ヒーローの真っ赤な嘘
来冬 邦子
ヒーローになりたい。
ヒーローは赤が抜群に似合う。赤は勇者の色である。
赤はランドセルにしても昔は女子の色だったはずだが、この世界では違う。
真田幸村だって鎧は赤だし、ゴレンジャーにしても主役はアカレンジャーだ。
* * *
わたしは幼い頃からヒーローが好きだった。
風呂敷のマントを扇風機の前ではためかせ、縁日で買った日本刀を腰に差して走っていた(なんのコスプレだか定かでは無い)とくにウルトラマンと仮面ライダーが好きで、大きくなったらヒーローになりたいと本気で夢見ていた。
小学校のとき、隣の席の悪ガキ少年に「仮面ライダーが好きなのに、なんで弱い者イジメとかするの?」と真面目に訊いたことがある。この悪ガキはクラス中の女子に嫌われていたが、わたしには比較的友好的だった。
彼は真顔になって考えると「だって、あれはお話じゃないか」と言う。
「正義の味方になりたくないの?」
「なりたいけど、それとこれとは違うんだよ」
何気なく諭された。あの頃は若かったので欺瞞だと思った。
ヒーローが好きなら、自分もヒーローらしく生きれば良いのに、なんでくだらないことで喧嘩したり、意地悪したり、仲間はずれにしたりするんだろう。そんなじゃ、ヒーローじゃなくてザコキャラじゃないか、志が低すぎる。
志の高いわたしは小学校の頃、ボッチだったように思う。
当時の小学生の世相は、男子はヒーローは好きだが、子どもっぽいと思われるのが嫌で、表向きはバカにしていた。女子は最初からヒーローなんてくだらないと見向きもしなかった。女子でヒーローが好きだと公言するわたしは変な奴だった。
でもわたしはヒーローから大切なことを学んだ。
友情と信頼。弱いものを庇う優しさ。悪に立ち向かう勇気。希望を捨てないこと。
それから十数年が経ち、わたしは奇跡的に結婚して男の子のお母さんになった。
そして我が子もやはりヒーローが好きになった。まったく誘導していないのに、古いウルトラマンや仮面ライダーのビデオを熱心に見る子に育った。昔ボッチだった母が嬉しかったのは言うまでも無い。
当時、彼の一番のお楽しみはヒーローショーに行くことだった。
ショッピングモールの屋上などで、ヒーローと悪の組織が闘ってくれるのだ。後楽園では夏休みに大掛かりなショーをやってくれるが、近所のスーパーの屋上での死闘もまた風情があった。
息子を含めた観客はヒーローに大声援を送る。敵に負けそうになると声援は絶叫に変わる。そして「子どもたちの声援のお陰で」窮地を脱したヒーローが悪役を負かすと、また声を惜しまぬ大声援が起こる。実に感動的で母は涙ぐむ。
息子も、ある程度の年齢までは、中の人の存在に気づかなかった。
だが或る日、その瞬間は訪れた。
いつものようにヒーローの写真集を笑顔で眺めていた息子が「あれ?」と呟いた。
「お母さん、セブンの足のところにチャックがある!」
さて母の取るべき最善の行動はなんだろう。――わからない。
「どこに?」 とわたしは写真集をのぞき込んだ。
「ここ。あと、ここもだ」
「ほんとだ」
このような写真集を出版する場合、細心の注意を払うものなのだろうが、熱心なファンの目はごまかせないのだ。
「どうしてかなあ」とわたしは言った。
「ほんとじゃなかったんだよ」息子は悲しそうに言う。
「前から変だと思ってたんだ」
学校でも、あれはウソだという無粋な同級生がいるらしい。
「だってね、お母さん。怪獣とウルトラマンが闘ってるでしょ? 誰が撮影してるの? 近くのビルなんかから撮ってたら危ないでしょ?」
「ああ、そうか」 魔法が解けてゆく。泣きそうだ。
「ヒーローショーもね、三分より長くやってたじゃない」
「そういえばそうだね」
「ウソだったんだよ」
息子は慰めるように、わたしに言い聞かせた。わたしは息子と一緒にまんまと騙されていた振りをしながら、後ろめたい思いを飲み込んでいた。
いつか息子は気づくだろう。
母も最初から知っていたことを。サンタクロースもウルトラマンも大人の拵えたおとぎ話だということを。
そして、そんなおとぎ話を拵えたのは、善なるものは必ず悪に勝つと、心から願った大人達なんだと。
現実は泥にまみれても理想は滅びない。この地球が私利私欲に汚されても、いつか僕らはヒーローになって平和な美しい地球を守るんだと、次の世代へ伝えたい大人たちがいたことを。
ヒーローの真っ赤な嘘 来冬 邦子 @pippiteepa
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