだ。


タクの胸ぐらに掴みかかろうとした瞬間、小さな体が僕とタクの間に割ってはいってきた。


それは叫びにもにた声だった。

「ごめんなさい!! タクくんは何も悪くないの!! 全部私が言い始めた事なの!! ごめんなさい!!」


僕の手は力任せにタクの胸ぐらをつかもうとしていた。

その手は止めることができずに、タクの胸を「ドスッ」と叩いた。

僕の視界は少しづつ色を取り戻し初め、少しだけ周りを見ることができるようになっていた。


目の前のまいは、タクを構うように僕の暴力を自信の身体で受け止めるようタクを守り、

タクはその小さな身体を押しのけ、僕の拳を受け入れる準備をするようにしっかりと僕の目を見つめていた。


きっと覚悟を決めた男の顔とはあのようなものなのであろう。

とても僕には真似できないと思いながら、タクとは反対側の壁にもたれかかった。


幼馴染で親友の唯一無二の存在を殴ろうとした自分の右手は力が入り過ぎていて

血の気の無い白い塊となり震えていた。

反対側のタクの胸を叩いた左手は鈍い痛みが残っていた。


僕はゆっくり目を開けると、僕の足にのりちゃんがしがみついている事に気がついた。

背中は震え、泣いているのだとわかった。


テーブルの上にあったグラスは倒れていたが、幸い割れてはいなかった。

ただ、ささやかなホームパーティであったはずのツマミやお菓子は見るも無惨な状態だ。


その向こう側ではタクとまいは一切動くこと無く立っていた。


僕は優しくのりちゃんの頭を撫でて「もう大丈夫」と震える声で囁くと、

のりちゃんは力のない声で「うん」とだけ言い洗面所に走り去った。


困った事になった。


というのが僕の率直な気持ちであった。


しかし、まずは目の前の散らかった物を片付けなければならない。

話はそれからだと思ったのだ。


僕は部屋の隅にあるゴミ箱を乱暴につかみ、ぐちゃぐちゃになったお菓子やツマミを乱暴に入れ始めた。

まいは何も言わずにキッチンから台拭きやキッチンペーパーを取り、僕の片付けた端から拭き始めた。

タクは部屋の隅で正座で小さくうつむき震えていた。


一通り片付け終わると、目を真っ赤に腫らせたのりちゃんが戻ってきた。

彼女はタクを見ることもなくソファーに腰掛け、僕にペットボトルの水を渡してくれた。

僕も無言でそれを受け取り、一気に飲み干した。

それなりに酒を飲んでいたのに酔っている感覚は無く水は僕の身体に染み渡っていった。


僕はなんとか冷静を装い

「朝までそうしているつもりか?飲み直そうとは言えないが、どういう事なのか説明する義務位あるだろ?」


タクは潤んだ目で僕とのりちゃんを見つめ

「本当に話してもいいのか?」と呟いた。

まいは膝を抱えタクにもたれかかっていた。

さっきまでのパワーの塊のような女の子が、今は捨てられた人形のように生気を失っていた。



沈黙の流れるリビングで、誰も目を合わせることができない時間が流れた。

お婆さんの住んでいた時からある時計の音がうるさく感じ、

やがて僕の心臓の音さえもうるさく聞こえた。

飲み込む空気が重い。


夢であったらどれだけ幸せかと思った。


エアコンから「プシュー」という音が漏れた。

それを合図かのようにまいが俯いたままのか細い声で話し始めた。


「私って駄目なんだ。全力か何も無いかの2つしかないの」


生気を失った人形のようになったまいを見て、僕はかける言葉が見当たらなかった。


まいは変わらないペースで続けた

「タクくんと2回目に会った時、って言っても先輩と、タクくんの会社の人と私とタクくんの4人

で飲みに行ったんだけど、タクくん全然喋ってくれなくて、初め嫌われてるのかと思ったんだ」


