竜と虎と大樹の小話【西ノAmitābha】

橘 永佳

紛いの阿弥陀はそれでも世界を救い続ける

 浮島へとそらを駆け上る。


 “島”と言っても在るのはただ樹が1本のみなのだが、その樹がケタ外れの大きさなため、浮遊石ではなく『浮島』と呼ばれていた。


 その名の通り浮いている、しかも上空5千m程の位置ともなれば、本来は空でも飛べない限りは行けない場所である。


 しかし、浮島この周辺は重力他色々な力場が狂っていて、水は何故かし、何が起きようともも多々ある。


 何より、単純に重力が弱くなっているので、ちょっと運動能力が高ければ、意外と行けてしまったりするのだ。


 その例に漏れず、動かない岩を足場にして、軽くなっている自身を上へ上へと運ぶ。


 ある程度近づくと一瞬無重力状態になり、次に、浮島へと緩く引き寄せられはじめる。


 後はそのまま身を任せておけば、自然と浮島へと――


「やっほー、クロ兄ちわーっす♪」


「おお、レムリちゃんか」


 たどり着いたのはまだ10代後半の少女。

 緩めのタンクトップにダボダボのレザー風ジャケット、カーゴパンツもワンサイズ上と、軒並みブカブカで統一された装い。やや長めのボブカットだけでなく、瞳まで金色である。


 迎えたのは20代後半の男。

 筋骨隆々の肉体で、ネイビーブルーのスーツとYシャツが弾けやぶれそうだ。だが、切株に腰掛けて本に目を落とすその佇まいからは、むしろ知的な色気が感じられた。


 その本を閉じつつ、クロ兄ことクロードがレムリへ笑いかける。


「“管理人”合格おめでとうさん、今日が初当番かな?」


「えへへ♪ 実技試験の時はありがとクロ兄」


 太陽が霞みそうな満面の笑顔でレムリが応えた。

 クロードが笑顔のまま軽く顔を振る。


「いやいや、あれだけ戦えれば文句はないさ。しかし早いもんだね、ちょっと前はあんなに小さかったのに」


「わあ年寄り臭いセリフぅ」


「実際年寄りだからなぁ」


 レムリの爆笑にクロードもつられる。ケラケラと笑いつつ、レムリが首を傾げた。


「2千才だっけ? 3千才だっけ? は長生きだもんね。あたしの100倍じゃん」


「平均寿命一万年で、今年で2889才だな」


 首は傾げない代わりに遠い目になるクロード。


「長っ!」


「だね」


 笑い合う二人。

 思い出したように、クロードが話を切り出す。


「よし、ならちょっと昔話でもしようか。まだにはならないようだし」


「昔話?」


「そう。正確には竜人族の伝承な」


「へえ……」


 レムリの声に真剣さが混じった。

 高い知能を誇る長命種の伝承、それはだということだ。


「俺たち管理人が守るこの樹――世界樹が、この世界を支える重要な物だってことは知ってるね?」


 レムリがクロードにうなずく。


「では、この世界樹とは? 実は大昔は『世界樹』ではなく『3号機』と呼ばれていたらしい」


「3号機?」


「うん。または通称『阿弥陀Amitābha』。果てなき慈悲でもって全てを救うとされた、超越存在の名前をあだ名にしたようだ」


「カミサマってこと?」


「うーん、似たようなものかな? 造ったときに、それにあやかったんだね」


「っと待った! ?」


「そう。世界樹はってこと」


 レムリが黙り込んだ。

 語られているのは多分事実。しかし、世界を司ると言われるこの巨大樹木がのなら、


「製造者は精神生命体だと伝わっている。自分達のの一環で、環境を整えようとしたんだね。そこで光量子計算能力や重力子他素粒子制御能力を備えた生体コンピュータを開発して――」


「おおお?」


 語り続けるクロードの内容が理解出来ない領域へと飛んでいってしまい、レムリが思わず珍妙な顔と声になる。


 その様子に、クロードが苦笑した。


「――まあ、何だかんだで完成、安定稼働したのがこの第三世代モデルだったから『3号機』なわけだ」


 レムリが大きく頷く。


「なるほど、分かんない!」


 レムリの潔さに、クロードが爆笑した。


「はっはっはっ! 全くだ、言ってる俺もよく分からん。が、とにかくこのトンデモ技術の産物は、世界を運行させるために超絶複雑な計算と各種力場の発生や操作コントロールをし続けているらしい。ただな、問題はやっぱりってことなんだよ」


「ほえ?」


「完全無欠ではないってこと。永久機関エネルギー供給不要を実現しで永続的に稼働し恒常性をメンテナンス完全自律で保持フリーで自動運転出来ても、歪みや不要物の発生と蓄積はゼロには出来なかった」


 紫電の反応で虚空へ振り返ったレムリの、全身の毛が総毛立つ。


 話しながらクロードは立ち上がり、上着を脱ぎ始めた。


「まあ、奇跡を実現実行してるんだ、さすがにの代償はあるわな」


 少し離れた空間に、パリパリと火花が散るスパークするような、ごく弱い雷が渦を巻く。


「代償って?」


「ま、それほど大層なモンでもなくてな、単にだけだ」


 渦に黒い雲のようなが混じる。

 見る見るうちに黒雲の方が圧倒的に多くなり、人の形へと凝集した。ただし腕がやたらと多い。

 それを見たクロードが呟く。


「ふむ、分類は人型ヒューマノイドクラス、タイプはヘカトンケイルか」


 相手を確認したレムリが、深呼吸して体の強張こわばりをほぐし、さらに大きくストレッチし始める。


「つまりクロ兄、『滓骸こいつら』はってこと?」


「そういうこと。世界樹の稼働のざん』が凝り集まった『むくろ』、略して『滓骸シガイ』。だから俺たちは守護者とかじゃなくなのさ」


 軽口をたたくクロード。

 その上半身が鱗に覆われるだけでなく、頭の形がメキメキと変わる。背中に生えた翼と合わせて、竜としか見ようがない。威風堂々たる姿となった。


「なーる♪ お掃除かー」


 同じく軽口で合わすレムリ。

 全身の筋肉という筋肉が二回り以上膨張バンプアップし、ブカブカだった服が丁度になる。また、体毛が濃くなり、頭も立派な虎そのものへと変化した。


 そのレムリの姿が、

 そう思うしかない程の超高速で、空中で動かない岩々の間を、レムリが跳ねる。


「オオオオオオっ?!」


 レムリに瞬時に腕を全て削られて、滓骸が驚嘆の怒号を上げた。


「ハッ!!」


 その隙を逃さず、クロードがえる。その声は音にはならず、代わりに怒濤のエネルギー衝撃波となってほとばしった。


「オオオオオオ……」


 竜人ドラゴノイド息吹ブレスの直撃を喰らって、滓骸が跡形も無く消滅する。


「ほい、一丁上がりと。いいねレムリちゃん、速いなあ」


「へっへーん♪ つかクロ兄相変わらずの火力お化けだねー」


 竜に褒められて調子に乗りつつも、竜人族の息吹その相手の火力に舌を巻く虎。竜の方は軽く笑っただけだった。


「はっはっはっ、まあ種族の得意技だからな。便


 続けざまに黒雲が渦巻き、新たな滓骸が発生してくる。


「んじゃクロ兄、あたしが削って集めてくから、後はよろしくー」


「ほい了解っと」


 100体近い滓骸を見下ろす竜虎。


「「さあ、仕事の時間だ」」



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竜と虎と大樹の小話【西ノAmitābha】 橘 永佳 @yohjp88

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