【KAC20247】そだて、いろ

サカモト

そだて、いろ

 国道沿いにある行きつけのコインランドリーに設置された洗濯機は、汚れがよく落ちる。いっぽうで、そのあまりに鋭い回転力のせいか、衣類の染料まで削ぎ落しまう。

 気に入っていた黒い開襟シャツがやや色落ちしてしまった。ブラックホールのような魅惑の黒だったのに、服の一部の色が薄くなっている。何度かこのコインランドリーで洗ったことのあるシャツではあったが、これまでは無事だった。心のどこかでは、常に色落ちへの懸念はあったものの、ここの洗濯機の強力な洗浄力の甘美な誘惑には勝てず使い続けた結果だった。いや、そうはいっても、まだまだ、このシャツは大丈夫だろうと、タカをくくっていた部分もある。

 その油断がこの結果を招いた。衣類の汚れはたしかに落ちていたが、お気に入りのシャツの色も落ちてしまった。

 もう、このシャツは破棄すべきだろうか。しかし、布自体はまだしっかりしている。かりに、新人プロレスラー二人が両端から袖を持ってひっぱっり合ったとしても、簡単に引きちぎれそうなほどは、弱ってはいない。

 服としては充分に着ることはできる。だが、お洒落としては、この色落ちはどうだろう。

 個人的に、これまで他者に対する見栄を重きを置いてここまでやってきた。ゆえに衣服に関しては、その機能より、見た目で選んでやってきた。

 そんなわたしが、色落ちしたシャツを着た。となると、それは個人としてのブランド力の低下を意味する。

 いや、率直、そんなことで個人としてのブランド力の低下を感じるような人間なら、基本的に、元々たいしたブランド力を持った人間ではない気がします、という、言われてしまえば、それまで、それはわかっている。

 考えて、シャツを見る。シャツは一部、色落ちをしているだけだ。

 もしかして、もう一度くらい洗えば、シャツの色が全体的に色落ちし、最初から、そういう感じの色合いのシャツになるのではないか。

 よし、このシャツの色を育てよう。決めて、そのアイディアをすぐ実行に移した。シャツをふたたびコインランドリーの洗濯機へ入れ、機体の最大出力で洗ってみた。洗濯機が回り続けている間は、道の向かいにある、ダイナーの店内で過ごすことにした。そこで、シャツよ、育て育てと願いながら、ステーキを食べて待つ。

 やがて、時が来たのでダイナーを出て、コインランドリーへ戻った。シャツを洗濯機から取り出す。シャツは、かすかす色落ちが増しただけで、全体に、均衡した色合いにはなっていなかった。

 一度の回転では、無理か。

 その後、週に一度の頻度で、半年間にわたり、シャツの色落ちをさせるため、コインランドリーの洗濯機で、汚れてないのに回した。常に、シャツを育てるような気持ちで通った。他に洗うものがない場合は、シャツ一枚だけでも回す。その間は、必ず向かいのダイナーでステーキを食べて待った。

 半年後、シャツは見事に、全体的に均衡のとれた色落ちに仕上がった。

 むろん、これまでかかったコインランドリー代を合計すると、はじめからこんな色合いのシャツを買った方が安価に済んだ。しかし、それは、考えてはいけない。

 いざ、シャツを着てみると、各部のすべてがキツかった。

 どうやら毎回、このシャツの洗濯を待つ間、ダイナーでステーキを食べていたせいで、身体がひとまわり大きくなったらしい。このシャツは不本意な色落ちをしていため、ずっと、着ていなかったし、それで、サイズが合わなくなったことに気づけなかったようだ。

 でも、これでいいんだ。シャツの色は、いい感じに育ったし。

 今日はシャツの成長を祝い、もう一枚、ステーキを食べて祝おう。

 そう思いつつ、コインランドリーを出て、ダイナーへ入ると同時に、シャツの背中の部分がタテにやぶれた。

 それを見て、店内にいた男子児童がいった。

「ママ、虫の脱皮みたいだ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【KAC20247】そだて、いろ サカモト @gen-kaku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