僕はその光景が目に浮かんだ。


きっとタクは慣れない環境で、緊張して、元々の奥手な性格も合わっさって、

きっと石像のようになっていたのだろう。

そういえばタクは理系の大学で、学部内はさながら男子校だと言っていた記憶がある。


こんなタイミングでなければ、きっと笑って話せる面白いエピソードだと思ったが、

現実は何も変わらず、重たい空気が流れていた。


その空気に同調するようなまいの声は続いていた。


「でも、タクくんの会社の人が、タクくんの事すごい一杯話してくれて、

しばらくしたら、あっ、この人私と同じで

異性とどう話して良いかわからいだけなのかも知れないって思ったの」


僕は心の中で「その通り」と叫んだが、今までの感情と混ざって何も話す気にはなれなかった。

のりちゃんの方を見るとしっかりタクを見つめて水をゆっくり飲んでいた。


「だから私はタクくんに学生の頃の話しを聞くようにしたの。 

楽しい思い出って自然と話せるんだって看護の勉強してる時に聞いたような気がして」


まいの真面目さが出る話しだとは思ったが、なんでそこから僕と寝てくれという話に飛躍するのか

全く解らず、僕は混乱し続けていた。


「タクくんは少しずつ話してくれて、特にヨシくんとの話の時は目を輝かせてとても楽しそうだった」


僕はタクにとっても幼馴染で親友であった事に安堵しつつ、その彼を殴ろうとしたことを少し後悔した。

だからといってのりちゃんを泣かせた事に変わりは無いし、許せない気持ちはまだ渦巻いている。


僕は渦巻く感情の中、何か話さなければイケない気がしたが、しかし僕にはそれを考えるエネルギーも語彙力も無かった。


何か言葉を発しなければと思考を巡らせていたら、のりちゃんの優しく淡々と、でも確信めいた口調で


「その日の内にHしたでしょ?」


僕はのりちゃんが何故そのように考え、話したのか全く解らなかった。


そんな僕を置き去りにして、まいは小さくうなずくと小さな声で話し始めた。


「始めはそんなつもりじゃなかったんだけどね、

先輩が送って貰えって茶化すしタクくんの事気になってたから

家の近くまで送ってもらうことにしたの」


僕はタクの事を心の中で応援し始めていた。


「まだ3月で寒かったんだけど、

全然気にならないくらい楽しかったの

家に近づくと寂しい気持ちと嬉しい気持ちで解らなくなっちゃって

近くの公園に、トイレに行きたいって言ってタクくんの手を引っ張って寄ってもらったんだ。」


僕は静かに残っている水を飲み干すとチラッとタクに目を向けた。

タクは微動だにせずに正座のまま俯いていた。


マイは顔を上げてタクの方を一瞬見て静かに視線を僕とのりちゃんへ向け、潤んだ目で話し始めた。


「本当はトイレなんて行きたくなかったんだけど、

怖いからって言ってタクくんをトイレに連れ込んだんだ。

タク君は動揺して、ずっと駄目だよって言ってたんだけど、

酔ったふりして、おちんちん触りながらキスしちゃった。」


まいはその日の出来事を思い出すように話を進めた。


「もう抑えきれなくて、タクくんのズボンを降ろして生まれて始めておちんちん咥えちゃったの

タクくんが、口では止めようよって言ってるのに、

口の中でどんどん大きくなっていって、

すぐにタクくんのがお口の中に広がって、

それだけで私、イッちゃったんだ」


僕はあの奥手のタクがそんな激しい体験をしたかと思い、複雑な気持ちになった。


まいは少し頬を赤らめて


「そうなったら、もう止まらないよね。

タクくんを家まで連れて行って、

シャワーも浴びずに朝まで沢山しちゃったの。

