若き借金王

じこったねこばす

若き借金王


朝、新聞を開いた。

「メガバンクの初任給が26万」との記事が目に飛び込んできた。

高くなったもんだ、とため息をつく。

思い返せば私の時代なんてたったの17.4万円ポッチだった。


とにかく若手時代は金がなかったもんだ。


社会人1年目の5月の給料がもっとも悲惨かつ絶望的で、残業代はゼロのなか、寮費・食費・頼んでもないしやりたくもない通信教育代が勝手に引き落とされ、手取りが「5万以下」になることもあった。


それでも、そんな私たちをVIPと呼び厚遇してくれたオリックス様には足を向けて寝られない。


確かに寮費は、寮が超都心の一等地にある割に格段に安かったが、それがなんだ。

金がないという事象には完全な焼け石ウォーターだ。


溢れ出る若さと痴気をたった五人の諭吉で鎮められると思うか?

いや、鎮まるわけがない。


本当に金に窮したあの時代、ありとあらゆる金策をした。

振り込まれた定期代を使い込むことで学んだ自転車操業、支店の飲み会でカードを切って、回収した現金を流用するコミングルマシーンと化した。


金を借りる人間の気持ち。

これを理解できたおかげで、その後、銀行員としてお客様に寄り添った提案が出来るようになった。かどうかは定かではない。


ときには、貸出提案に凄みが出てしまい、「キミの若さでなぜだ?いったいこれまでどんな修羅場を潜ってきたらそんな提案になるんだ?」とお客様に驚かれることもあった。

そりゃそうだ、オリックスVIPカードは打ち出の小槌。

もはや倫理観や金銭感覚など、まるで北海道拓殖銀行のように既に破綻している。

メシを食いに行ってもテーブルの上に並ぶ料理は全て借金によって賄われているという背徳感。

お客様は事業上の資金需要に充当するための借金をするが、私のはただの遊興費だ。なんのリターンもない。

目の前にいる若くて、フレッシュで、おぼこくて、可愛くて、イケメンな銀行員がそんなバカな借金をしているとはお客様も夢にも思うまい。

いかん、文意がぼやけてきた。


また、豪傑な先輩になると、ユキッチー300人体制でも彼の勝新太郎のような放蕩生活を支えることが出来ず、証書ローンにまで手を出す人もいた。


独身寮のなかでは「借金の大きさが男のデカさだ」という迷言まで生まれ、私はその宗教の狂信者となった。


否。本来「男を図る尺度はチ⚫︎コのデカさ」だけだったんだ。(おそらく違うのかもしれないがいろいろと自信がない)。


私は「不良化した債権」「条件が緩和された債権」「不芳貸出」「資金使徒違反」「資金流用」というものを教科書で学んだわけではない。

自らの実体験で学んだ。

借入を更なる借入で返済する、ということのヤバさ。

当時、亀井静香は中小企業を円滑に救ってはくれても、多重債務銀行マンを救ってくれようとはしなかった。


ある日、飲みながら自分で自分を格付した時は青ざめた。

毎期の損益は赤字、バランスシートは借入金が「思い出・漢気・先輩風」という強烈に無形な固定資産を支えている状態、当然資産性は皆無のため時価はゼロ、いわゆる債務超過だ。

気づけば自らが圧倒的な「破綻懸念先」になっていた。


だから、私にはわかる。日本の国家財政のヤバさが。

ちがう、ここでそんなまともな話題をしたいのではない。


カネを多額に借りている人間は、借りていない人間には到底理解されることのない世界線で生きている。齢25くらいにして、ちゃんと出世をしなければ返せるアテのない、今後この先どうやって生きていくんだろう?と途方にくれるほどの多額の借入金。


元利均等返済という甘い罠。減らない元本。

10日・15日・20日・25日に訪れる支払いという大波。

ある時は給料日にカードの引き落としがあり、給料が入った瞬間なのにカードの引き落としができなかったことがあった。

一ヶ月働いても即座にマイナス。あれは流石に堪えた。

人間は生きているだけで金を使うといういやな実感。

地味コツに自らを削ってくる毎日の出費という小波。

その大波小波をオレは乗りこなした。

一人称がオレにかわった。

そんなことはどうでもいい。

オレは押し寄せて来る波を必死にかき分けた、時には飲み込まれた。

そしてまた借りた。入れた。カードを、ATMに。


「将来のオレよ、今のオレに金を貸してくれーっ!」なんていうセルフ元気玉を全力で繰り出したし、それを「将来キャッシュフローの平準化です」なんてクソ台詞で自分を納得させていた、いや慰めていた。

実際、自分がその「将来のオレ」になったとき、借金を積み上げるだけ積み上げた「過去のオレ」をぶち殺してやりたかった。


結婚しよう、と妻に言った時、おれの口座残高はわずか2円だった。

2010年ごろにオレは誰よりも率先してキャッシュレスだった。


今でも妻には「どの口で結婚しようなんて言うたんじゃクソボケ」と罵られる、だから当然お小遣い制だ。純然たる家庭内禁治産者だ。密かにFXで私服を肥やそうとするも焼け野原だ。


「オラ、投資に失敗して『焼け野原しんのすけ』だぞぉ。」なんて独りごとが虚しく響く。


突然だが、ひろしは立派な男だ。借金をこさえないからだ。


その後、無謀な結婚をし、海外赴任時の支度金まで借金の返済に充ててくれた妻には感謝しかない。


ふっ。 朝から嫌なものを思い出しちまったぜ。


最後まで読んでくれたヤツ、サンキューな。

(キャラ変が著しい)



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