タクくんも途中からは凄く頑張ってくれて、

全部私に出してくれて、

凄く嬉しかった」


まいは顔を真赤にして最後に


「二人ともクタクタになった時、タクくんが結婚しようって言ってくれて

凄く展開が早くて、驚いたけど、嬉し過ぎて、

はい。って即答しちゃった」


僕は心臓が押し潰れる位驚いた。

僕とのりちゃんは高校生の時から8年近く付き合っていたが、ようやく同棲だ。

それも、流されて自然にそうなったにすぎないし、ずっと結婚という言葉は浮かんではいたが、ずっと遠い世界の話のように考えていた。

まいの積極性にも驚いたが、タクの思考にも驚いた。


のりちゃんは少し柔らかい表情になっていたが、目には強い意志を宿していた。

僕はタクに目線を移し、シドロモドロに

「お、おめでとう」と声をかけた。


タクは恐る恐る顔を上げ

「あ、ありがとう」と返した。


僕の中ではさっきまでのわだかまりは溶けて、代わりに二人への祝福の気持ちが芽生え始めていた。


のりちゃんは静かに立ち上がり、キッチンへ向かいながら

「お茶入れるから、男子二人はお菓子買ってきて」

と言い放つと意義は認めないといった振る舞いでお湯を沸かし始めた。


僕はタクの前に立ちさっきタクを殴ろうとした右手をそっと差し出した。


タクは一瞬迷ったような表情を見せたが、

すぐに真剣な表情になり僕の右手を掴み立ち上がった。

なんだか照れくさくなり

「大丈夫か?」と聞くと

「足、痺れた」と帰ってきた。

男同士の仲直りなどこの程度で良いのかも知れないと思い、僕は心のなかで笑った。


タクは痺れた足を引きずりながらゆっくりあるき出し、キッチンに近づくと

「のりちゃん」と言いかけた。

のりちゃんは振り返ること無く

「男子二人は青春からやり直し!私はハーゲンダッツだからね」と、

表情のない声ではっきりと言い切った。


僕はこの声の時ののりちゃんを知っている。

対応策は【何も言わずに従う】だ。

タクは少し口を噤んで、何か話しかけようとしたが、

僕が服を掴んで、強引に引き剥がし、僕達の家を出た。


7月の気持ちの悪い空気の夜道は蒸せこけた匂いが立ち込めていた。

汗なのか、湿気なのかわからない気持ち悪さの中で、

タクが「ごめん」と切り出した。


僕は「もう大丈夫だ。それよりおめでとう」と返した。

嘘のない本気のおめでとうだった。


それからコンビニの往復の間、タクは続きの話をしてくれた。


そこから二人は少しでも時間があると、色々なところで行為に及んでいたということや、

まいはSっ気があり、タクはその感じが物凄くハマったと言うこと。

自分でも驚く程性にめざめてしまい、収まりがつかない程という話を、

真剣に、真っ直ぐ話してくれた。

僕は、のりちゃんの言う「青春やり直し」の意味が少しわかった気がした。


コンビにてアイスやのりちゃんの好きなチップスを買い、

また気持ちの悪い空気の外に出た時にはさっきの不快感が少し薄れていた。


僕は立ち止まって

「タク!俺もごめん。お前の気持ちや覚悟を理解しないままお前を殴ろうとした!

本当にごめん!」と大きな声でタクにぶつけた。

タクは少しはにかんだ後申し訳無さそうな顔で

「俺こそゴメン。無茶で気持ち悪い頼みだったよな。

のりちゃんの事もあるし殴られて、絶交されて当然だと思う」

と、素直な目で返してくれた。


僕達は改めて幼馴染で親友に戻っていた。


僕はずっと気になっていた事をおどけたフリをしてようやく聞いた。

「んで、HなたくどSでHなまいちゃんは、何で幼馴染で、親友で、

しかも彼女持ちのヨシさんに変なお願いをしたんだい??

せめてのりちゃんがいない所で話してくればよかったじゃないか」


タクは立ち止まって

少し考えた後、ゆっくり歩きながら話し始めた。

「まいとしてる時に突然「私が他の人とこんなHな事してたらタク君は興奮する?」

なんて聞いてきたんだ。俺は当然そんなの嫌だと言ったんだけど

「ヨシくんでも?私がヨシくんにメチャメチャにされてる所想像して?」なんて言ってきて

、いきなり凄いキスされたんだよ。」

僕は唖然として、コンビニの袋を落としそうになった。


タクは恥ずかしそうに続けた

「想像した瞬間、今まで感じたことがない感覚で出しちゃったんだよ。

そっからほぼ毎回まいに同じように責められて、

現実になったら俺がどうなっちゃうか想像しただけで興奮して、

またまいに責められの繰り返しをしてる内に、、、、」


タクの言葉が詰まり、僕は反射的に聞き返した。

「うちに?」

タクは意を決したように深呼吸をして言葉を繋いでいった。

「ある日まいとファミレスにいた時、まいは何時になく真剣な顔で話があるって言ってきたんだ」

その表情から、僕は別れ話か?と思い心の準備を整えた。


まいからの話は僕の想像の斜め上を行っていた。


「私ねタクくんの事すごい好きで、一生一緒にいたいと本気で思ってるの。

でも同じ位、タク君の前で他の人としてる所を見られたいって思って、

もう我慢できない位になってるの。 

こんな変な娘でゴメンね。

嫌になったらいなくなってもいい。

凄く怖いし、耐えられなくなるかも知れないけど私の問題だから!」


タクは一呼吸おいて

「本気で悩んだ。悩んだといっても別れるとかじゃ無くて、

だれだったら良いのかを瞬間的に考えていたんだ」

僕は唖然として膝から崩れそうになった。

あの奥手で、のりちゃん以外の女の子と話している所を見たことがないタクにそんな一面があったなんて衝撃だった。


タクは表情を変えずに

「それから真剣にまいと話し合ったり、調べたりしたんだ。

今、漫画喫茶て便利な所があって、インターネットで色々調べられるんだよ。

そしたら、そういうのって寝取られって性癖で、

お互いのパートナー交換したり、相手が他の人としてるの見たり、

後からどんな事したのか聞いたりして興奮する性癖があるんだって。」


エネルギーの塊のような女の子まいと、理系で研究好きなタクのいい部分なのか悪い部分なのかがわからない行動力だと思い、僕は軽く吹き出してしまった。


タクはほくそ笑んで

「俺たちは凄く真面目に悩んだんだ!笑うことないだろ」と軽口を叩いだ。


僕はゴメンゴメンと謝りながら、タクの次の言葉を待った。


「そして出た答えが、ヨシとのりちゃんに頼むって答えだった。

お前たち二人には迷惑をかけたし、拒否されたら、俺の全てを失う覚悟で頼んだんだ。

許してくれとは言えないけど、少しでもわかって欲しかった。」


僕はタクの気持ちが痛いくらい突き刺さった、つい一肌脱ぐつもりで、やるか!と言いかけてしまった。

しかし、話はそう簡単でもない。

のりちゃんもいる、僕達二人の問題でもある、何より踏み込んだ事でタクを傷つけるのでは無いかと思い、言葉を失ってしまった。


そこから無言の家までの数分が流れた。


僕達の家に入った瞬間に僕は衝撃を受けた。


風呂場から籠もった笑い声が聞こえたのだ。

僕は風呂場にと思い届く声で「ただいまーー」と叫んだ


風呂場からは、笑いながら籠もった聞き取りにくい声で

「アイスは冷凍庫に入れておいて〜 もうすぐ出るから〜」という聞き慣れたのりちゃんの声が帰ってきた。


僕とタクはポカンとした顔で向き合い

意味もなく笑っていた。


俺はタクにソファーで待っててくれと伝え冷凍庫にアイスを入れて、買ってきたチップスと缶ビール2本を持ってリビングに向かった。


タクにビールを手渡すと、タクは無言で受け取り、同じタイミンクで「プシュ」という缶を開ける音が静かな部屋に響いた。

こんな何気ないことにも僕とタクはお互いの顔を見つめ笑った。


もう、タクの性癖の話は触れなかった。

さっきまで色を完全に失った部屋が元通り以上に彩りを取り戻したこの時間を壊したくなくて、怖くて、あえてその話を避けていたのだと思う。


しばらくすると、頭にタオルを巻いたTシャツ姿の、のりちゃんと、少しぶかぶかの寝間着を着たまいがリビングにアイスを持って戻ってきた。


僕は人生で一番間抜けな顔をしていたのだと思う。

二人は顔を見合わせたあと

「ね!言ったでしょ〜 みてヨシくんのあの間の抜けた顔!」とのりちゃんが言うと

すかさずまいが「本当だ〜なんか変な動物みたい〜」と軽口を叩いた。

それは、昔からの親友のような、仲のいい姉妹のような光景だった。

僕とタクは呆気に取られて、持っているビールを落としそうになった。


その光景を見てまた二人の女子は声を上げて笑った。


ひとしきり笑いが収まるとのりちゃんは

「青春したかね!?男子諸君!!さて答え合わせの時間だが、

その前に、そこのタク君!君だけ汗臭いからお風呂に入って来なさい!

着替えは脱衣所にあるのを使いたまえ!

間違っても全裸で出て来てはいけないよ!!」

と、何故か先生口調でタクを風呂に導いた。


僕はこれから何が起きるのか不安と、期待と、この状況の不思議で頭がクラクラしはじめた。


のりちゃんとまいはアイスを開けると食べながら、僕の向かいに座った。

唖然とする僕を二人はいたずらっぽく見て、のりちゃんから話始めた。


「私はね、この二人を受け入れる事に決めたの。

って言ってもこれから皆でHしようって訳じゃなくて、

友達として、家族のような関係になれるようにね」


まいは嬉しそうに頷いた。


のりちゃんは少し真面目な顔になり

「私もね、寝取られっていうの?

そういう人たちがいるってのは知ってたの。

私の職場女ばっかりだし、

女子の下ネタって結構エグいんだよ」


まいはものすごい笑顔で頷いた。


「私はそういう趣味?は、今の所無いけど、

ヨシくんが浮気した時、ちょっとそんな気持ちになったの」


僕は力が抜けて倒れそうになった。

それは過去一度職場での後輩とそういう関係になり、あっさりのりちゃんにバレた挙げ句

大好きな酒を3ヶ月禁酒という重いペナルティーを受けた、頭の上がらないエピソードの中で一番の出来事だ。

タクにも秘密にしていた過去を今日出会ったまいにあっさり話したというのはどういう心境の変化かわからなかった。


のりちゃんは飄々と話を続けた


「だからね、この四人の隠し事はなし!

言いにくい悩みも一人より二人!二人より三人!三人より四人で考えたほうが

いい結果になる事もあると思うの

タクくんとマイマイはずっと一人で悩んで、

似たもの同士で暴走した結果がきっと今日なんだよ!」


まいは、マイマイに進化したのだという事は理解できた。


まい改めてマイマイは間髪入れずに嬉しそうな顔で言い始めた

「エッチな事って、人に話したら駄目だと思ってたの!

でもねノンちゃんと二人でお風呂に入って、

洗ッコして、エッチな悩みとか、

知らない事とか話したり聞いたりしてたら、

もっと色んな事を経験しないとイケないって思ったの

エッチな事だけじゃ無くてね!」


僕はのりちゃんがノンちゃんに進化した事を理解したと同時に、女性の強さと魅力に衝撃を受けて一気に力が抜けていった。

同時に物凄い眠気が襲って来たがまだノンちゃんの言う答え合わせを聞くまでは寝れないと、意識を保つように心がけた。

そこにタクが「お風呂ごちそうさま」と、少し戸惑いながら戻ってきた。


ノンちゃんは少し真面目な声で

「ヨシくん、タクくんまずは座って、こっちを向いて」

と、促してきた。


マイマイとノンちゃんは正座に座り直して僕達二人が座るのを待った。

女子二人はアイスを丁寧に食べながら静かにこちらをそれぞれのパートナーをみつめている。


その視線はとても暖かく優しいものだった。


アイスを食べ終わるとノンちゃんがゆっくり話し始めた。


「私はヨシくんの事がとても好き。

優柔不断な所もあるけど、いつも私を見ていてくれて、

一番に私の事を考えてくれる優しいヨシくんの事がとても大切。

マイマイもタクくんの事を同じように好きって事がよくわかった。

でも、だから何でもして良いって訳じゃないし、

それが愛情だとも思わない。

でも、欲求とか考えって色々あってそれを否定するのも違うと思ったの」


マイマイは深くうなずきながらノンちゃんの話を聞いていた。


「だから、私はマイマイを親友のような、姉妹のような大切な存在と思う事にしたの

だって、ヨシくんと結婚したら、タク君は望んで無いけど、もれなく付いてくるしね」


ノンちゃんはいたずらっぽく笑った


次にマイマイが優しく軽口を叩く

「タクくんと結婚したらヨシくんも付いて来るし」


僕はその時、この二人は僕達の未来を見つめて、親友になる覚悟をしたのだと悟った。

でも直ぐにそうもなれないから物凄い勢いで【親友ごっこ】を始めたのだと。


僕はこの愛しくて強い女性を一生守っていこうと心に誓った。


「でも、だから、タクくんの今日の提案は受け入れられません

私達にも考える時間は必要だし、私はヨシくんとのこの生活を

誰にも壊されたくないと思ったの。」


ノンちゃんは一呼吸おいて更に表情を引き締めて話を続けた。

「でも、マイマイの覚悟というか、

性癖も理解したいと本気で思ったの。

でも今日は無理だし、一生無理かも知れない。

でも性ってのは強い欲求かも知れないけど、

生きる中でのほんの一面だと思うし、

本気でヨシくんを貸してほしかったら、

まず私を落としてからって、

さっきお風呂でマイマイに説明して、

マイマイは納得してくれた」


ノンちゃんは笑顔に戻り

「これが今日の女子二人の答えだけど、

男性諸君意義はありますか?

勿論認めないし、

アイスくらいじゃ私の涙の重さは変えられないけどね」


この瞬間タクもノンちゃんに頭が上がらなくなった瞬間だった。


僕とタクはお互いの顔を確認して

「ありません」と声を合わせて言ったのだった。

長い一日にようやく終わりがきた。


ノンちゃんとマイマイは僕達のベットに陣取り、キャッキャと話している。

僕とタクはリビングに取り残されて、その声を聞きながら、

少しはにかんだ笑顔で

「寝るか」と確認して床に寝そべった。


タクと何か話していた気はするが、会話は覚えていない。

僕は幼馴染で親友のタクと子供の頃のお泊り会のような感覚の中深い眠りについていった。



目覚めるとマイマイが朝食を作っていた。

タクはまだ寝ている。

ノンちゃんも恐らくまだ夢の中であろう。

僕はマイマイの横に立つと、

「手伝うよ」と声をかけ、食器を出し朝食の支度を始めた。

マイマイは「ありがと」と微笑むと僕の耳元でいたずらっぽく

「ヨシくんの事あきらめて無いからね

ノンちゃんの事絶対落とすから」

と、言って、イヤらしく自分の指をペロッと舐めた。


僕は昨日の夜僕達のベットでまさか何かあったのでは無いかと想像して、

股間に血液が一気に集まって行くのを感じた。


マイマイは、そんな生理現象を隠そうと不自然な前かがみになってしまった僕を確認すると、

おどけた声で

「やーーだーーー ヨシくんが浮気しようとしてるぅーーーー たすけてーーーー」

笑いながら叫びだした。


その声でタクは目覚めて

「オーお盛んだなー」などと気の抜けた感じの朝の挨拶をしてきた。

のんちゃんはベットの中から不機嫌な声で

「うるさいな〜 次浮気したら死ぬまで酒抜きだからね〜」

と、今起きたというサインを出してきた。


僕はノンちゃんの為にグラス一杯の水を用意した。


そこからはいつもと変わらない日々が流れていった。

タクたちは昼前に帰路につき、僕とノンちゃんは半日家事に追われた。



そして一年はあっという間に過ぎていった。


また気持ちの悪い季節が僕の不快指数をどんどん上げていく。

その後僕達は何度かお互いの家に行き来して、色々な話をして、色々な事を経験した。



ポケットの中の携帯が振動した。

電話の相手はタクからだ。

僕は上機嫌で電話に出た。



文月 完


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文月 @sai69

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